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 隣にいるマティアスの視線が痛いくらいに突き刺さってくる。気を抜くと、身体が震えそうになる。だが、そのような動揺を彼に見せるわけにもいかない。
 気丈にソーサー毎カップを手にし、ゆっくりと口元へと運ぶ。
 鼻腔を刺激するお茶の香り。
「こちらの茶葉は?」
「マルグレットのものだよ。お茶は、マルグレットの物の方が質が良い」
 オティリエもマルグレットの茶葉を褒めていた。ゆっくりとカップを傾け、口に含む。渋みと甘さが、一気に口の中へ広がった。
(これ……、この味……)
 紅茶であるにも関わらず、懐かしい味がする。いや、懐かしいというそんな素敵な思い出の味ではない。潜入調査でウォルシュ侯爵から渡されたグラスに入った液体と、同じような後味なのだ。
「お菓子もどうぞ」
 マティアスは眉尻を下げて、お菓子の入ったバスケットを差し出す。お茶はまだ一口しか飲んでいない。
(まだ、大丈夫)
 きつく締め付けられたコルセットの下で、心臓が大きく動いている。けして今飲んだお茶のせいではない。ただ、酷く緊張しているだけだ。
「アルベティーナは、どんなお菓子が好きなのかな。、妹のことは知っておきたいな」
 隣のマティアスが「兄」と口にすると、嫌悪感がアルベティーナを襲った。このような卑怯な人間と血の繋がりのあることを信じたくはない。
 マティアスはアルベティーナが菓子を手にしないと、そのバスケットを引き下げるつもりはないようだ。クッキーを一枚、つまんだ。
「そうか。アルベティーナはそういった焼き菓子が好きなんだね。料理人に頼んでたくさん作らせよう」
 言いながらも、アルベティーナがクッキーを口に入れるまで、じっと見つめている。仕方なく、口の中へゆっくりと入れる。
(これも……)
 アルベティーナが口にするもの全てに、あのときの嫌な味がする。
「私を、どうするつもりですか?」
「そうか……。勘は鋭いのか」
 マティアスがカップに手を伸ばしかけたとき、アルベティーナは彼のカップを奪って一気に飲み干した。
「行儀が悪いな。人の物を勝手に奪うなんて。まあ、いい。時間はたっぷりあるからね。それに、こちらには大事な人質もある。君が、そんな愚かな行為を続けるのであれば、人質には人質らしくしてもらう必要があるけど?」
 アルベティーナはギリリと奥歯を噛み締めた。クレアを取られてしまっている以上、安易な行動はできないというわけだ。
「さて。そろそろ君を君の部屋に案内しようか。そこには、君の夫となるべき者もいるから、二人でやっていなよ。僕たちが欲しいのは、その姿だけなんだから。中身はどうでもいい」
 その一言が全てを物語っている。つまり、アルベティーナを傀儡の女王とし、実権は全てマティアスが握ろうとしているのだ。即ち、それが彼が口にした『駒』である。
「ほら、立ちなよ」
 マティアスは乱暴にアルベティーナの腕を掴むと、無理矢理立たせた。
 アルベティーナが立った瞬間、ぐらっと身体が傾きかけたのは、バランスを崩したからではない。足元に力が入らなかったからだ。
(思っていたよりも、薬の効き目が早い……)
 一度、口にしたことのある薬だ。あの薬がどのような効果をもたらすかなど、痛いほどわかっている。
「なんだ。強気な態度だったけど、やはり弱いんだな」
 ふっとマティアスがアルベティーナの耳元に息を吹きかけた。
「ひゃっ……」
「たまらないな。その声……」
 ぐいっとマティアスがアルベティーナの腰を引き寄せ、身体を密着させる。
「それに、こうやってよく見ると、なかなか可愛い顔立ちをしているし。身体も僕好みだな」
「マティアス」
 息子を宥めるかのようなエステリの声。
「ああ、母上。やはりアルベティーナは僕のものにしてもいいでしょうか?」
 彼が言葉を紡ぐたびに、アルベティーナの首元に彼の息が触れる。
「えぇ。あなたの好きにしたら? 王太子にはなれなかったけれど、王配にはなれるかもしれないわね」
 口元を手で押さえながら上品に笑うエステリにさえ、アルベティーナは吐き気を催した。半分しか血の繋がりがないとしても、隣にいるマティアスはアルベティーナの兄なのだ。
 兄妹で結婚など、許されるわけがない。
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