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 シーグルードが食事を片付け、部屋を出ていった。王太子である彼にそこまでやらせてしまうことが心苦しいと思いつつも、アルベティーナは何をしたらいいのかが全くわからなかった。
 寝台の上に浅く腰かけ、シーグルードのことを考える。
 アルベティーナがシーグルードと会ったのは、デビュタントの時と、騎士団に入団したとき。その二回だけ。他はルドルフとしての彼だ。
 シーグルードの地毛は金色らしい。だが、頻繁にルドルフと入れ替わっていたことから黒髪に染め上げ、シーグルードとして仕事をすべきときにはあのような鬘を着用していたとのこと。
 今までのルドルフとしての彼と、今のシーグルードとしての彼が違い過ぎて、戸惑いさえ覚えてしまう。
(それもこれも。私のため、なのよね……)
 トントントン――。
 突然、扉を叩かれ、アルベティーナは大きく身体を震わせた。
「はい」
「失礼します」
 三人の女性が部屋の中へと入ってきた。どうやら今日からアルベティーナ付の侍女となるように、シーグルードから命じられたらしい。
「早速ですが、まずはお着替えを」
 目覚めてからずっと絹の夜着姿のままであった。布地はしっかりしており、肌が透けるものでもないのだが、人前に出るには相応しい恰好とは言えない。
 アルベティーナは彼女たちに見覚えがあると思った。あの潜入調査のときに、ルドルフの執務室で着付けてくれた彼女たちだ。
 だが、アルベティーナもそれを口にするようなことはしない。
 ラベンダー色の落ち着いたドレス。赤茶色に染めてある髪も、手早くまとめられた。
「ティナ。準備はできたかい?」
 ノックもせずに部屋に入ってきたシーグルードを侍女たちが咎める。
「ああ、すまない。待ちきれなくてな」
 悪びれもせずシーグルードは口にする。
「ティナ、よく似合っている」
「ありがとうございます……」
 侍女たちは一礼すると、さっと部屋を出ていった。
「あの。シーグルード様……」
 やはりアルベティーナにはまだ現状を信じられない気持ちがあった。ずっと好きだったルドルフがシーグルード。そう言われれば納得できるところもあるのだが、やはりシーグルードの王太子という肩書に尻込みしてしまう。『好き』という気持ちの先に、『結婚』を考えなかったわけではないのだが、彼がルドルフだと思っていた時には、『結婚』にも憧れを抱いていた。
「まだ少し、怖いです……」
 そう表現するのがしっくりくるのかもしれない。ルドルフだと思っていた男に身体を暴かれ、その男から求婚され。アルベティーナの気持ちが置き去りにされているような気がするのだ。いや、アルベティーナ自身、誰のどこに惹かれたのかがわからなくなっている。
 それに、このシーグルードにも慣れない。デビュタントのときに出会った彼は、とても丁寧だった。ルドルフとして接している彼は、少し粗野なところがあった。だが今の彼は。
「君の気持ちに気付かなくて悪かった……」
 ダークグリーンの目を伏せる。どこかしゅんとする姿が、領地にいる猟犬を思い出させた。だが、アルベティーナもシーグルードにこのような顔をさせたいわけではないのだ。ただ、きちんと話をして、お互いの気持ちを確認したいだけ。
「シーグルード様。この後、きちんとお時間をとっていただけますか? もう少し、お話をしたいです」
「もちろんだ」
 シーグルードの顔が、太陽を浴びた花のようにぱぁっと輝き出した。
「やはり、今のシーグルード様には慣れません」
 このように表情をコロコロと変化させるようなシーグルードは、アルベティーナの中にはいなかった。
「そうか。もしかして君は、少し強引な俺の方が好きなのか?」
 そこで無理矢理、彼はアルベティーナと唇を重ねた。もちろん、ただ重ねただけで終わるわけがない。
「シ、シーグルード様」
 せっかく侍女たちに化粧を施してもらったのに、シーグルードのせいで紅が取れてしまった。
「君は紅がなくても、充分に魅力的な唇をしている。このように」
 彼がまた顔を近づけようとしてきたので、アルベティーナは両手で彼の顔を阻止した。
「冗談だ。そろそろ父も母も痺れを切らしそうだからね」
(誰のせいだと思っているんですか)
 口にできない言葉を心の中で吐き捨ててから、アルベティーナはシーグルードの腕をとった。
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