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カタン、と馬車は動き出す。乗り心地は悪くない。窓にはカーテンが引かれ、外を見ることはできないし、外からもこの馬車に誰が乗っているのかを確認することもできない。
カタカタと馬車が揺れる音だけの空間。誰も、何も話さない。その会話の無い空間が、アルベティーナに緊張を与えていた。
と、同時に彼女は気づいた。
「あの……。外を見てもいいですか?」
馬車のカーテンを開けて外を覗く行為は、はしたないと言われている。だが、アルベティーナは気になることがあった。
「どうかされましたか?」
腕を組んで顔を伏せていたイリダルが、顔をあげた。
「え、と。いつもであればそろそろ王城に着く時間だと思ったのですが」
毎日のように屋敷から王城へ通っていたアルベティーナだ。そこまでの距離とそれにかかる時間くらいは把握しているつもりだった。
「行儀が悪いですよ、アルベティーナ様」
イリダルが口の端をあげて、笑った。行儀が悪いと口にされてしまえば、アルベティーナも行動を慎む。浮きかけていた腰を、深く椅子に戻した。
まるで目の前のイリダルはアンヌッカのようだ。
それでもまだ王城につかないのはおかしいと思った。いつもの倍近く時間がかかっている。
「やっぱり、外を見せてください」
イリダルやクレアが何か言うより先に、アルベティーナは窓に引かれているカーテンを開けた。
「え……?」
窓の向こうに広がる世界に、アルベティーナは呆然とした。見慣れた王都の街並みではない。開けた道が広がっている。この景色は、ヘドマン伯から王都へ来たときの馬車の中から見た風景に似ている。
「どこ?」
素早くイリダルが動き、クレアを捕らえた。
「アルベティーナ様。彼女の命が惜しければ、黙って私に従ってください。こうやって人質を取らなければ、あなたにはやられてしまいそうなのでね」
クレアの喉元には短剣が突き付けられていた。
「……っ」
アルベティーナは悔しさで唇を噛む。一体、何が起こったのか。何がどうなったのか。
「イリダルさん。この馬車は一体どこに向かっているの?」
「どこ? あなたの結婚相手の元へと向かっているのです」
「シーグルード殿下……。の元ではなさそうね」
「ええ、違います。あなたには、もっと相応しい相手がいるのですよ。アルベティーナ・ルヴィ・マルグレット様」
聞き慣れない名前に、アルベティーナはじっとイリダルを見つめた。彼の腕はクレアを捕らえていて、手の先には短剣が握られている。クレアは怯えたような表情をしながらも、気持ちはまだしっかりとしているようだった。
「どういうこと?」
「やはり……。アルベティーナ様はご存知なかったのですね」
くくく、とイリダルは笑い出す。
「もうしばらく目的の場所までは時間がかかりますから、アルベティーナ様の知りたいことを教えてさしあげますよ」
目の前の男は本当にイリダルなのかと、アルベティーナは疑いたくなった。
「それにしても、アルベティーナ様の御髪は、本当に見事な銀白色ですね。マルグレットの前王を思い出させるような、見事な色ですよ」
イリダルの言葉を聞いたアルベティーナは、あのときの潜入調査のことを思い出していた。ルドルフに扮したシーグルードが口にしていたことを。
銀白色の髪は、マルグレットの前王と同じ。クリスティンをマルグレット前王の隠し子と思わせることが作戦である、と。
アルベティーナの実の母親は亡くなったと聞かされたが、父親のことはアンヌッカもよくわからないと言っていた。
母親が亡くなった後、ミサンジウダに帰されずあそこで暮らし続けていたのは、何かから隠すためであったとしたら。ヘドマン伯夫妻がアルベティーナのことを引き取ったことも。
全てはマルグレットから隠すためだったとしたら、辻褄が合うような気がしてきた。
マルグレットでは前王派と現王派での派閥争いがあるとも言われている。
ここで前王の隠し子と思われるアルベティーナが出てきたらどうなるのか。
