わたしが聖女様を殺しました

澤谷弥(さわたに わたる)

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第七章(5)

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「ですから我々は、アルテール殿下がラクリーア様を殺害するには十分な動機があったと思っています。しかし、その犯人に巫女であるカリノの名があがり困惑しておりました。ただ、今までの話を聞いて納得できた点もあります。カリノは脅されていたのですね。そして大聖堂を守るために、一人でそれに耐えていた。本来であれば、我々のような大人が手を差し伸べてやるべきだったのに……」

 まるで同情を誘うかのようなその言い方に、その場にいた者も固唾を飲んで見守っている。

「……あなたの話はわかりました。ありがとうございます」

 シリウル公爵も、これ以上イアンに話をさせてはならないと思ったのだろう。このままではカリノに同情が集まりアルテールには批難が集まる。公正な判断ができる状況と言い難いかもしれない。

「アルテール殿下。弁解しますか?」

 その言葉でアルテールに視線が集まった。ここにいる誰もが、アルテールの言葉を待っているのだ。

「ええ。是非ともお願いします」

 青ざめたり身を固くしたりしていたアルテールだが、なぜか今は自信に溢れていた。
 隣に座る国王と目配せしている様子からも、アルテールは身の潔白によほど自信があるにちがいあるまい。

 洗練された身のこなしで証言台へと下り立ったアルテールは、ゆっくりと周囲を見回したものの、その視線を一点で止めた。その先にはカリノがいる。

 フィアナは彼女を安心させるように台の下で手を伸ばし、見えない場所で手をつないだ。

「何か誤解されているようですね。私のほうから、説明させていただきます」

 堂々たる振る舞いは、慣れたものだ。

「まず、私が聖女ラクリーアに求婚したというのは事実です。ですが、残念ながら振られてしまいましたが」

 両手を広げて肩をすくめ、おどけた様子を見せつける。

「ですが、私は常々考えておりました。王族と聖女――いや、大聖堂とはもう少し近づくべきではないかと。同じくファデル神を信仰する人間です。もっと互いに手を取り合い一つになっていくべきではないかと考えたわけです」

 それらしい言葉で、内部の空気が一気にかわった。

「私の求婚を受け入れてもらえないのであれば、せめて仲良くしてほしいと、そうお願いしました。仲良くと言っても、言葉だけで示すのはなかなか難しいところです。ですから、私の二十二歳の誕生日パーティーに私のパートナーとして出席してほしいと、そう頼んだのです。今まで彼女は、そういった社交界に姿を見せたことはありません」

 傍聴席でアルテールの語りに耳を傾けている貴族たちは、うんうんと大きく頷いている。

「彼女が王城を訪れていたのは、ダンスの練習をするためですよ。社交の場に出たことのない彼女ですから、少しでも事前に慣れていたほうがいいだろうと、そう思ったからです。彼女が王城を訪れるたびに、身体に痣ができたというのは、それもダンスレッスンのせいですね。ダンスも初めてだという彼女は、よくバランスを崩して倒れていましたから」

 フィアナは今の話の信憑性を確認するために、イアンに顔を向けた。だが、彼は首を横に振る。

 つまり、どちらの言い分も証明できないということだ。ラクリーアの身体の痣が、アルテールが殴ってつけたものか、ダンスレッスンのときに身体をぶつけたからできたものか、今となっては証明する手段がない。

 なによりもラクリーア本人がここにはいない。

「わかりました」

 シリウル公爵がゆっくりと頷いている様子から、彼がアルテールの言葉を信じているようにも見えた。

「では、アルテール殿下は、聖女ラクリーアが亡くなった日に、現場には足を運んだのでしょうか?」

 それはカリノの証言の真偽を確認するためだろう。その場にアルテールがいたと、彼女は口にした。

「まさか。彼女が亡くなったのは夜中だと聞いています。そのような時間帯に、私が部屋を抜け出して彼女の側へ行くとでも? まして川の近くとか、そんな変な場所に?」
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