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第五章(7)

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**~*~*~**

 カリノが他の巫女たちと一緒に洗濯物を干していると、どこか騒がしい。

「どうしたのかしら?」

 一人の巫女が言った。

 洗い立てのシーツを手にしつつも、何が起こっているのかさっぱりとわからないカリノは「さぁ?」と首を傾げる。

 洗濯ロープにすべての洗濯物を干してから、カリノも他の巫女も、騒ぎの原因が気になって声がする方向へと足を向けた。

「あっ……アルテール王太子殿下よ?」

 誰かがそう呟いたことで、王太子が大聖堂を訪れたということだけは理解した。

 エントランスの中央には、アルテールとその護衛の者たちが立っている。それを遠巻きに見ている巫女や聖騎士、もしくはその見習いの者たち。

 アルテールは誰かを待っているようだった。だが、この大聖堂にまでわざわざやって来て、会いたいと思うような人物は一人しかいないだろう。

 カツーン、カツーンと足音が響く。

「あ、聖女様」

 カリノが口にすると「しっ」とすぐに隣の巫女に制される。

「わたくしがラクリーアです。今日は、どういったご用件でしょうか」

 眩耀たる銀糸の髪を背中に流し、燃えたぎるような赤色の目はアルテールを睨みつける。

 普段のラクリーアからは考えられないほどの鋭い形相だ。

 彼女の後ろには、聖騎士が五名、ずらりと並んでいた。その真ん中にいる聖騎士が、専属護衛だと聞いたことがある。どこか中性的な顔立ちで、黒髪は後ろで一つに束ねている聖騎士だ。

 あの聖騎士よりもキアロのほうがラクリーアの側にいる騎士としてふさわしいのに、とカリノが思ってしまうのは、やはり身内のひいき目によるものかもしれない。

 聖騎士らからは、ラクリーアを守るというお思いがひしひしと漂っている。
 ラクリーアの姿を目にしたアルテールは、すっと彼女の前に進み出て、そこでおもむろに跪く。

 洗練されたその動きに、カリノも思わず目を奪われた。
 アルテールはラクリーアの左手をとった。

「聖女ラクリーア。どうか、私、アルテール・ファーデンと結婚していただけないだろうか?」

 その言葉で大聖堂内はシンと静まり返った。こそこそと話をしていた巫女たちも、一斉に口をつぐむ。

 ファーデン国の王太子アルテールが、聖女ラクリーアに求婚した。
 だが、今まで聖女が王族と結ばれた過去はない。

 すうっとラクリーアが息を吸うのが感じられた。

「お断りいたします。わたくしは大聖堂に身を置く者。あなた様と共に生きる道はございません」

 せん、せん、せん……と、ラクリーアの声は静かな室内に反響する。

 一瞬だけ驚きの表情を見せたアルテールは「なるほど」と口角をあげた。それからゆるりと立ち上がり、威圧的にラクリーアを見下ろすものの、ラクリーアに怯む様子はなかった。

「わたしの誠意が伝わらないとは残念です。今までは王族と大聖堂と別れておりましたが、昔は一つだったのではありませんか?」

 アルテールの言葉に偽りはない。

 そもそもファーデン国は、太陽神ファデルが建国した国と言われている。建国時には王族やら聖職者やらと、今ほどまで別れてはいなかったのだ。

 それが王族を支持する者は王城に、太陽神ファデルを信仰する者たちが大聖堂に集まるようになった結果、今のような関係になった。

 だが、どちらも根本には太陽神ファデルの存在がある。

「そうですね。このファーデン国は太陽神ファデルによって建国された国。太陽神ファデルのもとに、わたくしたちは一つでした。ですがそれも昔のこと。今は、わたくしたちも己の信念に則っておりますので」
「なるほど。私の想いはそう簡単には届かないということですね。また来ます」

 アルテールは優雅に腰を折る。

「次からは先触れをお願いします。わたくしたちも暇ではございませんの」

 ラクリーアの言葉に返事をせず、アルテールはぞろぞろと騎士を引き連れて大聖堂内から出ていった。

「みなさん、お騒がせして申し訳ありません」

 やっとラクリーアが笑顔を見せた。それによって止まっていた時間が緩やかに動き出すような感覚があった。

 だが、その後すぐに、王太子アルテールが聖女ラクリーアに求婚した話はけして口外しないようにと、きつく言われた。だからあの日見たことを、誰も口にしない。
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