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 ルドルフがアルベティーナを凝視してくる。痛く刺さるくらいの眼差しだ。口がわなわなと震えているようにも見える。彼に捕らえられている手にはさらに力が込められた。
「お前……。何を言ったか、自分でわかっているのか……」
 やはり、ルドルフの声は心地よい。このような状況であるにも関わらず、アルベティーナの心をくすぐるには充分な代物でもある。
「わかっています……。私は団長に、私の純潔を奪ってくれることを望んでいます。私を、抱いてくれませんか?」
 先ほどからルドルフは視線を逸らさない。だから、アルベティーナも真っすぐ彼を見据えている。それでも先に視線を逸らしたのはルドルフだった。と同時に、深く長く息を吐く。
「お前……。本気なのか? そこまでする必要があるのか?」
 アルベティーナはゆっくりと頷いた。
「はい……。私は、この騎士という仕事に誇りを持っております。それを途中で投げ出すことはしたくありません」
「だったら、あいつにそう言えばいいだろう? 婚約しても結婚しても、騎士を続けたいと」
「殿下がお許しになっても、周囲はお許しにならないでしょう。王太子妃としての立場もありますから」
「ま、まあ。それもそうだが」
「ですから、私に殿下の婚約者としての資格が無い。それが一番穏便に事を進める方法であると考えました」
 ルドルフがやっとアルベティーナの方に顔を向けた。だが、彼の眉は歪んでおり、困惑の表情を浮かべている。
「それで、なぜその相手が俺なんだ?」
「団長にはあのとき助けていただきましたから……。他の方に頼むより、団長に頼むのが手っ取り早いかと……」
 アルベティーナのいうあのときとは、もちろん潜入調査をしたあの一件である。何やら薬を飲まされ、身体が火照っていたところを慰めてくれたのがルドルフなのだ。
「手っ取り早いって。お前な」
 ルドルフは握っていたアルベティーナの手を離し、それで頭を支えた。
「もし、俺が断ったらどうするつもりだ?」
「それはっ。他の方に頼みます」
「ばっ……」
 馬鹿か、とルドルフが口にした。
「誰でもいいのか? 相手は男であれば誰でもいいと、そう思っているのか?」
「そっ、そんなことはありません。一番は、団長を希望しますが。団長に断られてしまったら……」
 言葉が続かなかったのは、ルドルフ以外の誰にこういったことを頼むべきか。その相手がまったく浮かばなかったからだ。
「他の、誰かに……」
「その誰かが誰だと聞いているんだ」
 ルドルフはアルベティーナが逃げないように、また彼女の手をぐっと握りしめる。
 だがアルベティーナにはその『誰か』の心当たりが無い。誰かいないか、と必死に考えを張り巡らせてみるものの、さっぱり出てこない。そもそも、兄たちに頼むような案件ではない。となれば他の男性。頭に思い浮かんだのは使用人たちの顔だが、彼らがそれを引き受けてくれるとは到底思えない。アルベティーナが他に知っている男性とすれば、騎士団に所属する男性たち。
 その中でもわりと一緒に仕事をこなすことが多いのは。
「イリダル……、さん。くらいですかね?」
 アルベティーナが顔をしかめたのは、ルドルフによって左手を力任せに握られたからだ。
「お前はっ、バカか。イリダル? あいつはダメだ。お前、あいつのことが好きなのか?」
 イリダルのことが好きであったなら、最初から彼に頼む。むしろルドルフに頼まない。
「ち、違いますよ。第一希望は団長ですけど、団長に断られてしまったら……。さすがにお兄さまたちには頼めないですし、そうなったら、イリダルさんくらいしか思い浮かばなかったんです」
 恐らくアルベティーナの顔は、額まで真っ赤に染め上がっていたに違いない。顔中が火照っているような感覚があったからだ。
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