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第四章(5)
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「でしたら、そこから聖女ラクリーア様は、アルテール王太子殿下を知ろうと努力されたのですか?」
「まさか」
カリノは大げさに身体を反らす。
「第一印象は大事ですよね。聖女様にとって、アルテール王太子殿下の第一印象は『最悪』だったようです」
「それは、なかなか……」
フィアナも何を言ったらいいかがわからない。第一印象で『最悪』だと思われるとは、いったい何をしたのだろうか。ちらりとナシオンに視線を向けてみたが、彼も唇を結び机の一点を見つめていた。
「……その後の関係改善というのは、難しいでしょうね。まして、相手が結婚を望んでいるのであれば」
「ふふっ、ですよね。だから、わたしもアルテール王太子殿下は嫌いなのです」
カリノから感じられるのは、はっきりとした拒絶。
「だから、騎士様にいいことを教えてあげます」
そう言った彼女の口が、ニィっと笑う。
「騎士様、アルテール王太子殿下と会って、何か、感じたことはありませんか?」
「感じたことですか?」
フィアナは首を傾げる。フィアナだって頻繁にアルテールと顔を合わせているわけではない。騎士団に所属していながらも、情報部とあれば表に立つことはないからだ。王太子周辺の警護とか警備とか、フィアナには縁遠い仕事である。
「あるべきものがなかったとか、そういったことはありませんか?」
またカリノがニタリと笑う。
「あるべきもの……」
それは、例の短剣しか心当たりがない。それを口にしていいのかどうか。
「あっ、騎士様。やっぱり心当たりがあるのですね?」
どうやら、顔に出てしまったようだ。情報部の人間として、感情を制御すべきところなのに、相手がカリノということもあって油断したのだ。
それをめざとく見つけるカリノの観察力は、目を見張るものがある。
(……やはり、カリノさんが犯人だとは思えない)
ずっと巣くっている違和感が、カリノが犯人ではないと訴え続けていた。けれど、その違和感の正体がわからないもどかしさ。
「そうですね。いつも、アルテール殿下が身につけている短剣が、ありませんでした」
「やっぱり、騎士様ですね。わたしが見込んだだけのことがあります」
口元を手で覆ってくすくすと笑う。
「聖女様がお亡くなりになられた場所。そして王城。この二つの場所を結ぶどこかに、隠されていますよ」
「隠されている?」
フィアナは腰を浮かしそうになったが、それをぐっと耐えた。
「何が、隠されているというのですか?」
一つ息を吐いて、カリノに尋ねた。
「さあ? なんでしょう? ですが、騎士様が思っているものかと。それとも、アルテール殿下がなくされたもの、と言えばいいですか?」
そこでまた、カリノは口を閉ざした。
「カリノさん。ここにいられるのは、十日間が限度です。ですから、知っていることがあれば話をしてほしいのです」
カリノは答えない。
「王城に移送されると、裁判が開かれ刑が確定します。王城の地下牢では、私はカリノさんを助けることができません」
その言葉に、カリノは肩をピクリと震わせた。それからニッコリと微笑んだ。
「アルテール王太子殿下の短剣を見つけてください。わたしが、それを隠しました。騎士様、今日のおしゃべりは、もうおしまいです。短剣が見つかったら、またここに来てください」
そこでピタリとカリノは口をつぐんだ。
フィアナはナシオンに目配せをして、立ち上がる。
「わかりました。カリノさんの思いを、けして無駄にはしません」
カリノは先ほどの女性騎士に連れられ、戻っていく。
「フィアナ」
ナシオンの声は鋭い。
「わかっています。まずは部長の許可をとらなければなりません」
「第一は、動くか?」
主にそういった外での捜査は第一騎士団の役目だ。
「わかりません」
彼らは、カリノをそのまま犯人として、王城への移送を希望している。これ以上、証拠らしい証拠が出てこないのも原因だ。だから十日も待たずにカリノを王城へ移そうとしている。
