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曲が途切れたところで、アルベティーナはウォルシュ侯爵に手をとられながらダンスの輪から抜け出した。
「喉、渇かないか?」
ウォルシュ侯爵が給仕から飲み物を受け取ると、それの一つをアルベティーナへと手渡してきた。参加者が仮面をつけている、ということ以外は普通のパーティと同じようだ。といっても、比較するほどパーティという催し物に参加したことがあるわけではないのだが。
「ありがとうございます」
彼はアルベティーナがグラスに口をつけるのをじっと見つめていた。もちろん彼女もその視線に気付いたものの、気付かぬふりをして飲む。カッと熱い刺激が喉元を過ぎ去っていく。恐らく顔をしかめてしまったのだろう。そんな彼女の様子を、ウォルシュ侯爵は楽しそうに見ていた。
「これは、エディト地方の果実から作られたお酒なのだよ。こう、透き通るような色が綺麗だと思わないか?」
ウォルシュ侯爵がグラスを傾け、その果実酒の色が光の加減によって変わる様を楽しんでいる。
「そうですね」
はにかみながら答えようとしたのに、一瞬、アルベティーナの目の前が真っ白になったような気がした。気が付くと右手首をウォルシュ侯爵に掴まれている。
「少し、酔ったのではないか? 休めるところがあるんだ。案内しよう」
仮面の下に隠れているウォルシュ侯爵の目が怖いと思った。見えたわけでもないのに危険だとアルベティーナの心が騒いでいる。いつの間にかもう一人男が増え、アルベティーナは両脇を男たちに抱えられるようにしながら大広間を出ていくことになった。
拒みたいのに拒めないのは、身体に力が入らないからだ。急に全身が重くなったような気がした。いや、気がしたのではなく事実。今だって、このように男性二人に支えてもらわなければ、まともに歩くことができないのだから。
やはりあの飲み物に何かが仕込まれていたようだ。顔も動かすことができないが、視線だけは動かすことはでき、しっかりと周囲を見回すこともできた。だが残念なことにルドルフの姿が見えない。囮であることは知っていたが、ここまで囮になるとは思ってもいなかった。
大広間から出ると両脇を支えられながらゆっくりと階段を上がっていく。二階の廊下に並んでいる扉。それのうちの一つを開けると、アルベティーナはそこに入れられた。ウォルシュ侯爵はもう一人の男に「後は頼むぞ」とだけ伝えると、自分は部屋から出ていった。
残されたのはアルベティーナと見知らぬ男。ぐらりと彼女の身体は傾き、男の方へと倒れていく。男は軽々と彼女を抱き上げ、寝台の方へと連れていかれた。
身体は動かなくても思考は動いている。つまり、ここはそういう場所なのだ。
寝台に仰向けにおろされたアルベティーナの銀色の髪は、無造作に広がった。男もギシリと寝台を軋ませながら四つん這いになり、アルベティーナの両手をシーツの上に縫い留めながら、見下ろしてきた。男が身体をずらして手を伸ばし、彼女の顔の仮面に触れる。
(顔を、見られてしまう――)
髪の色は誤魔化せても、顔の造りは誤魔化せない。
アルベティーナは、ぎゅっと目を瞑った。
ゴスッ、という物音が聞こえ、男の身体が倒れてきたのがわかった。だが、それはアルベティーナの上ではなく、辛うじて隣に倒れていた。
「おい、無事か?」
仮面がずれて視界を塞いでいるため、声の主の顔を確認することができない。それでも、誰が来てくれたかすぐにわかった。
「は、い……」
「もう少し、待っていろ。俺はこの男を引き渡してくる」
寝台がふわっと浮いたような感覚になったのは、倒れた男がいなくなったからだろう。
なぜか安心して、目尻からじんわりと涙が零れそうになった。それでも身体は動かない、と共に熱い。そう、身体が先ほどから熱いのだ。身体は動かない。だけど吐く息までもが熱い。
「喉、渇かないか?」
ウォルシュ侯爵が給仕から飲み物を受け取ると、それの一つをアルベティーナへと手渡してきた。参加者が仮面をつけている、ということ以外は普通のパーティと同じようだ。といっても、比較するほどパーティという催し物に参加したことがあるわけではないのだが。
「ありがとうございます」
彼はアルベティーナがグラスに口をつけるのをじっと見つめていた。もちろん彼女もその視線に気付いたものの、気付かぬふりをして飲む。カッと熱い刺激が喉元を過ぎ去っていく。恐らく顔をしかめてしまったのだろう。そんな彼女の様子を、ウォルシュ侯爵は楽しそうに見ていた。
「これは、エディト地方の果実から作られたお酒なのだよ。こう、透き通るような色が綺麗だと思わないか?」
ウォルシュ侯爵がグラスを傾け、その果実酒の色が光の加減によって変わる様を楽しんでいる。
「そうですね」
はにかみながら答えようとしたのに、一瞬、アルベティーナの目の前が真っ白になったような気がした。気が付くと右手首をウォルシュ侯爵に掴まれている。
「少し、酔ったのではないか? 休めるところがあるんだ。案内しよう」
仮面の下に隠れているウォルシュ侯爵の目が怖いと思った。見えたわけでもないのに危険だとアルベティーナの心が騒いでいる。いつの間にかもう一人男が増え、アルベティーナは両脇を男たちに抱えられるようにしながら大広間を出ていくことになった。
拒みたいのに拒めないのは、身体に力が入らないからだ。急に全身が重くなったような気がした。いや、気がしたのではなく事実。今だって、このように男性二人に支えてもらわなければ、まともに歩くことができないのだから。
やはりあの飲み物に何かが仕込まれていたようだ。顔も動かすことができないが、視線だけは動かすことはでき、しっかりと周囲を見回すこともできた。だが残念なことにルドルフの姿が見えない。囮であることは知っていたが、ここまで囮になるとは思ってもいなかった。
大広間から出ると両脇を支えられながらゆっくりと階段を上がっていく。二階の廊下に並んでいる扉。それのうちの一つを開けると、アルベティーナはそこに入れられた。ウォルシュ侯爵はもう一人の男に「後は頼むぞ」とだけ伝えると、自分は部屋から出ていった。
残されたのはアルベティーナと見知らぬ男。ぐらりと彼女の身体は傾き、男の方へと倒れていく。男は軽々と彼女を抱き上げ、寝台の方へと連れていかれた。
身体は動かなくても思考は動いている。つまり、ここはそういう場所なのだ。
寝台に仰向けにおろされたアルベティーナの銀色の髪は、無造作に広がった。男もギシリと寝台を軋ませながら四つん這いになり、アルベティーナの両手をシーツの上に縫い留めながら、見下ろしてきた。男が身体をずらして手を伸ばし、彼女の顔の仮面に触れる。
(顔を、見られてしまう――)
髪の色は誤魔化せても、顔の造りは誤魔化せない。
アルベティーナは、ぎゅっと目を瞑った。
ゴスッ、という物音が聞こえ、男の身体が倒れてきたのがわかった。だが、それはアルベティーナの上ではなく、辛うじて隣に倒れていた。
「おい、無事か?」
仮面がずれて視界を塞いでいるため、声の主の顔を確認することができない。それでも、誰が来てくれたかすぐにわかった。
「は、い……」
「もう少し、待っていろ。俺はこの男を引き渡してくる」
寝台がふわっと浮いたような感覚になったのは、倒れた男がいなくなったからだろう。
なぜか安心して、目尻からじんわりと涙が零れそうになった。それでも身体は動かない、と共に熱い。そう、身体が先ほどから熱いのだ。身体は動かない。だけど吐く息までもが熱い。
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