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 馬車はカタンと音を立てて止まった。イリダルはクレアの喉元に短剣を突き付けたまま、アルベティーナに馬車を降りるように言う。
 外側から馬車の扉が開けられた。
「あなたは……」
 馬車の外側にいたのは、元外交大臣であり、ウォルシュ侯爵の息子であるドロテオ・ウォルシュ。父親であるウォルシュ侯爵が騎士団に捕らえられたことから、外交大臣を辞したと聞いている。
「お久しぶりですね。アルベティーナ嬢。いや、アルベティーナ様。どうか、私の手を」
 爬虫類を思わせるギロリとした目つき。びっちりと後ろに撫でつけられている黒い髪。仕事で顔を合わせるたびに、アルベティーナは無意識に嫌悪感を抱いていた。無意識であったが、なぜそのような感情を抱いたのか、今になって理解した。
 だが、クレアを人質として取られている以上、彼らの言葉に従うしかない。
 軽く息を呑んでから、ドロテオの手に自身の手を重ねた。
「やはり。前王によく似ていらっしゃる」
 彼に手を引かれながら、アルベティーナは目の前の屋敷へと向かう。歩きながらも、彼らに気づかれぬよう鋭く周囲を観察する。
 ここは郊外の屋敷のようだ。周囲を青々とした木々に囲まれている。目を凝らせば、遠くに湖が見えた。
 残念ながらアルベティーナの知らない場所。馬車に乗っていたのは、二時間程。たったそれだけの時間で、このように自然豊かな緑の深い場所に着くとも思っていなかった。
 屋敷は白い壁で覆われているが、壁面はレース編みを思わせるような細やかなレリーフで装飾されている。
「私の別荘でして。父が捕まってから、王都の別邸を売り払い、こちらでひっそりと暮らしております。ですが、静かでいいところですよ」
 人との喧騒からは程遠い長閑な場所。
 アルベティーナは黙ってドロテオの話に耳を傾けていた。
 ウォルシュ侯爵が捕まっても、ドロテオが外交大臣を辞しただけでお咎めが済んだのは、彼は父の思惑を知らなかったと主張したからだ。だが、責任を取って自ら外交大臣を辞した。ルドルフの執務室で目にした資料には、そのように書かれてあったことを思い出した。
 エントランスに入るとすぐに、大きなソファが目についた。どうやらこの場所はサロンと兼用されているようだ。レンガ敷の床に、大きな暖炉。
 そして、そのソファに深々と座り、優雅にお茶を飲んでいる男女。
「あら、いやだ。本当にあの人にそっくり」
 アルベティーナを見るや否や、すぐさま声をかけてきたのは女性の方。金色の豊かな髪は緩やかに波打っており、青の瞳が鋭くアルベティーナを捕らえている。
「母上。仮にも僕の妹です。いや、マルグレットの王女となるべき女性ですよ。そのような態度を慎んだほうがいいのでは?」
 会話から察するに、男女は母と息子。息子の方も母親とよく似た金色の髪。そしてアルベティーナと同じ色のスカブルーの瞳。
「アルベティーナ様、マティアス殿下の隣にどうぞ」
 ドロテオが、ソファに座るようにと促した。アルベティーナはマティアスと呼ばれた男をじっと見る。
「どうぞ。疲れたでしょう? 今、お茶を淹れるから」
 マティアスはにっこりと微笑むと、アルベティーナを隣に誘う。
「クレアは? クレアはどうするつもりですか?」
 イリダルの腕の中にいるクレアに視線を向ける。
「ここまで来てくれたからね。悪いようにはしない。だけど、逃げられないように閉じ込めておく必要があるね」
 マティアスは後ろを振り向く。
「イリダル。彼女には外から鍵のかかる三階のあの部屋に」
「承知しました」
「さて。これで君が不安に思う要素は無くなったわけだ。僕と一緒にお茶でも飲もう。妹と、こうやってゆっくりと語ってみたかったんだ」
 アルベティーナと同じ瞳の色で見つめてくる。
「あなたは……」
「まあまあ。そう焦らないで。まずは座りなよ」
 ぽんぽんとマティアスは隣の空いている場所を叩く。つまり、そこに座れとアルベティーナに言っているのだ。
 口を堅く結んだアルベティーナは、仕方なく彼の隣に座った。目の前には彼の母親と思われる女性。
「ああ。自己紹介がまだだったね。僕は、マティアス・ダイアン・マルグレット。君とは腹違いの兄というやつか。で、前にいるのが僕の母親ね」
「エステリよ」
 それが名前なのだろう。
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