隠された王女~王太子の溺愛と騎士からの執愛~

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
上 下
21 / 82

3-(6)

しおりを挟む
 じっと座って本を読むことよりも身体を動かす方が好きなアルベティーナであるが、この騎士団の話を受けようと思った時から真面目に貴族名鑑に目を通し始めた。今までは結婚相手を探すため、と母親からそれを手渡されても見向きもしなかった名鑑であるが、仕事上、必要なことではないかと思えたら難なく目を通すことができ、覚えることもできたのが不思議だった。
「私に何か用だろうか?」
 ルドルフの声は冷えているが、どことなく何かの期待を孕んでいるようにも聞こえた。
「ええ、そうですね。そちらの女性を紹介していただきたく」
 アルベティーナはリトルトン男爵に向かって妖艶に微笑んだ。すると彼も気をよくしたのか、口元をにやにやと緩ませている。
「さすがリトルトン男爵、お目が高い。彼女はクリスティン。孤児だったところを私が引き取ったのだよ」
 ルドルフのその口が饒舌になったのは、獲物が食いついたとでも思っているからだろうか。
「孤児? いつからゲイソン会長は慈善事業にも手を出し始めたのでしょう?」
 リトルトン男爵の言葉に、アルベティーナは微笑みを絶やさずにずっと彼を見つめ続けた。
(もしかして、偽物であるって疑われているのかしら)
「何を馬鹿なことを」
 そこでルドルフがくくっと笑う。
「この髪の色を見てみろ。珍しいだろう? このの髪が」
 ルドルフは皮肉めいた口調でリトルトン男爵を煽っていた。
「だが、残念ながら貴殿とのおしゃべりはここまでだ。私はクリスティンをウォルシュ侯爵に紹介せねばならないからな」
 ウォルシュ侯爵。その名もアルベティーナには記憶があった。確か、彼の息子は外交大臣を務めているはず。
(あ、そういうことか……)
 アルベティーナは瞬間的に考えた。外交大臣とはその名の通り他国との政策立案を補佐する役職だ。つまり、他国とのやり取りが多い地位。息子がそこにいるとなれば、他国の情報が入りやすい。本来であれば機密情報とのことで外部に漏らしてはならないのだが、このような場に出入りしているというのであれば、そのような約束も守られていないのだろう。
 ルドルフと組んでいる腕に、つい力を入れてしまう。彼はそれに気付いたのか、アルベティーナを見下ろしてきたが、すぐに前を見て獲物を見据える。
「ウォルシュ殿、ご無沙汰している」
 ルドルフがウォルシュ侯爵と思われる男に近づくと、そっと耳元で囁いた。それに驚き振り返った男。灰色にうっすらと白いものが混ざっている髪を後方に流して、襟足の部分は何かの尻尾のように結ばれている。
「ゲイソン会長、か?」
 恐らくウォルシュ侯爵は、その仮面の下で目元を緩めているのだろう。そしてすぐさまアルベティーナを舐め回すかのように、じっとりと執拗に見つめてくる。
「そちらの女性は? 先ほどから噂になっていてな。ゲイソン会長が、美しい女性を同伴させている、と」
「皆、口が早いですな」
 ははっとルドルフが声をあげて笑えば、ウォルシュ侯爵もニタリと口元を歪める。
「ゲイソン会長。紹介してくれるのだろう? その美しい女性を」
「もちろんですよ。彼女はクリスティン。東の孤児院にいたところを、娘として私が引き取ったのです。残念ながら私も独り身でしてね。のことが不安になりまして」
 そこでウォルシュは、はははと豪快に笑い出す。
「そうか。ゲイソン会長でもは心配になるのだな。では、一曲、私の相手をしてもらっても良いだろうか?」
 裏社交界であっても、ダンスは嗜みのようなもの。ルドルフに促されたアルベティーナは、彼の手を離れてウォルシュ侯爵へと身体を預ける。
「見事な髪だな」
 ウォルシュ侯爵はその髪をすくいあげると、まじまじと見つめてくる。
「クリスティン、だったかな?」
「はい」
 派手ではない音楽。しっとりとした曲調に合わせ、アルベティーナはウォルシュ侯爵のリードで一曲踊りきる。だが踊っている間も、ルドルフがどこにいるのか、何をしているのかが気になっていた。
「クリスティン。君は孤児とは思えない程、しっかりと教養が身についているようだな」
「旦那様のおかげです。このようなわたくしに家庭教師を手配してくれました。旦那様がおっしゃるには『どこに出してもおかしくない淑女に育てたつもりだが』だそうですが。いかがでしょう?」
「おしゃべりが過ぎるのは淑女らしくないが、私にとっては好ましいことだな」
「まぁ」
 淑女とは程遠いと言われているわけだが、逆にそれがここでは功を奏しているようだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

婚約破棄された令嬢は騎士団長に溺愛される

狭山雪菜
恋愛
マリアは学園卒業後の社交場で、王太子から婚約破棄を言い渡されるがそもそも婚約者候補であり、まだ正式な婚約者じゃなかった 公の場で婚約破棄されたマリアは縁談の話が来なくなり、このままじゃ一生独身と落ち込む すると、友人のエリカが気分転換に騎士団員への慰労会へ誘ってくれて… 全編甘々を目指しています。 この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

処理中です...