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「ねえ、オティリエ。その『最低条件』って……」
「そうよ。王族に嫁ぐ者には処女性が求められるっていう件よ。もしアルベティーナがそうじゃなかったら、すぐに婚約者候補から落ちるわよね。むしろ今、婚約者候補として残っていないわよ」
恐らくオティリエは、アルベティーナも知っているものとしてそれを口にしたのだろう。だが、アルベティーナにとっては初耳だった。
「そ、そうなのね……。つまり、婚約者候補として名前があがったということは、そうであることが皆に知られてしまったというわけよね」
「そんなの表向きよ。そもそもあなたが誰とも婚約していないのだから。だから選ばれたに決まっているでしょう? あなたと同じ年代の方は、ほとんどが婚約しているか結婚しているかなんだから。この国では、婚前交渉は推奨されていないわ。まあ、相手が婚約者であれば別だけれど。つまり、今まで婚約者がいなかったあなたは、自然とそうだと思われているわけ」
「オティリエは?」
「な……。ど、どうしたのよ。急に。私にはローワンド様という立派な婚約者がいるのよ」
彼女が真っ赤になって口にしたことから、アルベティーナはなんとなく状況を察した。
「もう。この話は終わり」
頬を染め上げたオティリエによって、この件は強制的に打ち切られる。
その後は、最近はどのようなお菓子が流行っているのだとか、ドレスのデザインがとか。そういったとりとめのない話をして、久しぶりに会えた時間を楽しんでいた。
アップトン侯爵家の屋敷から戻ると、ちょうど仕事を終えたエルッキが帰宅したところだった。シーグルードの護衛騎士という立場にある彼は、仕事のシフトに規則性が無い。アルベティーナがこの屋敷でエルッキと顔を合わせるのは、三日ぶりのこと。エントランスで兄の姿を見つけたアルベティーナは、久しぶりに会った兄に声をかける。
「お帰りなさい、エルッキお兄さま」
「出かけていたのか?」
「はい。オティリエのところに」
「アップトン侯爵家か」
どこかエルッキの顔に陰りがかかっているようにも見える。疲れているのだろうか。
「お兄さま。お疲れですか? オティリエから美味しいお茶をいただいたのですが、お飲みになりますか?」
「いや。今はいい。後でゆっくりいただくよ」
エルッキは右手で目頭を押さえている。やはり疲れているのだろう。
「お兄さま。夕食の時間までは少しありますから、お休みになられてはどうですか?」
「ああ。そうさせてもらう。時間になったら呼びにきてくれ」
「はい」
自室へと戻ろうと白亜の階段を上り始めたエルッキだが、その彼が突然立ち止まり振り返り、階段の上からアルベティーナを見下ろした。
「ティーナ」
「はい」
眉頭に力を込めているエルッキに名を呼ばれ、アルベティーナも思わず畏まってしまう。
「毎朝、団長の仕事を手伝っているのだろう?」
セヴェリにはその件を伝えていたが、エルッキには言っていなかったと記憶している。だが、ルドルフからシーグルードに伝わりそこからエルッキに伝わったのだろう。もしくはセヴェリから伝わったか。
「はい」
「それを、そろそろやめて欲しいというのが上の考えだ」
エルッキが言う『上』というのは誰を指すのか。だが、エルッキからそのように言われてしまったらそれに従うしかない。
「はい……」
「殿下は、相手が団長であるからあまり気にはなさっていないようなのだが。団長も独身だからな。やはり、どうしても周囲の目がうるさくなる」
「はい。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません……」
「団長には私から伝えようか?」
「いえ……。明日、私の方からきちんと伝えます。だから、明日だけは手伝わせてください。その、途中で投げ出すようなことをしたくないから。自分できちんと団長にお伝えします」
アルベティーナの言葉に納得したのか、エルッキは満足そうに頷くと階段をあがって、自室の扉を開けその奥へ吸い込まれるように消えていった。
それを階下から見送ったアルベティーナは、ぎゅっと胸の前で手を握りしめていた。
「そうよ。王族に嫁ぐ者には処女性が求められるっていう件よ。もしアルベティーナがそうじゃなかったら、すぐに婚約者候補から落ちるわよね。むしろ今、婚約者候補として残っていないわよ」
恐らくオティリエは、アルベティーナも知っているものとしてそれを口にしたのだろう。だが、アルベティーナにとっては初耳だった。
「そ、そうなのね……。つまり、婚約者候補として名前があがったということは、そうであることが皆に知られてしまったというわけよね」
「そんなの表向きよ。そもそもあなたが誰とも婚約していないのだから。だから選ばれたに決まっているでしょう? あなたと同じ年代の方は、ほとんどが婚約しているか結婚しているかなんだから。この国では、婚前交渉は推奨されていないわ。まあ、相手が婚約者であれば別だけれど。つまり、今まで婚約者がいなかったあなたは、自然とそうだと思われているわけ」
「オティリエは?」
「な……。ど、どうしたのよ。急に。私にはローワンド様という立派な婚約者がいるのよ」
彼女が真っ赤になって口にしたことから、アルベティーナはなんとなく状況を察した。
「もう。この話は終わり」
頬を染め上げたオティリエによって、この件は強制的に打ち切られる。
その後は、最近はどのようなお菓子が流行っているのだとか、ドレスのデザインがとか。そういったとりとめのない話をして、久しぶりに会えた時間を楽しんでいた。
アップトン侯爵家の屋敷から戻ると、ちょうど仕事を終えたエルッキが帰宅したところだった。シーグルードの護衛騎士という立場にある彼は、仕事のシフトに規則性が無い。アルベティーナがこの屋敷でエルッキと顔を合わせるのは、三日ぶりのこと。エントランスで兄の姿を見つけたアルベティーナは、久しぶりに会った兄に声をかける。
「お帰りなさい、エルッキお兄さま」
「出かけていたのか?」
「はい。オティリエのところに」
「アップトン侯爵家か」
どこかエルッキの顔に陰りがかかっているようにも見える。疲れているのだろうか。
「お兄さま。お疲れですか? オティリエから美味しいお茶をいただいたのですが、お飲みになりますか?」
「いや。今はいい。後でゆっくりいただくよ」
エルッキは右手で目頭を押さえている。やはり疲れているのだろう。
「お兄さま。夕食の時間までは少しありますから、お休みになられてはどうですか?」
「ああ。そうさせてもらう。時間になったら呼びにきてくれ」
「はい」
自室へと戻ろうと白亜の階段を上り始めたエルッキだが、その彼が突然立ち止まり振り返り、階段の上からアルベティーナを見下ろした。
「ティーナ」
「はい」
眉頭に力を込めているエルッキに名を呼ばれ、アルベティーナも思わず畏まってしまう。
「毎朝、団長の仕事を手伝っているのだろう?」
セヴェリにはその件を伝えていたが、エルッキには言っていなかったと記憶している。だが、ルドルフからシーグルードに伝わりそこからエルッキに伝わったのだろう。もしくはセヴェリから伝わったか。
「はい」
「それを、そろそろやめて欲しいというのが上の考えだ」
エルッキが言う『上』というのは誰を指すのか。だが、エルッキからそのように言われてしまったらそれに従うしかない。
「はい……」
「殿下は、相手が団長であるからあまり気にはなさっていないようなのだが。団長も独身だからな。やはり、どうしても周囲の目がうるさくなる」
「はい。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません……」
「団長には私から伝えようか?」
「いえ……。明日、私の方からきちんと伝えます。だから、明日だけは手伝わせてください。その、途中で投げ出すようなことをしたくないから。自分できちんと団長にお伝えします」
アルベティーナの言葉に納得したのか、エルッキは満足そうに頷くと階段をあがって、自室の扉を開けその奥へ吸い込まれるように消えていった。
それを階下から見送ったアルベティーナは、ぎゅっと胸の前で手を握りしめていた。
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