39 / 66
第五章(7)
しおりを挟む
**~*~*~**
カリノが他の巫女たちと一緒に洗濯物を干していると、どこか騒がしい。
「どうしたのかしら?」
一人の巫女が言った。
洗い立てのシーツを手にしつつも、何が起こっているのかさっぱりとわからないカリノは「さぁ?」と首を傾げる。
洗濯ロープにすべての洗濯物を干してから、カリノも他の巫女も、騒ぎの原因が気になって声がする方向へと足を向けた。
「あっ……アルテール王太子殿下よ?」
誰かがそう呟いたことで、王太子が大聖堂を訪れたということだけは理解した。
エントランスの中央には、アルテールとその護衛の者たちが立っている。それを遠巻きに見ている巫女や聖騎士、もしくはその見習いの者たち。
アルテールは誰かを待っているようだった。だが、この大聖堂にまでわざわざやって来て、会いたいと思うような人物は一人しかいないだろう。
カツーン、カツーンと足音が響く。
「あ、聖女様」
カリノが口にすると「しっ」とすぐに隣の巫女に制される。
「わたくしがラクリーアです。今日は、どういったご用件でしょうか」
眩耀たる銀糸の髪を背中に流し、燃えたぎるような赤色の目はアルテールを睨みつける。
普段のラクリーアからは考えられないほどの鋭い形相だ。
彼女の後ろには、聖騎士が五名、ずらりと並んでいた。その真ん中にいる聖騎士が、専属護衛だと聞いたことがある。どこか中性的な顔立ちで、黒髪は後ろで一つに束ねている聖騎士だ。
あの聖騎士よりもキアロのほうがラクリーアの側にいる騎士としてふさわしいのに、とカリノが思ってしまうのは、やはり身内のひいき目によるものかもしれない。
聖騎士らからは、ラクリーアを守るというお思いがひしひしと漂っている。
ラクリーアの姿を目にしたアルテールは、すっと彼女の前に進み出て、そこでおもむろに跪く。
洗練されたその動きに、カリノも思わず目を奪われた。
アルテールはラクリーアの左手をとった。
「聖女ラクリーア。どうか、私、アルテール・ファーデンと結婚していただけないだろうか?」
その言葉で大聖堂内はシンと静まり返った。こそこそと話をしていた巫女たちも、一斉に口をつぐむ。
ファーデン国の王太子アルテールが、聖女ラクリーアに求婚した。
だが、今まで聖女が王族と結ばれた過去はない。
すうっとラクリーアが息を吸うのが感じられた。
「お断りいたします。わたくしは大聖堂に身を置く者。あなた様と共に生きる道はございません」
せん、せん、せん……と、ラクリーアの声は静かな室内に反響する。
一瞬だけ驚きの表情を見せたアルテールは「なるほど」と口角をあげた。それからゆるりと立ち上がり、威圧的にラクリーアを見下ろすものの、ラクリーアに怯む様子はなかった。
「わたしの誠意が伝わらないとは残念です。今までは王族と大聖堂と別れておりましたが、昔は一つだったのではありませんか?」
アルテールの言葉に偽りはない。
そもそもファーデン国は、太陽神ファデルが建国した国と言われている。建国時には王族やら聖職者やらと、今ほどまで別れてはいなかったのだ。
それが王族を支持する者は王城に、太陽神ファデルを信仰する者たちが大聖堂に集まるようになった結果、今のような関係になった。
だが、どちらも根本には太陽神ファデルの存在がある。
「そうですね。このファーデン国は太陽神ファデルによって建国された国。太陽神ファデルのもとに、わたくしたちは一つでした。ですがそれも昔のこと。今は、わたくしたちも己の信念に則っておりますので」
「なるほど。私の想いはそう簡単には届かないということですね。また来ます」
アルテールは優雅に腰を折る。
「次からは先触れをお願いします。わたくしたちも暇ではございませんの」
ラクリーアの言葉に返事をせず、アルテールはぞろぞろと騎士を引き連れて大聖堂内から出ていった。
「みなさん、お騒がせして申し訳ありません」
やっとラクリーアが笑顔を見せた。それによって止まっていた時間が緩やかに動き出すような感覚があった。
だが、その後すぐに、王太子アルテールが聖女ラクリーアに求婚した話はけして口外しないようにと、きつく言われた。だからあの日見たことを、誰も口にしない。
カリノが他の巫女たちと一緒に洗濯物を干していると、どこか騒がしい。
「どうしたのかしら?」
一人の巫女が言った。
洗い立てのシーツを手にしつつも、何が起こっているのかさっぱりとわからないカリノは「さぁ?」と首を傾げる。
洗濯ロープにすべての洗濯物を干してから、カリノも他の巫女も、騒ぎの原因が気になって声がする方向へと足を向けた。
「あっ……アルテール王太子殿下よ?」
誰かがそう呟いたことで、王太子が大聖堂を訪れたということだけは理解した。
エントランスの中央には、アルテールとその護衛の者たちが立っている。それを遠巻きに見ている巫女や聖騎士、もしくはその見習いの者たち。
アルテールは誰かを待っているようだった。だが、この大聖堂にまでわざわざやって来て、会いたいと思うような人物は一人しかいないだろう。
カツーン、カツーンと足音が響く。
「あ、聖女様」
カリノが口にすると「しっ」とすぐに隣の巫女に制される。
「わたくしがラクリーアです。今日は、どういったご用件でしょうか」
眩耀たる銀糸の髪を背中に流し、燃えたぎるような赤色の目はアルテールを睨みつける。
普段のラクリーアからは考えられないほどの鋭い形相だ。
彼女の後ろには、聖騎士が五名、ずらりと並んでいた。その真ん中にいる聖騎士が、専属護衛だと聞いたことがある。どこか中性的な顔立ちで、黒髪は後ろで一つに束ねている聖騎士だ。
