隠された王女~王太子の溺愛と騎士からの執愛~

澤谷弥(さわたに わたる)

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 アルベティーナの仕事は、基本的には王城内及び王都の警備である。二人一組で警備につくのだが女性が一人しかいないというこの状況で、相方は必然的に男性になってしまう。まして警備場所が男性の入れない場所となれば、彼女一人となってしまうのが問題だった。この件が、セヴェリの「もう一人女性を」という訴えに繋がる。
 今日のアルベティーナの任務は劇場の警備だった。警備隊は王城の警備につくだけでなく、こういった人が集まるような場所の警備も仕事の一つとなる。特に今日は、巷で噂の大女優が立つ舞台とあって、劇場のロビーにはたくさんの人々が押し寄せていた。既にチケットは完売であるのに、チケット売り場には「立ち見でもいいから」とせがむ人々が群がっていた。これだけ人が集まってしまうと、劇場の安全な運営にも支障をきたしてしまう。
 また悲しいことに、チケットを手に入れることができなかった者たちが係の者に向かって暴言を吐く事件も起こってしまう。それだけ人々の心を刺激するような演目であり、人気のある大女優が出演する舞台なのである。
 そのため、騎士団の方で観客たちを誘導したり、暴れている人々を取り押さえたりする必要があった。実際、劇場に派遣された騎士たちの大半は、ロビーの方の警備を行っている。だがアルベティーナは、看板女優の控室の前に立っていることが任務だった。もちろん、ただ立っているわけではない。不審な人物がこの控室に入り込まないように、目を光らせる必要があるのだ。先ほどからロビーからは人々の喧騒や怒号が聞こえてくるが、アルベティーナは持ち場であるここを離れることはできない。
 いつの間にか女優は、控室から舞台へと移動していったようだ。彼女たちはこちらの廊下を使用せずに、控室から舞台へと通じる通路を使用しているため、いつ移動したのかをアルベティーナは知らない。それでもアルベティーナの今日の任務は、この控室に不審な輩を近づけないことに変わりはない。
 扉を挟んだ反対側には、イリダルという男性騎士が立っている。彼が今日のアルベティーナの相方である。そんな彼はつまらなさそうに欠伸を噛み殺していた。その気持ちはわからないでもないが、アルベティーナはじっと目を細めこの廊下を通る人々を観察していた。
 その甲斐もあってか、この控室付近では大きな揉め事はなかった。
 大女優が馬車に乗ってこの劇場を後にした時、ふっと体中の力が抜けきるような安堵感に包まれた。
「お疲れ~」
「お疲れさまでした」
 イリダルと互いに労いの言葉を掛け合う。
「アルベティーナ。俺、直帰するけど。君はどうするつもりだい?」
「私は一度、向こうに戻ります。報告書を仕上げないと」
「そうか。てことは、今回の報告書は君に任せていいのかな?」
 報告書は担当する場の代表の一人が提出すればいいことになっている。
「はい。報告書を書く練習も必要であると、隊長からは言われておりますので。今回の件は私の方から報告書を出します」
「君は、真面目だな。俺の確認が必要だったら……。明日、見てやる」
 イリダルが呟くと、じゃ、と片手を上げて去っていった。明日、と口にするところが彼らしいと思いながら、アルベティーナはその背を見送った。
 そして一人になったところで小さく息を吐けば、余計に気が緩んでしまう。
 他の騎士たちも撤収を始めていることに気付いた。今日は現地解散だ。イリダルのように直帰する者もいれば、アルベティーナのように駐屯所へ戻る者もいる。これは個人の判断に委ねられていた。
 そして今、ルドルフはこの現場にいなかった。警備隊の隊長でありながらも、騎士団の団長である彼は、この警備隊を取りまとめることはするのだが、現場の指揮は副隊長や派遣された班の班長が執ることが多かった。ルドルフ自らが指揮を執るのは、王城で開かれる大きな催しものの警備のときだけのようだ。忙しい人であることは、アルベティーナだって重々承知している。
 それでもアルベティーナは、無性にルドルフに会いたかった。もちろん、今日の報告書を仕上げて提出するという名目はあるが、それ以外に一昨日の件を謝罪したかったからだ。あれは礼を言うというよりは、むしろ謝罪案件であると思っていた。
 アルベティーナは劇場から王城までの道のりをとぼとぼと歩いていた。騎士であるならビシッと歩けと言われそうだが、今はそれを咎める者もいない。皆、自由に話をしながら王城へと向かっている。その集団の一番後ろに彼女はいた。王城に近づけば近づくほど、アルベティーナの足取りは重くなる。前の集団から、少しずつ離されていく。
(団長に会いたいけれど……。やっぱり、会いたくないかもしれない……)
 相反する気持ちがアルベティーナの心の中をぐるぐると支配していて、その気持ちが足取りを重くさせているのだ。
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