アルベティーナは目の前のイリダルを睨みつけることしかできなかった。
カタカタと馬車が揺れる音だけの空間。誰も、何も話さない。その会話の無い空間が、アルベティーナに緊張を与えていた。
と、同時に彼女は気づいた。
「あの……。外を見てもいいですか?」
馬車のカーテンを開けて外を覗く行為は、はしたないと言われている。だが、アルベティーナは気になることがあった。
「どうかされましたか?」
腕を組んで顔を伏せていたイリダルが、顔をあげた。
「え、と。いつもであればそろそろ王城に着く時間だと思ったのですが」
毎日のように屋敷から王城へ通っていたアルベティーナだ。そこまでの距離とそれにかかる時間くらいは把握しているつもりだった。
「行儀が悪いですよ、アルベティーナ様」
イリダルが口の端をあげて、笑った。行儀が悪いと口にされてしまえば、アルベティーナも行動を慎む。浮きかけていた腰を、深く椅子に戻した。
まるで目の前のイリダルはアンヌッカのようだ。
それでもまだ王城につかないのはおかしいと思った。いつもの倍近く時間がかかっている。
「やっぱり、外を見せてください」
イリダルやクレアが何か言うより先に、アルベティーナは窓に引かれているカーテンを開けた。
「え……?」
窓の向こうに広がる世界に、アルベティーナは呆然とした。見慣れた王都の街並みではない。開けた道が広がっている。この景色は、ヘドマン伯から王都へ来たときの馬車の中から見た風景に似ている。
「どこ?」
素早くイリダルが動き、クレアを捕らえた。
「アルベティーナ様。彼女の命が惜しければ、黙って私に従ってください。こうやって人質を取らなければ、あなたにはやられてしまいそうなのでね」
クレアの喉元には短剣が突き付けられていた。
「……っ」
アルベティーナは悔しさで唇を噛む。一体、何が起こったのか。何がどうなったのか。
「イリダルさん。この馬車は一体どこに向かっているの?」
「どこ? あなたの結婚相手の元へと向かっているのです」
「シーグルード殿下……。の元ではなさそうね」
「ええ、違います。あなたには、もっと相応しい相手がいるのですよ。アルベティーナ・ルヴィ・マルグレット様」
聞き慣れない名前に、アルベティーナはじっとイリダルを見つめた。彼の腕はクレアを捕らえていて、手の先には短剣が握られている。クレアは怯えたような表情をしながらも、気持ちはまだしっかりとしているようだった。
「どういうこと?」
「やはり……。アルベティーナ様はご存知なかったのですね」
くくく、とイリダルは笑い出す。
「もうしばらく目的の場所までは時間がかかりますから、アルベティーナ様の知りたいことを教えてさしあげますよ」
目の前の男は本当にイリダルなのかと、アルベティーナは疑いたくなった。
「それにしても、アルベティーナ様の御髪は、本当に見事な銀白色ですね。マルグレットの前王を思い出させるような、見事な色ですよ」
イリダルの言葉を聞いたアルベティーナは、あのときの潜入調査のことを思い出していた。ルドルフに扮したシーグルードが口にしていたことを。
銀白色の髪は、マルグレットの前王と同じ。クリスティンをマルグレット前王の隠し子と思わせることが作戦である、と。
アルベティーナの実の母親は亡くなったと聞かされたが、父親のことはアンヌッカもよくわからないと言っていた。
母親が亡くなった後、ミサンジウダに帰されずあそこで暮らし続けていたのは、何かから隠すためであったとしたら。ヘドマン伯夫妻がアルベティーナのことを引き取ったことも。
全てはマルグレットから隠すためだったとしたら、辻褄が合うような気がしてきた。
マルグレットでは前王派と現王派での派閥争いがあるとも言われている。
ここで前王の隠し子と思われるアルベティーナが出てきたらどうなるのか。
アルベティーナは目の前のイリダルを睨みつけることしかできなかった。
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