わたしが聖女様を殺しました

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
上 下
37 / 66

第五章(5)

しおりを挟む
 聖女が不在だというのに、大聖堂は比較的落ち着いていた。そういえば、フィアナが話を聞いた巫女たちも、取り乱すことなく対応していた。今だってそうだ。

 あのような事実があれば恐怖で震えたっておかしくはないだろうに。
 大聖堂では、気持ちの制御方法まで教えてくれるのだろうか。

「イアン様。お客様をお連れしました」

 黒檀の執務席で山のような書類に囲まれていたイアンが顔をあげた。

「客人はあなたでしたから」

 ナシオンと二人でいるのに、まるで一人しかいないようなその言い方が気になるものの、フィアナはうながされた先のソファに座った。

「今日はどういったご用でしょうか?」

 イアンはベルを鳴らして巫女を呼び出すと、お茶の準備をするように言いつける。フィアナは巫女の仕事の一部を垣間見た気がした。

 巫女が部屋から出ていったところで、フィアナは口を開く。

「今日は、騎士団としてではなく、私、個人として会いにきました」
「なるほど。ですが、個人というわりには、保護者がついているのですね?」

 保護者。間違いなくナシオンのことを指している。否定も肯定もせずに、にっこりと微笑むだけにした。
 やはりイアンとナシオンの相性はよくないのだろう。

 ナシオンはイアンを睨みつけてはみたものの、反論しようとか悪態をつこうとか、そういったことはしなかった。
 フィアナも保護者が必要だと思われていることは心外であったものの、にこやかに笑みを浮かべる。

「保護者というよりは相棒ですから」

 相棒――。

 この言葉が一番しっくりくる。何か事件が起これば二人一組で動くのが鉄則の情報部のなかで、フィアナがナシオンとコンビを組んで二年。今ではそれなりに実績がある。

 だが、わざわざそこまで目の前のイアンに説明するつもりはなかった。彼にとってはどうでもいい話だろう。

「なるほど」

 片眉をぴくっと動かしたイアンは腕を組んだ。これは自然と相手を拒絶しようとする表れだ。それでもフィアナは話を切り出した。

「大聖堂側は、カリノさんの罪を認めているのですか?」
「認めるも何も。私たちは彼女から話も聞けておりませんから。そちら側のほうが、より事実に近いのではないでしょうか?」
「そうですね。ですが、第一騎士団はカリノさんからろくに話を聞きもせずに、王城へと移送しようとしています」
「そのためのあなたなのでは?」

 首を傾げる姿すら、女性のフィアナから見ても艶めかしいと感じた。イアンにはなんとも表現しがたい艶があるのだ。男とか女とか、そういった性別を超えた何かが。

「はい。私はカリノさんが犯人だとは思っておりません。ですが、それを覆すだけの証拠がないので難しいです」
「ふむ」

 そこでイアンは組んでいた腕をほどいた。何かを考えるかのように、顎に手をあてる。

「いいでしょう。そのままカリノを移送させてもらってください」

 イアンの言葉に反応を示したのはナシオンだった。

「移送されたあとは王城。つまり王族、貴族の管轄となり、俺たちは出だしができない。それでいいのか?」
「なるほど。あなたもカリノを信じている一人でしたか」

 イアンは柔和な笑みを浮かべた。

「カリノが犯人とされている以上、私たちも手出しができません。だからといって、このまま彼女の刑が確定するのを、指をくわえて見ているわけではありませんよ? 刑確定のためには、裁判がありますからね」

 そう言ったイアンは、今度はニタリと笑う。

「こちらが反論する機会は、裁判しかないと思っていたのですよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

処理中です...