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オティリエに促されたアルベティーナはゆっくりとカップに手を伸ばした。鼻腔をくすぐる香りが、このお茶が良質であることを物語っていた。カップを傾けて一口飲めば、香ばしい香りが身体に染み渡っていく。
「美味しいわ」
思わず言葉が漏れてしまう。するとオティリエの安心したのか「そうでしょう」と嬉しそうに両手を合わせる。
「それで? どんな悩みなの?」
こうやって核心を突こうとするところは、彼女の鋭いところ。だがそれによってアルベティーナも口を開きやすくなったのも事実。
「うん……。そのシーグルード殿下の婚約者候補のことなんだけれど……」
「素晴らしい話よね。私も、婚約者がいなかったら……」
オティリエが冗談でその言葉を口にしていることは、アルベティーナだって知っている。何しろ彼女は彼女の婚約者であるスワン侯爵家の次男のローワンドに夢中なのだ。ローワンドも彼女がこのようなことを口にしたとしても、怒るような人物ではない。何しろオティリエよりも五つも年上である彼は、余裕に満ちている。それが悔しいとオティリエはよく口にしていた。
「ま、冗談は置いておいて。素晴らしい話じゃない? あなたに婚約者がいないことが不思議だとは思っていたけれど。まさしく運命という感じよね。他の二人も素晴らしい方で、本当に殿下にはお似合いの方たちだわ。でも、年齢的にもアルベティーナが選ばれると思っているんだけど」
どうやらオティリエは、その言葉でアルベティーナを励まそうとしてくれたようだ。
「あ、うん……。あのね、誰にも言わないでくれる?」
とアルベティーナが前置きをしたのは、今から口にすることが不敬罪に当たるのではないかということを不安に感じたからである。
「ええ。女同士の秘密の話ってことね。私、こう見えても口は堅いから大丈夫よ」
それもアルベティーナを励まそうとしている彼女なりの気遣いなのだろう。アルベティーナは少しだけ口元をゆるませてから、言葉を紡ぎ出す。
「私……。シーグルード殿下の婚約者になりたくないの……」
アルベティーナの言葉にオティリエがピシッと固まったように見えた。お菓子に手を伸ばしかけていた彼女は、その手を引いて膝の上に落とした。
「どうして? 素敵なお話じゃない。殿下の婚約者候補なんて、普通、なりたくてもなれないのよ。この話が流れた時、婚約解消をしたいと騒ぎ出した令嬢まで現れたらしいわよ」
嘘か真かわからぬような話だが、実際にそういった話はあったようだ。だが、その令嬢が婚約解消をしたところで、シーグルードの婚約者候補として名を連ねることはないだろう。そう言って周囲が説得したという話も、アルベティーナの耳には届いてきていた。
というのも、騎士団の仕事にいくと今までと違った視線を投げられるようになったからだ。今まで以上に腫れ物に触れるような扱い。それでもルドルフが他の騎士達に何かしら釘を刺したようで、それ以降は大人しくなっている。だがその時に、騎士の一人が口にしていたのが『婚約者から婚約解消を持ち出された』という話。彼は苦笑していた。その後、彼の婚約がどうなったかは知らない。
アルベティーナは真っすぐにオティリエを見つめていた。彼女に助けを求めるかのように。いや、彼女ならアルベティーナが欲しい言葉をかけてくれるのではないか、という期待もあって。
「もしかして……。あなた、好きな人がいるの?」
やはりオティリエは気付いてくれた。きっとアルベティーナのスカイブルーの瞳が力なく揺れていたのだろう。
アルベティーナがゆっくりと頷くと、オティリエは満面に微笑みを浮かべていた。
「そう……。そうなのね。あなたに好きな人がいることはおめでたいことだけれど。でも……」
だがオティリエはすぐに困ったように顔を曇らせた。きっとそれはアルベティーナの心情を汲みとったからだ。
「美味しいわ」
思わず言葉が漏れてしまう。するとオティリエの安心したのか「そうでしょう」と嬉しそうに両手を合わせる。
「それで? どんな悩みなの?」
こうやって核心を突こうとするところは、彼女の鋭いところ。だがそれによってアルベティーナも口を開きやすくなったのも事実。
「うん……。そのシーグルード殿下の婚約者候補のことなんだけれど……」
「素晴らしい話よね。私も、婚約者がいなかったら……」
オティリエが冗談でその言葉を口にしていることは、アルベティーナだって知っている。何しろ彼女は彼女の婚約者であるスワン侯爵家の次男のローワンドに夢中なのだ。ローワンドも彼女がこのようなことを口にしたとしても、怒るような人物ではない。何しろオティリエよりも五つも年上である彼は、余裕に満ちている。それが悔しいとオティリエはよく口にしていた。
「ま、冗談は置いておいて。素晴らしい話じゃない? あなたに婚約者がいないことが不思議だとは思っていたけれど。まさしく運命という感じよね。他の二人も素晴らしい方で、本当に殿下にはお似合いの方たちだわ。でも、年齢的にもアルベティーナが選ばれると思っているんだけど」
どうやらオティリエは、その言葉でアルベティーナを励まそうとしてくれたようだ。
「あ、うん……。あのね、誰にも言わないでくれる?」
とアルベティーナが前置きをしたのは、今から口にすることが不敬罪に当たるのではないかということを不安に感じたからである。
「ええ。女同士の秘密の話ってことね。私、こう見えても口は堅いから大丈夫よ」
それもアルベティーナを励まそうとしている彼女なりの気遣いなのだろう。アルベティーナは少しだけ口元をゆるませてから、言葉を紡ぎ出す。
「私……。シーグルード殿下の婚約者になりたくないの……」
アルベティーナの言葉にオティリエがピシッと固まったように見えた。お菓子に手を伸ばしかけていた彼女は、その手を引いて膝の上に落とした。
「どうして? 素敵なお話じゃない。殿下の婚約者候補なんて、普通、なりたくてもなれないのよ。この話が流れた時、婚約解消をしたいと騒ぎ出した令嬢まで現れたらしいわよ」
嘘か真かわからぬような話だが、実際にそういった話はあったようだ。だが、その令嬢が婚約解消をしたところで、シーグルードの婚約者候補として名を連ねることはないだろう。そう言って周囲が説得したという話も、アルベティーナの耳には届いてきていた。
というのも、騎士団の仕事にいくと今までと違った視線を投げられるようになったからだ。今まで以上に腫れ物に触れるような扱い。それでもルドルフが他の騎士達に何かしら釘を刺したようで、それ以降は大人しくなっている。だがその時に、騎士の一人が口にしていたのが『婚約者から婚約解消を持ち出された』という話。彼は苦笑していた。その後、彼の婚約がどうなったかは知らない。
アルベティーナは真っすぐにオティリエを見つめていた。彼女に助けを求めるかのように。いや、彼女ならアルベティーナが欲しい言葉をかけてくれるのではないか、という期待もあって。
「もしかして……。あなた、好きな人がいるの?」
やはりオティリエは気付いてくれた。きっとアルベティーナのスカイブルーの瞳が力なく揺れていたのだろう。
アルベティーナがゆっくりと頷くと、オティリエは満面に微笑みを浮かべていた。
「そう……。そうなのね。あなたに好きな人がいることはおめでたいことだけれど。でも……」
だがオティリエはすぐに困ったように顔を曇らせた。きっとそれはアルベティーナの心情を汲みとったからだ。
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