「部長」
司令室に戻り、自席に座っていたタミオスへと、二人はずかずかと向かう。
「まさか」
カリノは大げさに身体を反らす。
「第一印象は大事ですよね。聖女様にとって、アルテール王太子殿下の第一印象は『最悪』だったようです」
「それは、なかなか……」
フィアナも何を言ったらいいかがわからない。第一印象で『最悪』だと思われるとは、いったい何をしたのだろうか。ちらりとナシオンに視線を向けてみたが、彼も唇を結び机の一点を見つめていた。
「……その後の関係改善というのは、難しいでしょうね。まして、相手が結婚を望んでいるのであれば」
「ふふっ、ですよね。だから、わたしもアルテール王太子殿下は嫌いなのです」
カリノから感じられるのは、はっきりとした拒絶。
「だから、騎士様にいいことを教えてあげます」
そう言った彼女の口が、ニィっと笑う。
「騎士様、アルテール王太子殿下と会って、何か、感じたことはありませんか?」
「感じたことですか?」
フィアナは首を傾げる。フィアナだって頻繁にアルテールと顔を合わせているわけではない。騎士団に所属していながらも、情報部とあれば表に立つことはないからだ。王太子周辺の警護とか警備とか、フィアナには縁遠い仕事である。
「あるべきものがなかったとか、そういったことはありませんか?」
またカリノがニタリと笑う。
「あるべきもの……」
それは、例の短剣しか心当たりがない。それを口にしていいのかどうか。
「あっ、騎士様。やっぱり心当たりがあるのですね?」
どうやら、顔に出てしまったようだ。情報部の人間として、感情を制御すべきところなのに、相手がカリノということもあって油断したのだ。
それをめざとく見つけるカリノの観察力は、目を見張るものがある。
(……やはり、カリノさんが犯人だとは思えない)
ずっと巣くっている違和感が、カリノが犯人ではないと訴え続けていた。けれど、その違和感の正体がわからないもどかしさ。
「そうですね。いつも、アルテール殿下が身につけている短剣が、ありませんでした」
「やっぱり、騎士様ですね。わたしが見込んだだけのことがあります」
口元を手で覆ってくすくすと笑う。
「聖女様がお亡くなりになられた場所。そして王城。この二つの場所を結ぶどこかに、隠されていますよ」
「隠されている?」
フィアナは腰を浮かしそうになったが、それをぐっと耐えた。
「何が、隠されているというのですか?」
一つ息を吐いて、カリノに尋ねた。
「さあ? なんでしょう? ですが、騎士様が思っているものかと。それとも、アルテール殿下がなくされたもの、と言えばいいですか?」
そこでまた、カリノは口を閉ざした。
「カリノさん。ここにいられるのは、十日間が限度です。ですから、知っていることがあれば話をしてほしいのです」
カリノは答えない。
「王城に移送されると、裁判が開かれ刑が確定します。王城の地下牢では、私はカリノさんを助けることができません」
その言葉に、カリノは肩をピクリと震わせた。それからニッコリと微笑んだ。
「アルテール王太子殿下の短剣を見つけてください。わたしが、それを隠しました。騎士様、今日のおしゃべりは、もうおしまいです。短剣が見つかったら、またここに来てください」
そこでピタリとカリノは口をつぐんだ。
フィアナはナシオンに目配せをして、立ち上がる。
「わかりました。カリノさんの思いを、けして無駄にはしません」
カリノは先ほどの女性騎士に連れられ、戻っていく。
「フィアナ」
ナシオンの声は鋭い。
「わかっています。まずは部長の許可をとらなければなりません」
「第一は、動くか?」
主にそういった外での捜査は第一騎士団の役目だ。
「わかりません」
彼らは、カリノをそのまま犯人として、王城への移送を希望している。これ以上、証拠らしい証拠が出てこないのも原因だ。だから十日も待たずにカリノを王城へ移そうとしている。
「部長」
司令室に戻り、自席に座っていたタミオスへと、二人はずかずかと向かう。
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