65 / 82
8-(4)
しおりを挟む
そこにはすでにアンヌッカがいてカップを傾けている。ダークグレイの小さなテーブルにワイン色の一人がけのソファが二つ。アンヌッカはあえてその席を選んだようだ。
「あら、着替えたのね。いつものティーナらしいわ」
アルベティーナはアンヌッカの隣に座る。侍女が黙って、湯気の立つカップを置いた。
「久しぶりに王都に来たけれど、やはり、向こうの方が落ち着くわね。何度来ても慣れない」
「今日は、ありがとうございます」
「娘の大事な日ですもの。駆けつけて当り前よ」
当たり前という言葉が嬉しかった。
「あの、お母さま。聞きたいことがあるのですが」
アルベティーナが口を開きかけた時、アンヌッカは侍女に下がるように指示をした。アンヌッカはどこまでアルベティーナの気持ちを理解しているのだろう。
「これで、心置きなく話ができるでしょう?」
ニッコリと微笑むアンヌッカの笑顔は、アルベティーナが幼い時に見た笑顔と変わりはない。兄たちと年の離れているアルベティーナは、アンヌッカに抱っこをせがむことが多かった。そんなとき、彼女は笑って抱き上げてくれたのだ。
「はい。ありがとうございます」
「それで。私に聞きたいことって何かしら?」
アルベティーナは膝の上で両手を組み、そこに視線を落とした。
「あの。シーグルード様とは、以前もお会いしたことがありますか?」
「デビュタントのときに、お会いしたでしょう?」
アンヌッカの答えは淡々としたものだった。
「もっと、それ以前に。シーグルード様は、前から私のことを知っているような感じでしたので」
ふぅ、とアンヌッカが小さく息を吐いた。
「やっぱり。嘘はつきたくないものね……」
アンヌッカはカップを口元まで運ぶと、ゆっくりとそれを傾けた。そうすることで、時間を稼いでいるようにも見える。
「あなたから聞かれたら、真実を伝えるようにと言われているの」
カップを戻しながら、アンヌッカが言う。
真実、という言葉にアルベティーナは顔をあげた。
「ティーナ。あなたは幼い頃、シーグルード殿下とお会いしたことがあるわ。むしろ、一緒に暮らしていた」
「え」
アルベティーナにまとわりつく空気だけ、一気に気温が下がったような感じがした。膝の上に置いた手を、ぎゅっと握りしめる。
「ティーナ。あなた、真実を知りたいの? それともこのままでいい?」
アルベティーナの怯えたような表情から気付いたのだろう。アルベティーナの複雑な感情を。
「あなたが知りたいことを伝えるし、知りたくないことは口にしない。だけど、嘘はつかない」
アンヌッカがじっとアルベティーナを見つめてくる。
「私は……」
アルベティーナは考える。何も知らないまま、シーグルードと一緒になっていいのか。彼は何かを隠している。そして、それをアルベティーナに教えようとはしない。いや、今は言えないと口にしていた。いつになったら言えるのか。それすらわからない。
こんな不安な気持ちのまま、彼と一緒になってもいいのだろうか。
「お母さま、本当のことを教えてください。あの、シーグルード様のことなのですが……」
アルベティーナは、シーグルードと任務をこなしていたことをアンヌッカに告げた。だが、彼は本来の姿を隠して、他の騎士として任務に参加していたことを。その彼に惹かれてしまったことを。
シーグルードをシーグルードと知らずに好きになっていた。だけど彼は、そうやって大事なことをアルベティーナから隠そうとしている。
「シーグルード殿下にも困ったものね」
アルベティーナの話を聞き終えたアンヌッカは、くすっと笑った。
「それだけ、あなたのことが好きで、大事なのね。だったら、あなたは真実を知る必要があるわ。シーグルード殿下の思いを受け止めるためにも」
「はい……」
アルベティーナが頷くと、アンヌッカは彼女の両手に自分の手を重ねてきた。
「あら、着替えたのね。いつものティーナらしいわ」
アルベティーナはアンヌッカの隣に座る。侍女が黙って、湯気の立つカップを置いた。
「久しぶりに王都に来たけれど、やはり、向こうの方が落ち着くわね。何度来ても慣れない」
「今日は、ありがとうございます」
「娘の大事な日ですもの。駆けつけて当り前よ」
当たり前という言葉が嬉しかった。
「あの、お母さま。聞きたいことがあるのですが」
アルベティーナが口を開きかけた時、アンヌッカは侍女に下がるように指示をした。アンヌッカはどこまでアルベティーナの気持ちを理解しているのだろう。
「これで、心置きなく話ができるでしょう?」
ニッコリと微笑むアンヌッカの笑顔は、アルベティーナが幼い時に見た笑顔と変わりはない。兄たちと年の離れているアルベティーナは、アンヌッカに抱っこをせがむことが多かった。そんなとき、彼女は笑って抱き上げてくれたのだ。
「はい。ありがとうございます」
「それで。私に聞きたいことって何かしら?」
アルベティーナは膝の上で両手を組み、そこに視線を落とした。
「あの。シーグルード様とは、以前もお会いしたことがありますか?」
「デビュタントのときに、お会いしたでしょう?」
アンヌッカの答えは淡々としたものだった。
「もっと、それ以前に。シーグルード様は、前から私のことを知っているような感じでしたので」
ふぅ、とアンヌッカが小さく息を吐いた。
「やっぱり。嘘はつきたくないものね……」
アンヌッカはカップを口元まで運ぶと、ゆっくりとそれを傾けた。そうすることで、時間を稼いでいるようにも見える。
「あなたから聞かれたら、真実を伝えるようにと言われているの」
カップを戻しながら、アンヌッカが言う。
真実、という言葉にアルベティーナは顔をあげた。
「ティーナ。あなたは幼い頃、シーグルード殿下とお会いしたことがあるわ。むしろ、一緒に暮らしていた」
「え」
アルベティーナにまとわりつく空気だけ、一気に気温が下がったような感じがした。膝の上に置いた手を、ぎゅっと握りしめる。
「ティーナ。あなた、真実を知りたいの? それともこのままでいい?」
アルベティーナの怯えたような表情から気付いたのだろう。アルベティーナの複雑な感情を。
「あなたが知りたいことを伝えるし、知りたくないことは口にしない。だけど、嘘はつかない」
アンヌッカがじっとアルベティーナを見つめてくる。
「私は……」
アルベティーナは考える。何も知らないまま、シーグルードと一緒になっていいのか。彼は何かを隠している。そして、それをアルベティーナに教えようとはしない。いや、今は言えないと口にしていた。いつになったら言えるのか。それすらわからない。
こんな不安な気持ちのまま、彼と一緒になってもいいのだろうか。
「お母さま、本当のことを教えてください。あの、シーグルード様のことなのですが……」
アルベティーナは、シーグルードと任務をこなしていたことをアンヌッカに告げた。だが、彼は本来の姿を隠して、他の騎士として任務に参加していたことを。その彼に惹かれてしまったことを。
シーグルードをシーグルードと知らずに好きになっていた。だけど彼は、そうやって大事なことをアルベティーナから隠そうとしている。
「シーグルード殿下にも困ったものね」
アルベティーナの話を聞き終えたアンヌッカは、くすっと笑った。
「それだけ、あなたのことが好きで、大事なのね。だったら、あなたは真実を知る必要があるわ。シーグルード殿下の思いを受け止めるためにも」
「はい……」
アルベティーナが頷くと、アンヌッカは彼女の両手に自分の手を重ねてきた。
10
お気に入りに追加
498
あなたにおすすめの小説
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
伝える前に振られてしまった私の恋
喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
第二部:ジュディスの恋
王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。
周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。
「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」
誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。
第三章:王太子の想い
友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。
ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。
すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。
コベット国のふたりの王子たちの恋模様

婚約破棄された令嬢は騎士団長に溺愛される
狭山雪菜
恋愛
マリアは学園卒業後の社交場で、王太子から婚約破棄を言い渡されるがそもそも婚約者候補であり、まだ正式な婚約者じゃなかった
公の場で婚約破棄されたマリアは縁談の話が来なくなり、このままじゃ一生独身と落ち込む
すると、友人のエリカが気分転換に騎士団員への慰労会へ誘ってくれて…
全編甘々を目指しています。
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる