隠された王女~王太子の溺愛と騎士からの執愛~

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
上 下
29 / 82

4-(4)

しおりを挟む
「ティーナ」
 そんな彼女を心配したのか、声をかけてきたのはセヴェリだった。
「どうした? 疲れたか? やっぱり、今日の任務は断った方がよかったか? その……、一昨日のあれもあったばかりだったし……」
「いえ、問題ありません」
「すまないな。女性が一人しかいないから、どうしても『女性』という指定が入ってしまうと、お前を指名するしかなくて。お前には負担をかけるな」
「それが私の仕事ですから」
 アルベティーナが答えると、セヴェリは目を細めて優しく微笑んだ。
「真っすぐ帰ってもよかったんだぞ?」
「報告書を仕上げたいので」
「そんなの。明日でもかまわないし、イリダルに任せればいいだろう」
 報告書を『そんなの』と言い切ってしまっていいのだろうか。だが、言葉の節々からはセヴェリがアルベティーナを思いやる気持ちが溢れていた。
「でも、すぐそこですから。せっかくここまで戻ってきたので、報告書を提出してから帰ります。それに、私には報告書を書く練習も必要だって、団長からは言われてるので……」
「この時間なら、団長は執務室にいるぞ。不在の時は、扉のポケットに入れておけばいい」
 セヴェリの言葉でアルベティーナは、ルドルフの執務室の扉に書類などを入れておくための箱のようなものがぶら下げられていることを思い出した。それが彼の口にしたポケットである。事務官に手渡すという方法もあるのだが、勤務時間が不規則な騎士たちが、好きな時間に報告書を提出できるようにと、配慮の一つであるらしい。そこから他人の報告書を盗むような人物がいるのではないかと疑われそうであるが、そうならないような対策もしっかりとられているところがルドルフらしいとも思えた。
 どこか神経質そうな視線。だけど、時折見せてくる優しい笑顔。任務中に見せる鋭い眼光。それでもあのとき、アルベティーナを見つめる瞳はとても穏やかなものだった。ルドルフが見せつけてくる二面性。それがアルベティーナの心を捕らえて放さない。
 王城にある建物には騎士の間と呼ばれる場所がある。そこが騎士団に所属する騎士たちの控えの間でもあるが、彼らの執務室として読み書きの間としても使われている。大きくて重厚な木目調のテーブルがいくつか並び、各テーブルの周りにはひじ掛けのない赤い椅子が並べられていた。
 アルベティーナが騎士の間に戻ってきたときには、その椅子の半分に騎士が座っていた。腕を組んで転寝をしているもの、テーブルに向かって書き物をしているもの、隅の方でこそこそと話をしている者など様々だ。
 アルベティーナは備え付けの棚から、自分の筆記具を取り出した。この棚も騎士の間の色合いに調和した木目調の棚。むしろ、素材をそのまま使用している棚と表現してもいいだろう。この騎士の間に置かれている家具は、木目調の物が多い。派手ではないものをという配慮なのだろう。
 特に席が定められているわけでもないのに、アルベティーナがいつも使っている席は空席だった。それとなく定位置が決まっているのだ。テーブルに向かって椅子を引き寄せ、羊皮紙をテーブルの上に広げた。書く内容は決まっている。任務の時間、相方の名前、任務の内容。特記事項というのは任務中に問題があったかどうかだ。恐らく、ロビーを担当していた騎士からは、負傷者何名、暴行者何名といった報告があがってくるのだろう。だが、あの大女優の控室の警備についていたアルベティーナにとって、特記事項に記載するようなものは何もなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる
恋愛
 シエルは20歳。父ルドルフはセルベーラ国の国王の弟だ。17歳の時に婚約するが誤解を受けて婚約破棄された。以来結婚になど目もくれず父の仕事を手伝って来た。 ところが2か月前国王が急死してしまう。国王の息子はまだ12歳でシエルの父が急きょ国王の代理をすることになる。ここ数年天候不順が続いてセルベーラ国の食糧事情は危うかった。 そこで隣国のオーランド国から作物を輸入する取り決めをする。だが、オーランド国の皇帝は無類の女好きで王族の女性を一人側妃に迎えたいと申し出た。 国王にも王女は3人ほどいたのだが、こちらもまだ一番上が14歳。とても側妃になど行かせられないとシエルに白羽の矢が立った。シエルは国のためならと思い腰を上げる。 そこに護衛兵として同行を申し出た騎士団に所属するボルク。彼は小さいころからの知り合いで仲のいい友達でもあった。互いに気心が知れた中でシエルは彼の事を好いていた。 彼には面白い癖があってイライラしたり怒ると親指と人差し指を擦り合わせる。うれしいと親指と中指を擦り合わせ、照れたり、言いにくい事があるときは親指と薬指を擦り合わせるのだ。だからボルクが怒っているとすぐにわかる。 そんな彼がシエルに同行したいと申し出た時彼は怒っていた。それはこんな話に怒っていたのだった。そして同行できる事になると喜んだ。シエルの心は一瞬にしてざわめく。 隣国の例え側妃といえども皇帝の妻となる身の自分がこんな気持ちになってはいけないと自分を叱咤するが道中色々なことが起こるうちにふたりは仲は急接近していく…  この話は全てフィクションです。

婚約解消から5年、再び巡り会いました。

能登原あめ
恋愛
* R18、シリアスなお話です。センシティブな内容が含まれますので、苦手な方はご注意下さい。  私達は結婚するはずだった。    結婚を控えたあの夏、天災により領民が冬を越すのも難しくて――。  婚約を解消して、別々の相手と結婚することになった私達だけど、5年の月日を経て再び巡り合った。 * 話の都合上、お互いに別の人と結婚します。白い結婚ではないので苦手な方はご注意下さい(別の相手との詳細なRシーンはありません) * 全11話予定 * Rシーンには※つけます。終盤です。 * コメント欄のネタバレ配慮しておりませんのでお気をつけください。 * 表紙はCanvaさまで作成した画像を使用しております。   ローラ救済のパラレルのお話。↓ 『愛する人がいる人と結婚した私は、もう一度やり直す機会が与えられたようです』

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ヤンデレ、始められました。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
ごくごく平凡な女性と、彼女に執着する騎士団副隊長の恋愛話。Rシーンは超あっさりです。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

処理中です...