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第四章(4)
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だというのに、聖女殺しの犯人像はさっぱりと見えてこない。犯人がカリノだと言い切るだけの情報もない。
カリノの言葉をうのみにして、彼女を犯人にしてしまっていいのだろうかと、何度も自問自答している。
カリノは犯人ではないと本能はささやいているのに、それを証明できるだけの証拠もない。今のところ、彼女の自供が一番の材料となるだろう。
このままいけば、カリノが犯人だと間違いなく確定する。
自席に戻ったときには、タミオスの走り書きのメモが置いてあった。
――お嬢ちゃんが、話をしたいそうだ。
これだけで十分に通じる。
カリノは、フィアナがアルテールとどのような話をしてきたかが聞きたいのだ。アルテールが何を言ったのか。彼が何を隠しているのか。
だが、こうやってフィアナがカリノと話をするのも、そろそろ終わりだろう。
真実を聞き出せないまま、カリノが犯人だと決められ、王城へ移送するのだ。
「ナシオンさん。お昼過ぎたころ、カリノさんのところに行こうと思っているのですが」
タミオスからのメモをクシャリと握りしめたフィアナは、ナシオンへ声をかけた。
「わかった」
ひらりと手を振ったナシオンも、今回の事件の資料に手を伸ばす。
取り調べ室でナシオンと待っていると、カリノが女性騎士につれられてやってきた。
「こんにちは、騎士様。遅くなって、ごめんなさい」
「いいえ? カリノさん。顔色が悪いようですが、体調はいかがでしょうか?」
カリノを椅子に座らせた女性騎士は、黙って部屋を出ていく。入り口で待っているのだ。仮にカリノがフィアナとナシオンを押し倒して部屋を出ていこうとしても、彼女たちが取り押さえてくれる。
「騎士様もおもしろいことをおっしゃいますね。あのような場所に四日も閉じ込められたら、疲れますよ。だから、早く場所をかえてください。そして、さっさと処刑してくださいな。死ねば、もう苦しむこともないのですから」
「先ほど、アルテール王太子殿下にお会いしてきました」
カリノの話を遮るように、フィアナは口を開いた。
「そうですか。何か、お話をされたのですか?」
はい、とフィアナはゆっくりと頷く。
「アルテール王太子殿下が、聖女ラクリーア様に求婚したかどうか、それを確認してきました」
ニタリとカリノが笑みを浮かべる。
「それから昨日、大聖堂へも行き、そういった事実があったかどうかを聞いてきました」
「それで、どうでした? わたしが嘘を言っていないこと、わかりました?」
「はい。アルテール王太子殿下は、聖女ラクリーア様に求婚されたのは事実でした。ですが、聖女ラクリーア様がそれを拒んだため、婚約にはいたっていないと」
「そうですね。アルテール王太子殿下は、聖女様に振られたんですよ。滑稽ですね」
くすくすと声を立てて笑う様子は、アルテールを馬鹿にしているようにも見える。
「一方的な思いだけでは、結婚はできませんからね。こればかりは仕方ありません。ですが、アルテール王太子殿下は、それ以降も聖女ラクリーア様とお会いになられていたようです」
「あきらめきれなかったのですよ。しつこい男は嫌われると思うのですが、騎士様はどう思われます?」
「そうですね。それは好みの問題になるので、一概には言えないかと」
「なるほど。騎士様はしつこい男でもかまわないと?」
右手で口元をおさえながら、カリノは笑っている。
後方にいるナシオンは黙っているものの、カリノに対する苛立ちが感じられた。それでも立ち上がったり、声を荒らげたりしないのは、立場をわきまえているからだ。
「相手がどのような方であるか。それは、時間をかけて知っていけばよいのです。少なくとも、私はそうします」
「つまり、出会ってすぐに求婚されても受け入れないってことですよね? それをやったのがアルテール王太子殿下なのです。聖女様だって困っておりました。王太子殿下の顔くらいは知っていたようですけれども、どのような人物であるかなんてさっぱりわからないと」
