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その言葉が嬉しくて、アルベティーナはぼろぼろと大きな涙を流し始める。
「もう。本当にティーナは、しばらく見ないうちに泣き虫さんに戻ってしまったのね」
「お母さま……。ありがとうございます」
「何、言ってるの。母親として当然のことをしただけよ」
母親として。その言葉が余計にアルベティーナの涙を誘い出した。
アンヌッカから本当のことを聞いたアルベティーナであるが、ヘドマン家の別邸で暮らす間、今までと変わるようなことは何もなかった。ただ、アルベティーナが髪を染めるのをやめてしまったということ以外は。
それを見て、コンラードも二人の兄もアンヌッカが真実をアルベティーナに告げたことに気づいたのだろう。それでも、彼らは何も口にせず、追及するようなこともなかった。それすら、アルベティーナにはありがたかった。
そしてアンヌッカは相変わらずアルベティーナを着飾ることに余念はないし、コンラードは領地を離れていることが気がかりなのか、毎日のように領地にいる家令と書面のやり取りをしている。エルッキとセヴェリも騎士の仕事に忙しく、別邸にいたりいなかったりする。だから、家族五人、顔をそろえて食事をするということも、毎日のようにはいかない。
それでもアルベティーナは、残りの時間をできるだけ両親と過ごすようにしていた。血の繋がりはなくても、家族だから。
『婚約の儀』の日は刻一刻と近づいてきて、シーグルードに会いたい気持ちと、両親の傍を離れてしまう気持ちの狭間で揺れていた。
部屋の窓に打ちつける雨をぼんやりと眺めながら、アルベティーナは物思いに耽る。
あと三日で婚約の儀。明日にはこの屋敷を出て、また王城へと向かう。それ以降、アルベティーナに待っているのは、王太子妃となるための教育とシーグルードと共にいる生活。
シーグルードが頑なにエルッキやセヴェリと会うことを反対していたのも、アルベティーナが彼らと血の繋がりが無かったからだ。さらに、コンラードがエルッキかセヴェリのどちらかと結婚させようとしていたから。
それに気付いたのは、コンラードが「このまま、エルッキかセヴェリのどちらかと結婚してもらえたらなぁと思っていた」と、酒の勢いで漏らしたことが原因である。エルッキもセヴェリも父親の思惑にはなんとなく気づいていたようではあったが、アルベティーナを可愛がっていた二人はコンラードの考えに悪い気はしていなかったようだ。
「はぁ……」
頬杖をつき、ソファにゆったりと座りながらも、アルベティーナはぼんやりとしていた。ぼんやりというよりは、いろいろな考えがぐるぐると彼女の頭の中を支配しているのだ。
髪の毛を染めるのはとっくにやめていたし、この姿のままアンヌッカと街に出ることはあったが、さほど周囲の目が気にならなかった。それだけアンヌッカが『家族』と口にしてくれた言葉の効果は絶大だった。その『家族』と離れてしまうことが寂しいとさえ思えていた。
(シーグルード様は……。どうされているのかしら……)
こちらの屋敷に戻ってきてから、四日に一度の割合で王城に通っていた。というのも、『婚約の儀』に関する手順の確認や、サーレン公爵夫人から儀式におけるマナーを学ぶために。王城で彼に会うことはあるのだが、いつも忙しそうにミランやエルッキを連れて王城内を駆け回っているように見えた。だからあれ以降、二人きりになったことはない。
エルッキにシーグルードの近況を尋ねても、『婚約の儀』のために忙しそうだとしか返ってこなかった。
家族との時間が充分に取れている分、シーグルードとの時間を失ってしまったような気がして、アルベティーナはどことなく不安だった。
「もう。本当にティーナは、しばらく見ないうちに泣き虫さんに戻ってしまったのね」
「お母さま……。ありがとうございます」
「何、言ってるの。母親として当然のことをしただけよ」
母親として。その言葉が余計にアルベティーナの涙を誘い出した。
アンヌッカから本当のことを聞いたアルベティーナであるが、ヘドマン家の別邸で暮らす間、今までと変わるようなことは何もなかった。ただ、アルベティーナが髪を染めるのをやめてしまったということ以外は。
それを見て、コンラードも二人の兄もアンヌッカが真実をアルベティーナに告げたことに気づいたのだろう。それでも、彼らは何も口にせず、追及するようなこともなかった。それすら、アルベティーナにはありがたかった。
そしてアンヌッカは相変わらずアルベティーナを着飾ることに余念はないし、コンラードは領地を離れていることが気がかりなのか、毎日のように領地にいる家令と書面のやり取りをしている。エルッキとセヴェリも騎士の仕事に忙しく、別邸にいたりいなかったりする。だから、家族五人、顔をそろえて食事をするということも、毎日のようにはいかない。
それでもアルベティーナは、残りの時間をできるだけ両親と過ごすようにしていた。血の繋がりはなくても、家族だから。
『婚約の儀』の日は刻一刻と近づいてきて、シーグルードに会いたい気持ちと、両親の傍を離れてしまう気持ちの狭間で揺れていた。
部屋の窓に打ちつける雨をぼんやりと眺めながら、アルベティーナは物思いに耽る。
あと三日で婚約の儀。明日にはこの屋敷を出て、また王城へと向かう。それ以降、アルベティーナに待っているのは、王太子妃となるための教育とシーグルードと共にいる生活。
シーグルードが頑なにエルッキやセヴェリと会うことを反対していたのも、アルベティーナが彼らと血の繋がりが無かったからだ。さらに、コンラードがエルッキかセヴェリのどちらかと結婚させようとしていたから。
それに気付いたのは、コンラードが「このまま、エルッキかセヴェリのどちらかと結婚してもらえたらなぁと思っていた」と、酒の勢いで漏らしたことが原因である。エルッキもセヴェリも父親の思惑にはなんとなく気づいていたようではあったが、アルベティーナを可愛がっていた二人はコンラードの考えに悪い気はしていなかったようだ。
「はぁ……」
頬杖をつき、ソファにゆったりと座りながらも、アルベティーナはぼんやりとしていた。ぼんやりというよりは、いろいろな考えがぐるぐると彼女の頭の中を支配しているのだ。
髪の毛を染めるのはとっくにやめていたし、この姿のままアンヌッカと街に出ることはあったが、さほど周囲の目が気にならなかった。それだけアンヌッカが『家族』と口にしてくれた言葉の効果は絶大だった。その『家族』と離れてしまうことが寂しいとさえ思えていた。
(シーグルード様は……。どうされているのかしら……)
こちらの屋敷に戻ってきてから、四日に一度の割合で王城に通っていた。というのも、『婚約の儀』に関する手順の確認や、サーレン公爵夫人から儀式におけるマナーを学ぶために。王城で彼に会うことはあるのだが、いつも忙しそうにミランやエルッキを連れて王城内を駆け回っているように見えた。だからあれ以降、二人きりになったことはない。
エルッキにシーグルードの近況を尋ねても、『婚約の儀』のために忙しそうだとしか返ってこなかった。
家族との時間が充分に取れている分、シーグルードとの時間を失ってしまったような気がして、アルベティーナはどことなく不安だった。
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