8 / 66
第一章(7)
しおりを挟む
**~*~*~**
カリノが王都エルメルにある大聖堂で巫女となったのは、戦争で両親を失ったのがきっかけだった。似たような境遇の子たちはたくさんいて、そんな子どもたちに救いの手を差し伸べたのが、聖女ラクリーアだった。
――巫女や聖騎士となって太陽神ファデルに仕えればよいのです。
彼女はそう言って、居場所のなくなった子どもたちを大聖堂へと連れて帰った。
当時、大人たちは大聖堂の噂を口にしていたものの、幼いカリノにはそれがよくわからなかったし、そんな大人たちも戦争でいなくなってしまったのだ。
だから、すべてを失ったカリノにとって、大聖堂は衣食住を与えてくれる場所という認識でしかなかった。
大聖堂に入ったカリノは巫女として、兄のキアロは聖騎士見習いとして、与えられた仕事を黙々とこなした。
巫女の朝は早く夜は遅い。日が昇る前から、井戸から水を汲み、教皇や枢機卿といった聖職者たちの食事の準備を始める。それが終われば、掃除、洗濯と次から次へと仕事をこなす。
大聖堂に来てからわかったのだが、巫女というのは聖職者たちの身の回りの世話をする侍女、あるいはメイドのような存在だった。
ある日、夕食後に彼らから声をかけられる巫女がいることに気がついた。カリノよりも年上の、美しい巫女たちだ。
そんな彼女たちは、聖職者の私室へと向かう。そこで何があるのかなんて、もちろんカリノはわからない。だけど、なんとなく羨ましいとすら思っていた。
まだ人恋しい時期であったため、聖職者たちを父親のような存在だと認識していたのかもしれない。そして、年上の巫女たちは姉だったり母親だったり。夜の寂しい時間に、誰かと一緒に過ごしたかったのかもしれない。
そんななかでも、聖女ラクリーアだけはカリノにとっても特別な存在だった。神聖力と呼ばれる力を持つラクリーアは、大聖堂の中でももちろん特別な存在である。
与えられた部屋も広くて豪奢なものだと聞いているし、カリノから見たらお姫様のような存在で、命を救ってくれた神のような人物。
さらにラクリーアは、意外なことに兄のキアロと同い年であった。もっと年上に見えたのに、兄と同い年と聞いただけで、ラクリーアに親近感が沸いた。
聖騎士見習いのキアロは、朝から晩まで鍛錬に励むものの、農作業も行っている。この農作業も鍛錬の一つなのだとか。また、大聖堂では自分たちの食べ物は自分たちで手に入れるのが基本方針だった。
聖騎士たちは、日常の鍛錬やら警護のほかにも、要請があれば地方の聖堂へと派遣されることもあった。
太陽神ファデルを信仰する者は、王都だけでなく国内各地に点在している。だから彼らが救いを求めたときは、手を差し伸べる必要がある。
キアロが初めて地方に派遣されたとき、さまざまなことをカリノに教えてくれた。気候の違い、食べ物の違い、人の違い。同じ太陽神ファデルを信仰しているのに、その違いに驚いたとキアロは興奮した様子で語った。そうするとカリノも、いつかはそこに行ってみたいと、憧れを抱くのだ。
だから大聖堂は、住む場所や家族を失ったカリノにとって、あたたかくてもう一つの家族のような場所だった。
あれを知るまでは――。
カリノが王都エルメルにある大聖堂で巫女となったのは、戦争で両親を失ったのがきっかけだった。似たような境遇の子たちはたくさんいて、そんな子どもたちに救いの手を差し伸べたのが、聖女ラクリーアだった。
――巫女や聖騎士となって太陽神ファデルに仕えればよいのです。
彼女はそう言って、居場所のなくなった子どもたちを大聖堂へと連れて帰った。
当時、大人たちは大聖堂の噂を口にしていたものの、幼いカリノにはそれがよくわからなかったし、そんな大人たちも戦争でいなくなってしまったのだ。
だから、すべてを失ったカリノにとって、大聖堂は衣食住を与えてくれる場所という認識でしかなかった。
大聖堂に入ったカリノは巫女として、兄のキアロは聖騎士見習いとして、与えられた仕事を黙々とこなした。
巫女の朝は早く夜は遅い。日が昇る前から、井戸から水を汲み、教皇や枢機卿といった聖職者たちの食事の準備を始める。それが終われば、掃除、洗濯と次から次へと仕事をこなす。
大聖堂に来てからわかったのだが、巫女というのは聖職者たちの身の回りの世話をする侍女、あるいはメイドのような存在だった。
ある日、夕食後に彼らから声をかけられる巫女がいることに気がついた。カリノよりも年上の、美しい巫女たちだ。
