21 / 24
第四章(5)
しおりを挟む
****
「なんなんだ、あの女は。そしてなんでおまえがここにいる」
ライオネルはイライラしていた。その原因は二つある。
一つは、あのカタリーナ・ホランという研究所から派遣されてきた外部の人間だ。ゾフレ地区で発見された古い魔導書。その解読を軍で行おうとしたが、研究部門の彼らが根をあげた。だからといって、魔導士団に依頼するのはお門違いというもの。
軍の魔法研究部門と魔導士団ではその役目が異なっているからだ。となれば、助けを求める先が民間の研究所となり、それはメリネ魔法研究所しか思い浮かばない。
ライオネルがあれほど民間の研究所に頼むのを反対したというのに、目の前のユースタスの一言で、そこに依頼することが認められた。
そしてやってきたのが、カタリーナだったというわけだ。
他の者と同じように、ライオネルの姿を見てびくびくしながら日誌を突き出してくれればよいものの、いきなり魔導書やら古代文字やらについて熱く語り出した。
はっきりいって、ライオネルは魔導書にも古代文字にも興味がない。むしろ魔法が嫌いだ。だから魔獣討伐ですら魔導士の同行を拒否するくらいだというのに。
そしてイライラする原因のもう一つ。
間違いなく、人の執務室で勝手にくつろいでお茶を飲んでいるユースタスだろう。王太子という身分を利用して、こうやって好き勝手ライオネルの部屋へとやってくる。
「どうしかしたか? そんなに私を見つめて。奥さんのことでも恋しくなった? いいんだよ、帰って。君だって新婚だろう?」
「うるさい。ここは俺の部屋だ。定刻の鐘はとっくに過ぎている。おまえこそ帰れ」
「ひどいな。何度も言っているだろう? 私は君の上官。私は君の雇い主。文句があるなら辞めてもらってもいいんだよ?」
ユースタスがわざとそう言うのは、ライオネルが軍を辞めないことを知っているからだ。
ちっと舌打ちをしたライオネルは、書類に視線を落とす。
魔獣討伐から戻ってきて、待っていたのはこの書類の山だった。
地位が上になればなるほど、現場に立つよりもこういった書類仕事が多くなるのは仕方ない。そしてライオネルも、書類は書類でも魔獣に関する書類であれば苦にならない。それは魔獣の名称から始まり、特徴、分類、討伐の仕方などが書かれたもの。魔獣討伐の内容を資料としてまとめることで、次の討伐に生かすのが目的だからだ。
しかし、ここにある書類はそれとは異なる。軍の予算に関するもの、今後の行動計画書、国民からの嘆願書なり陳情書なり、さらに、部下たちからの報告書。納期順に並べてみたとしても、次から次へと書類がやってくるからなかなか減らない。
ライオネルの仕事だってこの書類をさばくことだけではない。昼間は部下らに訓練をつけ、自身も鍛錬に励む。そしてそれの合間にこうやって書類に目を通す必要がある。
そうなれば圧倒的に時間が足りない。仕事の量とそれにかける時間のバランスは崩れている。となれば、少しでも空いている時間にこの書類をさばかなければならない。
寝ている時間以外は、食事の時間であっても仕事にかけるようになった。その結果、家に帰る時間すら惜しいと感じるようになる。だから魔獣討伐から戻ってきたものの、家には帰っていない。
「で、なんの用だ。見ればわかるだろ? 俺は忙しい」
「ん? 君のところにきた新しい子に会いに来ただけだよ。今日が初日となれば、定刻になったら君のところに来るだろうと思ってね。私の考えはドンピシャ当たったというわけだ」
悔しいことに、ユースタスは昔から勘がよいのだ。
「で、さ。君、あの子のこと知ってるの?」
「なんだと?」
忙しいとライオネルが言ったばかりだというのに、ユースタスは帰る気はなさそうだ。仕事の邪魔をしに来たのかと疑ってしまうほど。
「いや、だってあの子。君の親戚筋になるわけでしょ? 奥さんから聞いてない?」
「会ってないからな」
結婚式当日の朝、ゾフレ地区に魔獣が出たという報告を受け、婚礼用衣装に袖をとおす前に軍服に着替えた。すぐさま、部下らを招集しゾフレ地区へ向かったのが半年前。
三か月ほどゾフレ地区に滞在し、魔獣が襲ってくる恐れがなくなってから、幾人か人を残して軍を引き上げた。人を残したのは、ゾフレ地区にある魔塔の確認のためだ。
「なんなんだ、あの女は。そしてなんでおまえがここにいる」
ライオネルはイライラしていた。その原因は二つある。
一つは、あのカタリーナ・ホランという研究所から派遣されてきた外部の人間だ。ゾフレ地区で発見された古い魔導書。その解読を軍で行おうとしたが、研究部門の彼らが根をあげた。だからといって、魔導士団に依頼するのはお門違いというもの。
軍の魔法研究部門と魔導士団ではその役目が異なっているからだ。となれば、助けを求める先が民間の研究所となり、それはメリネ魔法研究所しか思い浮かばない。
ライオネルがあれほど民間の研究所に頼むのを反対したというのに、目の前のユースタスの一言で、そこに依頼することが認められた。
そしてやってきたのが、カタリーナだったというわけだ。
他の者と同じように、ライオネルの姿を見てびくびくしながら日誌を突き出してくれればよいものの、いきなり魔導書やら古代文字やらについて熱く語り出した。
はっきりいって、ライオネルは魔導書にも古代文字にも興味がない。むしろ魔法が嫌いだ。だから魔獣討伐ですら魔導士の同行を拒否するくらいだというのに。
そしてイライラする原因のもう一つ。
間違いなく、人の執務室で勝手にくつろいでお茶を飲んでいるユースタスだろう。王太子という身分を利用して、こうやって好き勝手ライオネルの部屋へとやってくる。
「どうしかしたか? そんなに私を見つめて。奥さんのことでも恋しくなった? いいんだよ、帰って。君だって新婚だろう?」
「うるさい。ここは俺の部屋だ。定刻の鐘はとっくに過ぎている。おまえこそ帰れ」
「ひどいな。何度も言っているだろう? 私は君の上官。私は君の雇い主。文句があるなら辞めてもらってもいいんだよ?」
ユースタスがわざとそう言うのは、ライオネルが軍を辞めないことを知っているからだ。
ちっと舌打ちをしたライオネルは、書類に視線を落とす。
魔獣討伐から戻ってきて、待っていたのはこの書類の山だった。
地位が上になればなるほど、現場に立つよりもこういった書類仕事が多くなるのは仕方ない。そしてライオネルも、書類は書類でも魔獣に関する書類であれば苦にならない。それは魔獣の名称から始まり、特徴、分類、討伐の仕方などが書かれたもの。魔獣討伐の内容を資料としてまとめることで、次の討伐に生かすのが目的だからだ。
しかし、ここにある書類はそれとは異なる。軍の予算に関するもの、今後の行動計画書、国民からの嘆願書なり陳情書なり、さらに、部下たちからの報告書。納期順に並べてみたとしても、次から次へと書類がやってくるからなかなか減らない。
ライオネルの仕事だってこの書類をさばくことだけではない。昼間は部下らに訓練をつけ、自身も鍛錬に励む。そしてそれの合間にこうやって書類に目を通す必要がある。
そうなれば圧倒的に時間が足りない。仕事の量とそれにかける時間のバランスは崩れている。となれば、少しでも空いている時間にこの書類をさばかなければならない。
寝ている時間以外は、食事の時間であっても仕事にかけるようになった。その結果、家に帰る時間すら惜しいと感じるようになる。だから魔獣討伐から戻ってきたものの、家には帰っていない。
「で、なんの用だ。見ればわかるだろ? 俺は忙しい」
「ん? 君のところにきた新しい子に会いに来ただけだよ。今日が初日となれば、定刻になったら君のところに来るだろうと思ってね。私の考えはドンピシャ当たったというわけだ」
悔しいことに、ユースタスは昔から勘がよいのだ。
「で、さ。君、あの子のこと知ってるの?」
「なんだと?」
忙しいとライオネルが言ったばかりだというのに、ユースタスは帰る気はなさそうだ。仕事の邪魔をしに来たのかと疑ってしまうほど。
「いや、だってあの子。君の親戚筋になるわけでしょ? 奥さんから聞いてない?」
「会ってないからな」
結婚式当日の朝、ゾフレ地区に魔獣が出たという報告を受け、婚礼用衣装に袖をとおす前に軍服に着替えた。すぐさま、部下らを招集しゾフレ地区へ向かったのが半年前。
三か月ほどゾフレ地区に滞在し、魔獣が襲ってくる恐れがなくなってから、幾人か人を残して軍を引き上げた。人を残したのは、ゾフレ地区にある魔塔の確認のためだ。
178
お気に入りに追加
741
あなたにおすすめの小説
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
〖完結〗私はあなたのせいで死ぬのです。
藍川みいな
恋愛
「シュリル嬢、俺と結婚してくれませんか?」
憧れのレナード・ドリスト侯爵からのプロポーズ。
彼は美しいだけでなく、とても紳士的で頼りがいがあって、何より私を愛してくれていました。
すごく幸せでした……あの日までは。
結婚して1年が過ぎた頃、旦那様は愛人を連れて来ました。次々に愛人を連れて来て、愛人に子供まで出来た。
それでも愛しているのは君だけだと、離婚さえしてくれません。
そして、妹のダリアが旦那様の子を授かった……
もう耐える事は出来ません。
旦那様、私はあなたのせいで死にます。
だから、後悔しながら生きてください。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全15話で完結になります。
この物語は、主人公が8話で登場しなくなります。
感想の返信が出来なくて、申し訳ありません。
たくさんの感想ありがとうございます。
次作の『もう二度とあなたの妻にはなりません!』は、このお話の続編になっております。
このお話はバッドエンドでしたが、次作はただただシュリルが幸せになるお話です。
良かったら読んでください。
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる