隠された王女~王太子の溺愛と騎士からの執愛~

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
上 下
67 / 82

8-(6)

しおりを挟む
 その言葉が嬉しくて、アルベティーナはぼろぼろと大きな涙を流し始める。
「もう。本当にティーナは、しばらく見ないうちに泣き虫さんに戻ってしまったのね」
「お母さま……。ありがとうございます」
「何、言ってるの。母親として当然のことをしただけよ」
 母親として。その言葉が余計にアルベティーナの涙を誘い出した。
 アンヌッカから本当のことを聞いたアルベティーナであるが、ヘドマン家の別邸で暮らす間、今までと変わるようなことは何もなかった。ただ、アルベティーナが髪を染めるのをやめてしまったということ以外は。
 それを見て、コンラードも二人の兄もアンヌッカが真実をアルベティーナに告げたことに気づいたのだろう。それでも、彼らは何も口にせず、追及するようなこともなかった。それすら、アルベティーナにはありがたかった。
 そしてアンヌッカは相変わらずアルベティーナを着飾ることに余念はないし、コンラードは領地を離れていることが気がかりなのか、毎日のように領地にいる家令と書面のやり取りをしている。エルッキとセヴェリも騎士の仕事に忙しく、別邸にいたりいなかったりする。だから、家族五人、顔をそろえて食事をするということも、毎日のようにはいかない。
 それでもアルベティーナは、残りの時間をできるだけ両親と過ごすようにしていた。血の繋がりはなくても、家族だから。
『婚約の儀』の日は刻一刻と近づいてきて、シーグルードに会いたい気持ちと、両親の傍を離れてしまう気持ちの狭間で揺れていた。
 部屋の窓に打ちつける雨をぼんやりと眺めながら、アルベティーナは物思いに耽る。
 あと三日で婚約の儀。明日にはこの屋敷を出て、また王城へと向かう。それ以降、アルベティーナに待っているのは、王太子妃となるための教育とシーグルードと共にいる生活。
 シーグルードが頑なにエルッキやセヴェリと会うことを反対していたのも、アルベティーナが彼らと血の繋がりが無かったからだ。さらに、コンラードがエルッキかセヴェリのどちらかと結婚させようとしていたから。
 それに気付いたのは、コンラードが「このまま、エルッキかセヴェリのどちらかと結婚してもらえたらなぁと思っていた」と、酒の勢いで漏らしたことが原因である。エルッキもセヴェリも父親の思惑にはなんとなく気づいていたようではあったが、アルベティーナを可愛がっていた二人はコンラードの考えに悪い気はしていなかったようだ。
「はぁ……」
 頬杖をつき、ソファにゆったりと座りながらも、アルベティーナはぼんやりとしていた。ぼんやりというよりは、いろいろな考えがぐるぐると彼女の頭の中を支配しているのだ。
 髪の毛を染めるのはとっくにやめていたし、この姿のままアンヌッカと街に出ることはあったが、さほど周囲の目が気にならなかった。それだけアンヌッカが『家族』と口にしてくれた言葉の効果は絶大だった。その『家族』と離れてしまうことが寂しいとさえ思えていた。
(シーグルード様は……。どうされているのかしら……)
 こちらの屋敷に戻ってきてから、四日に一度の割合で王城に通っていた。というのも、『婚約の儀』に関する手順の確認や、サーレン公爵夫人から儀式におけるマナーを学ぶために。王城で彼に会うことはあるのだが、いつも忙しそうにミランやエルッキを連れて王城内を駆け回っているように見えた。だからあれ以降、二人きりになったことはない。
 エルッキにシーグルードの近況を尋ねても、『婚約の儀』のために忙しそうだとしか返ってこなかった。
 家族との時間が充分に取れている分、シーグルードとの時間を失ってしまったような気がして、アルベティーナはどことなく不安だった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

婚約破棄された令嬢は騎士団長に溺愛される

狭山雪菜
恋愛
マリアは学園卒業後の社交場で、王太子から婚約破棄を言い渡されるがそもそも婚約者候補であり、まだ正式な婚約者じゃなかった 公の場で婚約破棄されたマリアは縁談の話が来なくなり、このままじゃ一生独身と落ち込む すると、友人のエリカが気分転換に騎士団員への慰労会へ誘ってくれて… 全編甘々を目指しています。 この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

処理中です...