カリノの言葉をうのみにして、彼女を犯人にしてしまっていいのだろうかと、何度も自問自答している。
カリノは犯人ではないと本能はささやいているのに、それを証明できるだけの証拠もない。今のところ、彼女の自供が一番の材料となるだろう。
このままいけば、カリノが犯人だと間違いなく確定する。
自席に戻ったときには、タミオスの走り書きのメモが置いてあった。
――お嬢ちゃんが、話をしたいそうだ。
これだけで十分に通じる。
カリノは、フィアナがアルテールとどのような話をしてきたかが聞きたいのだ。アルテールが何を言ったのか。彼が何を隠しているのか。
だが、こうやってフィアナがカリノと話をするのも、そろそろ終わりだろう。
真実を聞き出せないまま、カリノが犯人だと決められ、王城へ移送するのだ。
「ナシオンさん。お昼過ぎたころ、カリノさんのところに行こうと思っているのですが」
タミオスからのメモをクシャリと握りしめたフィアナは、ナシオンへ声をかけた。
「わかった」
ひらりと手を振ったナシオンも、今回の事件の資料に手を伸ばす。
取り調べ室でナシオンと待っていると、カリノが女性騎士につれられてやってきた。
「こんにちは、騎士様。遅くなって、ごめんなさい」
「いいえ? カリノさん。顔色が悪いようですが、体調はいかがでしょうか?」
カリノを椅子に座らせた女性騎士は、黙って部屋を出ていく。入り口で待っているのだ。仮にカリノがフィアナとナシオンを押し倒して部屋を出ていこうとしても、彼女たちが取り押さえてくれる。
「騎士様もおもしろいことをおっしゃいますね。あのような場所に四日も閉じ込められたら、疲れますよ。だから、早く場所をかえてください。そして、さっさと処刑してくださいな。死ねば、もう苦しむこともないのですから」
「先ほど、アルテール王太子殿下にお会いしてきました」
カリノの話を遮るように、フィアナは口を開いた。
「そうですか。何か、お話をされたのですか?」
はい、とフィアナはゆっくりと頷く。
「アルテール王太子殿下が、聖女ラクリーア様に求婚したかどうか、それを確認してきました」
ニタリとカリノが笑みを浮かべる。
「それから昨日、大聖堂へも行き、そういった事実があったかどうかを聞いてきました」
「それで、どうでした? わたしが嘘を言っていないこと、わかりました?」
「はい。アルテール王太子殿下は、聖女ラクリーア様に求婚されたのは事実でした。ですが、聖女ラクリーア様がそれを拒んだため、婚約にはいたっていないと」
「そうですね。アルテール王太子殿下は、聖女様に振られたんですよ。滑稽ですね」
くすくすと声を立てて笑う様子は、アルテールを馬鹿にしているようにも見える。
「一方的な思いだけでは、結婚はできませんからね。こればかりは仕方ありません。ですが、アルテール王太子殿下は、それ以降も聖女ラクリーア様とお会いになられていたようです」
「あきらめきれなかったのですよ。しつこい男は嫌われると思うのですが、騎士様はどう思われます?」
「そうですね。それは好みの問題になるので、一概には言えないかと」
「なるほど。騎士様はしつこい男でもかまわないと?」
右手で口元をおさえながら、カリノは笑っている。
後方にいるナシオンは黙っているものの、カリノに対する苛立ちが感じられた。それでも立ち上がったり、声を荒らげたりしないのは、立場をわきまえているからだ。
「相手がどのような方であるか。それは、時間をかけて知っていけばよいのです。少なくとも、私はそうします」
「つまり、出会ってすぐに求婚されても受け入れないってことですよね? それをやったのがアルテール王太子殿下なのです。聖女様だって困っておりました。王太子殿下の顔くらいは知っていたようですけれども、どのような人物であるかなんてさっぱりわからないと」
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