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 そこにはすでにアンヌッカがいてカップを傾けている。ダークグレイの小さなテーブルにワイン色の一人がけのソファが二つ。アンヌッカはあえてその席を選んだようだ。
「あら、着替えたのね。いつものティーナらしいわ」
 アルベティーナはアンヌッカの隣に座る。侍女が黙って、湯気の立つカップを置いた。
「久しぶりに王都に来たけれど、やはり、向こうの方が落ち着くわね。何度来ても慣れない」
「今日は、ありがとうございます」
「娘の大事な日ですもの。駆けつけて当り前よ」
 当たり前という言葉が嬉しかった。
「あの、お母さま。聞きたいことがあるのですが」
 アルベティーナが口を開きかけた時、アンヌッカは侍女に下がるように指示をした。アンヌッカはどこまでアルベティーナの気持ちを理解しているのだろう。
「これで、心置きなく話ができるでしょう?」
 ニッコリと微笑むアンヌッカの笑顔は、アルベティーナが幼い時に見た笑顔と変わりはない。兄たちと年の離れているアルベティーナは、アンヌッカに抱っこをせがむことが多かった。そんなとき、彼女は笑って抱き上げてくれたのだ。
「はい。ありがとうございます」
「それで。私に聞きたいことって何かしら?」
 アルベティーナは膝の上で両手を組み、そこに視線を落とした。
「あの。シーグルード様とは、以前もお会いしたことがありますか?」
「デビュタントのときに、お会いしたでしょう?」
 アンヌッカの答えは淡々としたものだった。
「もっと、それ以前に。シーグルード様は、前から私のことを知っているような感じでしたので」
 ふぅ、とアンヌッカが小さく息を吐いた。
「やっぱり。嘘はつきたくないものね……」
 アンヌッカはカップを口元まで運ぶと、ゆっくりとそれを傾けた。そうすることで、時間を稼いでいるようにも見える。
「あなたから聞かれたら、真実を伝えるようにと言われているの」
 カップを戻しながら、アンヌッカが言う。
 真実、という言葉にアルベティーナは顔をあげた。
「ティーナ。あなたは幼い頃、シーグルード殿下とお会いしたことがあるわ。むしろ、一緒に暮らしていた」
「え」
 アルベティーナにまとわりつく空気だけ、一気に気温が下がったような感じがした。膝の上に置いた手を、ぎゅっと握りしめる。
「ティーナ。あなた、真実を知りたいの? それともこのままでいい?」
 アルベティーナの怯えたような表情から気付いたのだろう。アルベティーナの複雑な感情を。
「あなたが知りたいことを伝えるし、知りたくないことは口にしない。だけど、嘘はつかない」
 アンヌッカがじっとアルベティーナを見つめてくる。
「私は……」
 アルベティーナは考える。何も知らないまま、シーグルードと一緒になっていいのか。彼は何かを隠している。そして、それをアルベティーナに教えようとはしない。いや、今は言えないと口にしていた。いつになったら言えるのか。それすらわからない。
 こんな不安な気持ちのまま、彼と一緒になってもいいのだろうか。
「お母さま、本当のことを教えてください。あの、シーグルード様のことなのですが……」
 アルベティーナは、シーグルードと任務をこなしていたことをアンヌッカに告げた。だが、彼は本来の姿を隠して、他の騎士として任務に参加していたことを。その彼に惹かれてしまったことを。
 シーグルードをシーグルードと知らずに好きになっていた。だけど彼は、そうやって大事なことをアルベティーナから隠そうとしている。
「シーグルード殿下にも困ったものね」
 アルベティーナの話を聞き終えたアンヌッカは、くすっと笑った。
「それだけ、あなたのことが好きで、大事なのね。だったら、あなたは真実を知る必要があるわ。シーグルード殿下の思いを受け止めるためにも」
「はい……」
 アルベティーナが頷くと、アンヌッカは彼女の両手に自分の手を重ねてきた。
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