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コンラードは大きく息を吐いてから、言葉を続ける。
「お前たちの耳にも入っているかどうかはわからないが。シーグルード王太子殿下のことだ」
シーグルードの名が出たところで、身体を震わせたのはエルッキだった。何しろ彼はシーグルードの護衛騎士である。
「殿下は、今年二十六歳になられたところだが。まだ結婚もされていない。さらに婚約者もいない」
エルッキが大きく頷いているのは、それが事実であり、かつ周囲がうるさくその件を彼に言っているからだ。
「皆も知っての通り、陛下にはシーグルード殿下しか子がいない。そろそろシーグルード殿下にも身を固めてもらう必要があるという話が出てきたらしい」
むしろアルベティーナは、彼ほどの男性であればさっさと結婚をして側妃の何人かも侍らせているのだろうと思っていた。だが、二年ぶりに再会した彼は結婚をしていなかったし、婚約者もいなかった。不思議だな、とは思っていたのだが。
「それで。殿下に相応しい女性を何人か婚約者候補とし、殿下から選んでもらうことになったのだ」
黙ってコンラードの話を聞いていたアルベティーナであるが、いくら男女の恋愛に疎い彼女であっても、この話の流れから次にくる言葉がなんとなく想像できたのは、騎士の勘が働いたからかもしれない。
「その婚約者候補として、ティーナ。お前が選ばれた」
その言葉を耳にしても、アルベティーナは思っていたよりも落ち着くことができていた。そう言われるだろうと心の中のどこかでわかっていた部分もあったのだ。
「ち、父上。ティーナがですか? ティーナが殿下の婚約者に?」
アルベティーナよりも兄のエルッキの方が動揺しているようにも見える。あの兄が珍しく、唇をわなわなと震わせていた。
「そうだ」
「え、と。なぜ私なのでしょう?」
むしろアルベティーナはその理由を知りたかった。
「それは、俺も聞きたいです。せっかくティーナは騎士団の警備隊として仕事も慣れてきたところ。警備隊として彼女に抜けられると非常に困る」
「そう言うな、セヴェリ。その辺は、まあ、いろいろと考えているらしいのだが……」
コンラードは言葉を濁らせる。
「まあ、ティーナなら身分的にも殿下と釣り合いはとれる」
それはヘドマン辺境伯の娘であり、彼の護衛騎士の妹でもあるからだろう。
「それで、だ。一か月後にティーナと殿下の顔合わせがあるから、準備をしておくように。私はそれを伝えにきたんだ」
無理矢理にでも話をまとめてきたようにアルベティーナには思えた。
「お父さま」
思わずコンラードを呼んでしまった。理由はわからない。いや、わかっている。アルベティーナはこの婚約者候補を辞退したいのだ。たとえそれが叶わぬ願いだとわかっていても。
「その……。婚約者候補を辞退するというのは……」
それでも口にしてしまったのは、どこかにそれが叶うのではないかという微かな望みを持ちたかったから。
「辞退は難しいだろうな。だが、候補は他に二人いる。だから、必ずティーナが選ばれるとも限らない」
むしろそちらに期待した方がいいのかもしれない。自分は選ばれないだろう、という期待を。
「ところで父上。他の二人はどちらのご令嬢でしょうか」
エルッキが落ち着きを払った声で尋ねた。
「ああ。一人はサーレン公爵家の令嬢だな。もう一人はムニティス侯爵家」
どちらもアルベティーナが貴族名鑑で目にしたことがある名前だ。王族の相手として相応しい家柄。
「お父さま……。サーレン公爵家のご令嬢も、ムニティス侯爵家のご令嬢も。ご年齢が……」
「デビュタントを終えたばかりだな」
シーグルードは二十六歳。他の候補者が十六歳でアルベティーナだけが十九歳。この場合、アルベティーナの年齢は不利に働いてくれるだろうか。
恐らくアルベティーナはかなり眉間に皺を寄せていたのだろう。コンラードが心配そうに顔を覗き込み、彼女をフォローするかのように口を開いたからだ。
「その。まあ、あれなんだ。殿下と釣り合いが取れるような家柄のほとんどのご令嬢が婚約をしていて、だな」
「だから婚約者のいない私と、デビュタントを終えたばかりのご令嬢が選ばれたというわけですね」
そこにいる三人の男性が誰も否定しないということは、アルベティーナの言葉はあながち嘘ではないのだろう。
「お前たちの耳にも入っているかどうかはわからないが。シーグルード王太子殿下のことだ」
シーグルードの名が出たところで、身体を震わせたのはエルッキだった。何しろ彼はシーグルードの護衛騎士である。
「殿下は、今年二十六歳になられたところだが。まだ結婚もされていない。さらに婚約者もいない」
エルッキが大きく頷いているのは、それが事実であり、かつ周囲がうるさくその件を彼に言っているからだ。
「皆も知っての通り、陛下にはシーグルード殿下しか子がいない。そろそろシーグルード殿下にも身を固めてもらう必要があるという話が出てきたらしい」
むしろアルベティーナは、彼ほどの男性であればさっさと結婚をして側妃の何人かも侍らせているのだろうと思っていた。だが、二年ぶりに再会した彼は結婚をしていなかったし、婚約者もいなかった。不思議だな、とは思っていたのだが。
「それで。殿下に相応しい女性を何人か婚約者候補とし、殿下から選んでもらうことになったのだ」
黙ってコンラードの話を聞いていたアルベティーナであるが、いくら男女の恋愛に疎い彼女であっても、この話の流れから次にくる言葉がなんとなく想像できたのは、騎士の勘が働いたからかもしれない。
「その婚約者候補として、ティーナ。お前が選ばれた」
その言葉を耳にしても、アルベティーナは思っていたよりも落ち着くことができていた。そう言われるだろうと心の中のどこかでわかっていた部分もあったのだ。
「ち、父上。ティーナがですか? ティーナが殿下の婚約者に?」
アルベティーナよりも兄のエルッキの方が動揺しているようにも見える。あの兄が珍しく、唇をわなわなと震わせていた。
「そうだ」
「え、と。なぜ私なのでしょう?」
むしろアルベティーナはその理由を知りたかった。
「それは、俺も聞きたいです。せっかくティーナは騎士団の警備隊として仕事も慣れてきたところ。警備隊として彼女に抜けられると非常に困る」
「そう言うな、セヴェリ。その辺は、まあ、いろいろと考えているらしいのだが……」
コンラードは言葉を濁らせる。
「まあ、ティーナなら身分的にも殿下と釣り合いはとれる」
それはヘドマン辺境伯の娘であり、彼の護衛騎士の妹でもあるからだろう。
「それで、だ。一か月後にティーナと殿下の顔合わせがあるから、準備をしておくように。私はそれを伝えにきたんだ」
無理矢理にでも話をまとめてきたようにアルベティーナには思えた。
「お父さま」
思わずコンラードを呼んでしまった。理由はわからない。いや、わかっている。アルベティーナはこの婚約者候補を辞退したいのだ。たとえそれが叶わぬ願いだとわかっていても。
「その……。婚約者候補を辞退するというのは……」
それでも口にしてしまったのは、どこかにそれが叶うのではないかという微かな望みを持ちたかったから。
「辞退は難しいだろうな。だが、候補は他に二人いる。だから、必ずティーナが選ばれるとも限らない」
むしろそちらに期待した方がいいのかもしれない。自分は選ばれないだろう、という期待を。
「ところで父上。他の二人はどちらのご令嬢でしょうか」
エルッキが落ち着きを払った声で尋ねた。
「ああ。一人はサーレン公爵家の令嬢だな。もう一人はムニティス侯爵家」
どちらもアルベティーナが貴族名鑑で目にしたことがある名前だ。王族の相手として相応しい家柄。
「お父さま……。サーレン公爵家のご令嬢も、ムニティス侯爵家のご令嬢も。ご年齢が……」
「デビュタントを終えたばかりだな」
シーグルードは二十六歳。他の候補者が十六歳でアルベティーナだけが十九歳。この場合、アルベティーナの年齢は不利に働いてくれるだろうか。
恐らくアルベティーナはかなり眉間に皺を寄せていたのだろう。コンラードが心配そうに顔を覗き込み、彼女をフォローするかのように口を開いたからだ。
「その。まあ、あれなんだ。殿下と釣り合いが取れるような家柄のほとんどのご令嬢が婚約をしていて、だな」
「だから婚約者のいない私と、デビュタントを終えたばかりのご令嬢が選ばれたというわけですね」
そこにいる三人の男性が誰も否定しないということは、アルベティーナの言葉はあながち嘘ではないのだろう。
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