そんな彼女たちは、聖職者の私室へと向かう。そこで何があるのかなんて、もちろんカリノはわからない。だけど、なんとなく羨ましいとすら思っていた。
まだ人恋しい時期であったため、聖職者たちを父親のような存在だと認識していたのかもしれない。そして、年上の巫女たちは姉だったり母親だったり。夜の寂しい時間に、誰かと一緒に過ごしたかったのかもしれない。
そんななかでも、聖女ラクリーアだけはカリノにとっても特別な存在だった。神聖力と呼ばれる力を持つラクリーアは、大聖堂の中でももちろん特別な存在である。
与えられた部屋も広くて豪奢なものだと聞いているし、カリノから見たらお姫様のような存在で、命を救ってくれた神のような人物。
さらにラクリーアは、意外なことに兄のキアロと同い年であった。もっと年上に見えたのに、兄と同い年と聞いただけで、ラクリーアに親近感が沸いた。
聖騎士見習いのキアロは、朝から晩まで鍛錬に励むものの、農作業も行っている。この農作業も鍛錬の一つなのだとか。また、大聖堂では自分たちの食べ物は自分たちで手に入れるのが基本方針だった。
聖騎士たちは、日常の鍛錬やら警護のほかにも、要請があれば地方の聖堂へと派遣されることもあった。
太陽神ファデルを信仰する者は、王都だけでなく国内各地に点在している。だから彼らが救いを求めたときは、手を差し伸べる必要がある。
キアロが初めて地方に派遣されたとき、さまざまなことをカリノに教えてくれた。気候の違い、食べ物の違い、人の違い。同じ太陽神ファデルを信仰しているのに、その違いに驚いたとキアロは興奮した様子で語った。そうするとカリノも、いつかはそこに行ってみたいと、憧れを抱くのだ。
だから大聖堂は、住む場所や家族を失ったカリノにとって、あたたかくてもう一つの家族のような場所だった。
あれを知るまでは――。
57
お気に入りに追加
186
あなたにおすすめの小説
あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
聖女ウリヤナは聖なる力を失った。心当たりはなんとなくある。求められるがまま、婚約者でありイングラム国の王太子であるクロヴィスと肌を重ねてしまったからだ。
「聖なる力を失った君とは結婚できない」クロヴィスは静かに言い放つ。そんな彼の隣に寄り添うのは、ウリヤナの友人であるコリーン。
聖なる力を失った彼女は、その日、婚約者と友人を失った――。
※以前投稿した短編の長編です。予約投稿を失敗しないかぎり、完結まで毎日更新される予定。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
婚約破棄され、聖女を騙った罪で国外追放されました。家族も同罪だから家も取り潰すと言われたので、領民と一緒に国から出ていきます。
SHEILA
ファンタジー
ベイリンガル侯爵家唯一の姫として生まれたエレノア・ベイリンガルは、前世の記憶を持つ転生者で、侯爵領はエレノアの転生知識チートで、とんでもないことになっていた。
そんなエレノアには、本人も家族も嫌々ながら、国から強制的に婚約を結ばされた婚約者がいた。
国内で領地を持つすべての貴族が王城に集まる「豊穣の宴」の席で、エレノアは婚約者である第一王子のゲイルに、異世界から転移してきた聖女との真実の愛を見つけたからと、婚約破棄を言い渡される。
ゲイルはエレノアを聖女を騙る詐欺師だと糾弾し、エレノアには国外追放を、ベイリンガル侯爵家にはお家取り潰しを言い渡した。
お読みいただき、ありがとうございます。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
婚約破棄されたので暗殺される前に国を出ます。
なつめ猫
ファンタジー
公爵家令嬢のアリーシャは、我儘で傲慢な妹のアンネに婚約者であるカイル王太子を寝取られ学院卒業パーティの席で婚約破棄されてしまう。
そして失意の内に王都を去ったアリーシャは行方不明になってしまう。
そんなアリーシャをラッセル王国は、総力を挙げて捜索するが何の成果も得られずに頓挫してしまうのであった。
彼女――、アリーシャには王国の重鎮しか知らない才能があった。
それは、世界でも稀な大魔導士と、世界で唯一の聖女としての力が備わっていた事であった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる