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「ティーナ」
 そんな彼女を心配したのか、声をかけてきたのはセヴェリだった。
「どうした? 疲れたか? やっぱり、今日の任務は断った方がよかったか? その……、一昨日のあれもあったばかりだったし……」
「いえ、問題ありません」
「すまないな。女性が一人しかいないから、どうしても『女性』という指定が入ってしまうと、お前を指名するしかなくて。お前には負担をかけるな」
「それが私の仕事ですから」
 アルベティーナが答えると、セヴェリは目を細めて優しく微笑んだ。
「真っすぐ帰ってもよかったんだぞ?」
「報告書を仕上げたいので」
「そんなの。明日でもかまわないし、イリダルに任せればいいだろう」
 報告書を『そんなの』と言い切ってしまっていいのだろうか。だが、言葉の節々からはセヴェリがアルベティーナを思いやる気持ちが溢れていた。
「でも、すぐそこですから。せっかくここまで戻ってきたので、報告書を提出してから帰ります。それに、私には報告書を書く練習も必要だって、団長からは言われてるので……」
「この時間なら、団長は執務室にいるぞ。不在の時は、扉のポケットに入れておけばいい」
 セヴェリの言葉でアルベティーナは、ルドルフの執務室の扉に書類などを入れておくための箱のようなものがぶら下げられていることを思い出した。それが彼の口にしたポケットである。事務官に手渡すという方法もあるのだが、勤務時間が不規則な騎士たちが、好きな時間に報告書を提出できるようにと、配慮の一つであるらしい。そこから他人の報告書を盗むような人物がいるのではないかと疑われそうであるが、そうならないような対策もしっかりとられているところがルドルフらしいとも思えた。
 どこか神経質そうな視線。だけど、時折見せてくる優しい笑顔。任務中に見せる鋭い眼光。それでもあのとき、アルベティーナを見つめる瞳はとても穏やかなものだった。ルドルフが見せつけてくる二面性。それがアルベティーナの心を捕らえて放さない。
 王城にある建物には騎士の間と呼ばれる場所がある。そこが騎士団に所属する騎士たちの控えの間でもあるが、彼らの執務室として読み書きの間としても使われている。大きくて重厚な木目調のテーブルがいくつか並び、各テーブルの周りにはひじ掛けのない赤い椅子が並べられていた。
 アルベティーナが騎士の間に戻ってきたときには、その椅子の半分に騎士が座っていた。腕を組んで転寝をしているもの、テーブルに向かって書き物をしているもの、隅の方でこそこそと話をしている者など様々だ。
 アルベティーナは備え付けの棚から、自分の筆記具を取り出した。この棚も騎士の間の色合いに調和した木目調の棚。むしろ、素材をそのまま使用している棚と表現してもいいだろう。この騎士の間に置かれている家具は、木目調の物が多い。派手ではないものをという配慮なのだろう。
 特に席が定められているわけでもないのに、アルベティーナがいつも使っている席は空席だった。それとなく定位置が決まっているのだ。テーブルに向かって椅子を引き寄せ、羊皮紙をテーブルの上に広げた。書く内容は決まっている。任務の時間、相方の名前、任務の内容。特記事項というのは任務中に問題があったかどうかだ。恐らく、ロビーを担当していた騎士からは、負傷者何名、暴行者何名といった報告があがってくるのだろう。だが、あの大女優の控室の警備についていたアルベティーナにとって、特記事項に記載するようなものは何もなかった。
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