上 下
20 / 66

第三章(4)

しおりを挟む
 フィアナを鬱陶しいでもいうかのような態度だったタミオスが身を乗り出してきた。

「アルテール王太子殿下が、聖女様に求婚されていたという話は、聞いたことがありますか?」

 他のものには聞こえないようにと、フィアナは声のトーンを下げた。タミオスも顔色一つ変えずに、黙っていた。
 しばらくしてから「わかった」と小さく口にする。

「アルテール王太子殿下と話ができるように手はずを整える」

 あえて謁見という言葉を使わなかったのだろう。

「私、これから大聖堂へ行きたいのですが、よろしいですか?」
「大聖堂だと?」
「はい。そういった事実があったかどうかを確認してきます。王太子殿下と話ができるのは、早くても明日以降でしょうから」

 タミオスは腕を組み、椅子の背もたれに背中を預ける。何かしら考え込んでから「わかった」とだけ許可を出す。
 フィアナは後ろを振り返りナシオンに視線を送ると、彼は首肯する。意図は伝わったようだ。
 ひとおりやることを終えたフィアナは自席に戻り、軽く息を吐いた。

 カリノと話をして気が張り詰めていたから、こめかみが痛む。人差し指で円を描くようにぐりぐりとしていたら「ほらよ」とナシオンがカップを手渡した。
「お疲れ」
「ありがとうございます」

 見るからに渋そうな紅茶だ。

「思ったのですが……」
「なんだ?」
「ナシオンさんは、紅茶を淹れるのが下手くそなのですか?」
「な、ん、だ、と?」
「いえ、なんでもありません」

 口元にカップを近づければ、紅茶のかぐわしい香りが鼻腔を刺激する。このにおいだけは美味しそうなのだ。だけど、口に入れると舌先に渋みが残る。

「お子ちゃまには、この美味さがわからないようだな」

 ずずっと紅茶をすすったナシオンも椅子に深く座った。

 とにかく、一息つけるのはありがたい。
 カリノから聞いた話を報告書としてまとめていく。先ほどの話で一番の収穫は聖女と王太子アルテールの関係だろう。アルテールが聖女に求婚していたとは、まったく知らなかった。

 タミオスに報告したときのあの表情から察するに、彼もその事実を知らなかったに違いあるまい。いや、事実かどうかはこれから確認するのだが。

 仮に事実だったとして、この話を知っている人間は騎士団にはいないのではないだろうか。
 王族や大聖堂の関係者であっても、ほんのわずかな人間。

「それで、大聖堂へ行って、誰から話を聞くつもりなんだ?」

 カップを口元に当てながら、ナシオンが尋ねた。
 心当たりのある人物は一人。彼なら、教えてくれるのではないだろうかと、密かに期待を寄せている。だが、確信があるわけではない。

「聖騎士のイアンさんです」
「誰、それ」
「昨日、私たちを案内してくれた、あの聖騎士です。ナシオンさんがいけ好かないと言った……?」
「ああ、あいつか」

 ナシオンがひどく顔をしかめた。

「フィアナ。あいつと仲がいいのか?」
「仲がいいといいますか。以前にも、仕事で顔を合わせたことがある程度です。名前も、昨日、調べて思い出しました」
「思い出した?」
「はい。ほんの数回しかお会いしていないから、お名前を失念しておりました」

 それ以上、ナシオンは何も言ってこなかった。




 午後になると雨はあがり、じとっとした空気が肌にまとわりついた。空は変わらず鼠色で、いつ雨が落ちてきてもおかしくはない。

 フィアナはナシオンと並んで大聖堂へと向かっていた。正門の脇に立つ門番は、昨日と同じ男だ。

「こんにちは。聖騎士のイアンさんに会いに来たのですが」
「お約束はありますか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど

ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。 でも私は石の聖女。 石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。 幼馴染の従者も一緒だし。

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

氷の騎士は、還れなかったモブのリスを何度でも手中に落とす

みん
恋愛
【モブ】シリーズ③(本編完結済み) R4.9.25☆お礼の気持ちを込めて、子達の話を投稿しています。4話程になると思います。良ければ、覗いてみて下さい。 “巻き込まれ召喚のモブの私だけが還れなかった件について” “モブで薬師な魔法使いと、氷の騎士の物語” に続く続編となります。 色々あって、無事にエディオルと結婚して幸せな日々をに送っていたハル。しかし、トラブル体質?なハルは健在だったようで──。 ハルだけではなく、パルヴァンや某国も絡んだトラブルに巻き込まれていく。 そして、そこで知った真実とは? やっぱり、書き切れなかった話が書きたくてウズウズしたので、続編始めました。すみません。 相変わらずのゆるふわ設定なので、また、温かい目で見ていただけたら幸いです。 宜しくお願いします。

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

処理中です...