隠された王女~王太子の溺愛と騎士からの執愛~

澤谷弥(さわたに わたる)

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 約束の日が来た。その日遅番だったアルベティーナの仕事が終わったのは、太陽が西のリシェール山にすっかりと沈み切った頃だ。騎士の間で後片付けをし、帰宅の準備へと取り掛かる。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
 一人、また一人と騎士の間から出ていき、帰路へつく。アルベティーナは先ほどから棚を開けたり閉めたりしていた。筆記具を取り出してみたり、しまってみたり、また別な筆記具を取り出したりと、意味の無い行動を繰り返していた。そうこうしているうちに、騎士の間に残っている騎士はアルベティーナだけとなる。
 遅番の場合、皆、仕事を終えるとさっさと帰る。報告書というものは明日でも問題ないというのが彼らの考えなのだ。その中アルベティーナだけが羊皮紙を広げていた。そこに今日の日付と名前だけを書いてみたものの、それ以外は白紙のままだった。
 アルベティーナは席を立った。広げた羊皮紙をくるくると丸め、筆記具と共に棚へと仕舞い込む。最後の一人となった彼女は、騎士の間を後にした。
 向かう先はルドルフの執務室である。仕事が終わったらあそこへ向かうようにと言われていたからだ。
 コツコツという足音が、異様に大きく聞こえた。遅番を終えた騎士達は皆帰ってしまったし、夜間担当する騎士達は、この時間はとっくに持ち場についている頃。だから、この廊下を歩いている騎士はアルベティーナしかいないのだ。
 ルドルフの執務室の扉の前に立つ。その場で一度、肩を上下させて大きく息を吐いた。
 扉を叩こうとして手をあげたが、躊躇する。だが、シーグルードと結婚したいかと問われると、その答えは否だ。人として尊敬はできるが、これからの人生を共に歩みたいと思う人物ではない。それを断る口実としてルドルフを選んだだけのこと。
 アルベティーナは扉を叩く。
 トントントン――。
「開いている。入ってこい」
 すぐさま、中からルドルフの声が聞こえてきた。
 一呼吸おいてから、アルベティーナは扉に手を伸ばす。
 ギギッと軋んだ音を立てて、扉を開けた。
「なんだ。逃げなかったのか」
 いつもの執務席に座っていたルドルフは、頬杖をつきながらアルベティーナを見つめていた。
「団長こそ、逃げなかったんですね」
「お前にあそこまで言われてしまっては、な。逃げたら恥だろう? 鍵を閉めてこっちへこい」
 ルドルフはアルベティーナの目をしっかりと見つめながら、右手の人差し指を上に向け、クイクイと二度曲げた。つまりアルベティーナを誘っているのだ。
 負けてはいられないと思っているアルベティーナは、後ろ手で鍵を閉めると、ルドルフの方へゆっくりと歩み寄る。カサカサと絨毯を踏みしめる音が、異様に大きく聞こえた。
 アルベティーナが執務席を挟んで向かい側に立つと、ルドルフはそこではなく自分の隣へ来いと言う。執務席を大きくまわって、彼の隣に立つ。
「汗を流してきたのか?」
 恐らくアルベティーナが来るのが遅かったため、ルドルフはそう思ったのだろう。
「ち、違います。他の方が帰るのを待っていました。誰もいなくなってから、あそこを出てきたので」
 それはアルベティーナがルドルフの執務室を訪れたことを、他の誰にも知られないようにするためだ。
「なら、先に湯浴みをするか? 奥に浴室がある。俺はそのままでもかまわないが」
 ルドルフがアルベティーナの方に身体を向けると、両手を彼女の腰に回して抱き寄せる。ちょうど彼女の胸のあたりがルドルフの顔の高さと同じになったことをいいことに、彼はアルベティーナの胸元へ顔を埋めた。
「お前、いい匂いするな」
「だ、団長。何してるんですか」
「これから俺に抱かれようとしているのに、これだけで動揺しているヤツがあるか?」
 名残惜しそうにアルベティーナから離れ、ルドルフはすっと立ち上がる。そして有無を言わさず彼女を横抱きに抱き上げた。
「奥に寝台がある。さすがにここでは嫌だろう?」
(どういう意味?)
 抱きかかえられたまま、アルベティーナはルドルフのダークグリーンの瞳を見つめていた。その目を見ていると、つい吸い込まれてしまいそうな気分になる。
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