あの聖騎士よりもキアロのほうがラクリーアの側にいる騎士としてふさわしいのに、とカリノが思ってしまうのは、やはり身内のひいき目によるものかもしれない。
聖騎士らからは、ラクリーアを守るというお思いがひしひしと漂っている。
ラクリーアの姿を目にしたアルテールは、すっと彼女の前に進み出て、そこでおもむろに跪く。
洗練されたその動きに、カリノも思わず目を奪われた。
アルテールはラクリーアの左手をとった。
「聖女ラクリーア。どうか、私、アルテール・ファーデンと結婚していただけないだろうか?」
その言葉で大聖堂内はシンと静まり返った。こそこそと話をしていた巫女たちも、一斉に口をつぐむ。
ファーデン国の王太子アルテールが、聖女ラクリーアに求婚した。
だが、今まで聖女が王族と結ばれた過去はない。
すうっとラクリーアが息を吸うのが感じられた。
「お断りいたします。わたくしは大聖堂に身を置く者。あなた様と共に生きる道はございません」
せん、せん、せん……と、ラクリーアの声は静かな室内に反響する。
一瞬だけ驚きの表情を見せたアルテールは「なるほど」と口角をあげた。それからゆるりと立ち上がり、威圧的にラクリーアを見下ろすものの、ラクリーアに怯む様子はなかった。
「わたしの誠意が伝わらないとは残念です。今までは王族と大聖堂と別れておりましたが、昔は一つだったのではありませんか?」
アルテールの言葉に偽りはない。
そもそもファーデン国は、太陽神ファデルが建国した国と言われている。建国時には王族やら聖職者やらと、今ほどまで別れてはいなかったのだ。
それが王族を支持する者は王城に、太陽神ファデルを信仰する者たちが大聖堂に集まるようになった結果、今のような関係になった。
だが、どちらも根本には太陽神ファデルの存在がある。
「そうですね。このファーデン国は太陽神ファデルによって建国された国。太陽神ファデルのもとに、わたくしたちは一つでした。ですがそれも昔のこと。今は、わたくしたちも己の信念に則っておりますので」
「なるほど。私の想いはそう簡単には届かないということですね。また来ます」
アルテールは優雅に腰を折る。
「次からは先触れをお願いします。わたくしたちも暇ではございませんの」
ラクリーアの言葉に返事をせず、アルテールはぞろぞろと騎士を引き連れて大聖堂内から出ていった。
「みなさん、お騒がせして申し訳ありません」
やっとラクリーアが笑顔を見せた。それによって止まっていた時間が緩やかに動き出すような感覚があった。
だが、その後すぐに、王太子アルテールが聖女ラクリーアに求婚した話はけして口外しないようにと、きつく言われた。だからあの日見たことを、誰も口にしない。
25
お気に入りに追加
184
あなたにおすすめの小説
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります
みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」
私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。
聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?
私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。
だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。
こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。
私は誰にも愛されていないのだから。
なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。
灰色の魔女の死という、極上の舞台をー
石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど
ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。
でも私は石の聖女。
石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。
幼馴染の従者も一緒だし。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
氷の騎士は、還れなかったモブのリスを何度でも手中に落とす
みん
恋愛
【モブ】シリーズ③(本編完結済み)
R4.9.25☆お礼の気持ちを込めて、子達の話を投稿しています。4話程になると思います。良ければ、覗いてみて下さい。
“巻き込まれ召喚のモブの私だけが還れなかった件について”
“モブで薬師な魔法使いと、氷の騎士の物語”
に続く続編となります。
色々あって、無事にエディオルと結婚して幸せな日々をに送っていたハル。しかし、トラブル体質?なハルは健在だったようで──。
ハルだけではなく、パルヴァンや某国も絡んだトラブルに巻き込まれていく。
そして、そこで知った真実とは?
やっぱり、書き切れなかった話が書きたくてウズウズしたので、続編始めました。すみません。
相変わらずのゆるふわ設定なので、また、温かい目で見ていただけたら幸いです。
宜しくお願いします。
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる