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「オティリエ。あなたにこんなことを相談するのは間違っているかもしれないけれど。それでもやっぱり、私……」
アルベティーナはどうしてもルドルフのことが気になっていた。というよりも彼のことが諦めきれない。仮にこのままシーグルードの元に嫁ぐことが決まってしまったとしたら。
ルドルフは騎士団の団長を務めているわけだし、嫌でも顔を合わせる機会はあるだろう。そうなったときに、平静を保てるのか。隠そうとしているこの気持ちを隠し続けることができるのか。むしろシーグルードにこの気持ちを知られてしまうことはないのか。
テーブルの上に力なく置いてある彼女の手を、オティリエが優しく握りしめる。
「私たちは家によって結婚が決められているけれど、それでも私はローワンド様と一緒になれることを望んでいる。彼との婚約は出会いのきっかけに過ぎないと、そのときは思ったの。だけど、アルベティーナ。あなたは既に出会ってしまったのね。本当に好きな人と……」
握られた手から、オティリエの温かな気持ちが伝わってくるような気がした。
本当は誰にも言わず、そっと心の中に閉じ込めておこうとしていた彼への気持ち。
自分の心の中にさえ閉じ込めておけば、誰にも知られることはない。それでも毎朝ルドルフの仕事を手伝ううちに、気持ちを誤魔化すことが難しくなってきていた。
そんなルドルフはアルベティーナがシーグルードの婚約者候補に選ばれた後も、同じように仕事の内容を指示していたし、事務的な態度は以前と変わりはなかった。
毎朝、彼の手伝いをしていることさえも、やってはいけないことなのではないかと思っているアルベティーナなのだが「この件についてはシーグルードも知っていることだから気にするなと」とルドルフは、苦笑しながら口にした。
その言葉がアルベティーナの罪悪感を和らげる。
(でも、いつまでも団長のお手伝いをするわけにはいかない……)
そう思うとなぜか喪失感に襲われ、呼吸が苦しくなっていく。この気持ちをどう解放したいいいかわからず、誰かに聞いてもらいたい、その聞き役として思い浮かんだのがオティリエだったのだ。
だがアルベティーナの人選に間違いはなかった。こうやって彼女は真剣にアルベティーナの話に耳を傾けてくれる。それだけでも気持ちが少しずつ整理されていく。
「私……。やっぱり殿下の婚約者候補を辞退しようと……思うの……」
オティリエは驚いてアルベティーナの顔を見つめてくる。アルベティーナも、自身で口にした言葉がどれだけ影響のあるものであるかを知っていた。何しろ父親であるコンラードでさえは、辞退は難しいと言っていたのだから。
「辞退は、難しいわよ?」
握られている手に力が込められたのをアルベティーナは感じた。
「例えば、私が殿下の婚約者として相応しくない、とか。そういったことがあれば」
「う~ん」
オティリエは握っていた手を離し、唸って椅子の背もたれに身体を預ける。
「私が見た限りでは、あなたは完璧な令嬢。あなたが殿下の婚約者に選ばれたとしても、誰もが納得すると思うわ」
「だけど。その、女性騎士だし……」
「それをわかっていて、向こうは候補に選んできたのでしょう? そんなの、辞退する理由にはならないわよ」
そこで、小さくオティリエは「あ」と呟く。もちろんアルベティーナは彼女のその小さな反応を見逃すわけがない。オティリエは間違いなく『しまった』という表情をしている。
「どうしたの? オティリエ。私には言えない何かがあるの?」
「ち、違うわよ……。その、王族に嫁ぐための最低条件というものを思い出しただけ。でも、これは今、関係ないわ。だって、あなたがそうだとは思えないもの」
オティリエの言う『王族に嫁ぐための最低条件』というものがなんであるか、アルベティーナにはさっぱり心当たりが無かった。というのも、ほんの数か月前まではあの辺境のヘドマン領にこもっていた彼女。そういった噂話とは縁遠い生活を送っていたのだ。
アルベティーナはどうしてもルドルフのことが気になっていた。というよりも彼のことが諦めきれない。仮にこのままシーグルードの元に嫁ぐことが決まってしまったとしたら。
ルドルフは騎士団の団長を務めているわけだし、嫌でも顔を合わせる機会はあるだろう。そうなったときに、平静を保てるのか。隠そうとしているこの気持ちを隠し続けることができるのか。むしろシーグルードにこの気持ちを知られてしまうことはないのか。
テーブルの上に力なく置いてある彼女の手を、オティリエが優しく握りしめる。
「私たちは家によって結婚が決められているけれど、それでも私はローワンド様と一緒になれることを望んでいる。彼との婚約は出会いのきっかけに過ぎないと、そのときは思ったの。だけど、アルベティーナ。あなたは既に出会ってしまったのね。本当に好きな人と……」
握られた手から、オティリエの温かな気持ちが伝わってくるような気がした。
本当は誰にも言わず、そっと心の中に閉じ込めておこうとしていた彼への気持ち。
自分の心の中にさえ閉じ込めておけば、誰にも知られることはない。それでも毎朝ルドルフの仕事を手伝ううちに、気持ちを誤魔化すことが難しくなってきていた。
そんなルドルフはアルベティーナがシーグルードの婚約者候補に選ばれた後も、同じように仕事の内容を指示していたし、事務的な態度は以前と変わりはなかった。
毎朝、彼の手伝いをしていることさえも、やってはいけないことなのではないかと思っているアルベティーナなのだが「この件についてはシーグルードも知っていることだから気にするなと」とルドルフは、苦笑しながら口にした。
その言葉がアルベティーナの罪悪感を和らげる。
(でも、いつまでも団長のお手伝いをするわけにはいかない……)
そう思うとなぜか喪失感に襲われ、呼吸が苦しくなっていく。この気持ちをどう解放したいいいかわからず、誰かに聞いてもらいたい、その聞き役として思い浮かんだのがオティリエだったのだ。
だがアルベティーナの人選に間違いはなかった。こうやって彼女は真剣にアルベティーナの話に耳を傾けてくれる。それだけでも気持ちが少しずつ整理されていく。
「私……。やっぱり殿下の婚約者候補を辞退しようと……思うの……」
オティリエは驚いてアルベティーナの顔を見つめてくる。アルベティーナも、自身で口にした言葉がどれだけ影響のあるものであるかを知っていた。何しろ父親であるコンラードでさえは、辞退は難しいと言っていたのだから。
「辞退は、難しいわよ?」
握られている手に力が込められたのをアルベティーナは感じた。
「例えば、私が殿下の婚約者として相応しくない、とか。そういったことがあれば」
「う~ん」
オティリエは握っていた手を離し、唸って椅子の背もたれに身体を預ける。
「私が見た限りでは、あなたは完璧な令嬢。あなたが殿下の婚約者に選ばれたとしても、誰もが納得すると思うわ」
「だけど。その、女性騎士だし……」
「それをわかっていて、向こうは候補に選んできたのでしょう? そんなの、辞退する理由にはならないわよ」
そこで、小さくオティリエは「あ」と呟く。もちろんアルベティーナは彼女のその小さな反応を見逃すわけがない。オティリエは間違いなく『しまった』という表情をしている。
「どうしたの? オティリエ。私には言えない何かがあるの?」
「ち、違うわよ……。その、王族に嫁ぐための最低条件というものを思い出しただけ。でも、これは今、関係ないわ。だって、あなたがそうだとは思えないもの」
オティリエの言う『王族に嫁ぐための最低条件』というものがなんであるか、アルベティーナにはさっぱり心当たりが無かった。というのも、ほんの数か月前まではあの辺境のヘドマン領にこもっていた彼女。そういった噂話とは縁遠い生活を送っていたのだ。
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