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じっと座って本を読むことよりも身体を動かす方が好きなアルベティーナであるが、この騎士団の話を受けようと思った時から真面目に貴族名鑑に目を通し始めた。今までは結婚相手を探すため、と母親からそれを手渡されても見向きもしなかった名鑑であるが、仕事上、必要なことではないかと思えたら難なく目を通すことができ、覚えることもできたのが不思議だった。
「私に何か用だろうか?」
ルドルフの声は冷えているが、どことなく何かの期待を孕んでいるようにも聞こえた。
「ええ、そうですね。そちらの女性を紹介していただきたく」
アルベティーナはリトルトン男爵に向かって妖艶に微笑んだ。すると彼も気をよくしたのか、口元をにやにやと緩ませている。
「さすがリトルトン男爵、お目が高い。彼女はクリスティン。孤児だったところを私が引き取ったのだよ」
ルドルフのその口が饒舌になったのは、獲物が食いついたとでも思っているからだろうか。
「孤児? いつからゲイソン会長は慈善事業にも手を出し始めたのでしょう?」
リトルトン男爵の言葉に、アルベティーナは微笑みを絶やさずにずっと彼を見つめ続けた。
(もしかして、偽物であるって疑われているのかしら)
「何を馬鹿なことを」
そこでルドルフがくくっと笑う。
「この髪の色を見てみろ。珍しいだろう? この銀色の髪が」
ルドルフは皮肉めいた口調でリトルトン男爵を煽っていた。
「だが、残念ながら貴殿とのおしゃべりはここまでだ。私はクリスティンをウォルシュ侯爵に紹介せねばならないからな」
ウォルシュ侯爵。その名もアルベティーナには記憶があった。確か、彼の息子は外交大臣を務めているはず。
(あ、そういうことか……)
アルベティーナは瞬間的に考えた。外交大臣とはその名の通り他国との政策立案を補佐する役職だ。つまり、他国とのやり取りが多い地位。息子がそこにいるとなれば、他国の情報が入りやすい。本来であれば機密情報とのことで外部に漏らしてはならないのだが、このような場に出入りしているというのであれば、そのような約束も守られていないのだろう。
ルドルフと組んでいる腕に、つい力を入れてしまう。彼はそれに気付いたのか、アルベティーナを見下ろしてきたが、すぐに前を見て獲物を見据える。
「ウォルシュ殿、ご無沙汰している」
ルドルフがウォルシュ侯爵と思われる男に近づくと、そっと耳元で囁いた。それに驚き振り返った男。灰色にうっすらと白いものが混ざっている髪を後方に流して、襟足の部分は何かの尻尾のように結ばれている。
「ゲイソン会長、か?」
恐らくウォルシュ侯爵は、その仮面の下で目元を緩めているのだろう。そしてすぐさまアルベティーナを舐め回すかのように、じっとりと執拗に見つめてくる。
「そちらの女性は? 先ほどから噂になっていてな。ゲイソン会長が、美しい女性を同伴させている、と」
「皆、口が早いですな」
ははっとルドルフが声をあげて笑えば、ウォルシュ侯爵もニタリと口元を歪める。
「ゲイソン会長。紹介してくれるのだろう? その美しい女性を」
「もちろんですよ。彼女はクリスティン。東の孤児院にいたところを、娘として私が引き取ったのです。残念ながら私も独り身でしてね。老後のことが不安になりまして」
そこでウォルシュは、はははと豪快に笑い出す。
「そうか。ゲイソン会長でも老後は心配になるのだな。では、一曲、私の相手をしてもらっても良いだろうか?」
裏社交界であっても、ダンスは嗜みのようなもの。ルドルフに促されたアルベティーナは、彼の手を離れてウォルシュ侯爵へと身体を預ける。
「見事な髪だな」
ウォルシュ侯爵はその髪をすくいあげると、まじまじと見つめてくる。
「クリスティン、だったかな?」
「はい」
派手ではない音楽。しっとりとした曲調に合わせ、アルベティーナはウォルシュ侯爵のリードで一曲踊りきる。だが踊っている間も、ルドルフがどこにいるのか、何をしているのかが気になっていた。
「クリスティン。君は孤児とは思えない程、しっかりと教養が身についているようだな」
「旦那様のおかげです。このようなわたくしに家庭教師を手配してくれました。旦那様がおっしゃるには『どこに出してもおかしくない淑女に育てたつもりだが』だそうですが。いかがでしょう?」
「おしゃべりが過ぎるのは淑女らしくないが、私にとっては好ましいことだな」
「まぁ」
淑女とは程遠いと言われているわけだが、逆にそれがここでは功を奏しているようだ。
「私に何か用だろうか?」
ルドルフの声は冷えているが、どことなく何かの期待を孕んでいるようにも聞こえた。
「ええ、そうですね。そちらの女性を紹介していただきたく」
アルベティーナはリトルトン男爵に向かって妖艶に微笑んだ。すると彼も気をよくしたのか、口元をにやにやと緩ませている。
「さすがリトルトン男爵、お目が高い。彼女はクリスティン。孤児だったところを私が引き取ったのだよ」
ルドルフのその口が饒舌になったのは、獲物が食いついたとでも思っているからだろうか。
「孤児? いつからゲイソン会長は慈善事業にも手を出し始めたのでしょう?」
リトルトン男爵の言葉に、アルベティーナは微笑みを絶やさずにずっと彼を見つめ続けた。
(もしかして、偽物であるって疑われているのかしら)
「何を馬鹿なことを」
そこでルドルフがくくっと笑う。
「この髪の色を見てみろ。珍しいだろう? この銀色の髪が」
ルドルフは皮肉めいた口調でリトルトン男爵を煽っていた。
「だが、残念ながら貴殿とのおしゃべりはここまでだ。私はクリスティンをウォルシュ侯爵に紹介せねばならないからな」
ウォルシュ侯爵。その名もアルベティーナには記憶があった。確か、彼の息子は外交大臣を務めているはず。
(あ、そういうことか……)
アルベティーナは瞬間的に考えた。外交大臣とはその名の通り他国との政策立案を補佐する役職だ。つまり、他国とのやり取りが多い地位。息子がそこにいるとなれば、他国の情報が入りやすい。本来であれば機密情報とのことで外部に漏らしてはならないのだが、このような場に出入りしているというのであれば、そのような約束も守られていないのだろう。
ルドルフと組んでいる腕に、つい力を入れてしまう。彼はそれに気付いたのか、アルベティーナを見下ろしてきたが、すぐに前を見て獲物を見据える。
「ウォルシュ殿、ご無沙汰している」
ルドルフがウォルシュ侯爵と思われる男に近づくと、そっと耳元で囁いた。それに驚き振り返った男。灰色にうっすらと白いものが混ざっている髪を後方に流して、襟足の部分は何かの尻尾のように結ばれている。
「ゲイソン会長、か?」
恐らくウォルシュ侯爵は、その仮面の下で目元を緩めているのだろう。そしてすぐさまアルベティーナを舐め回すかのように、じっとりと執拗に見つめてくる。
「そちらの女性は? 先ほどから噂になっていてな。ゲイソン会長が、美しい女性を同伴させている、と」
「皆、口が早いですな」
ははっとルドルフが声をあげて笑えば、ウォルシュ侯爵もニタリと口元を歪める。
「ゲイソン会長。紹介してくれるのだろう? その美しい女性を」
「もちろんですよ。彼女はクリスティン。東の孤児院にいたところを、娘として私が引き取ったのです。残念ながら私も独り身でしてね。老後のことが不安になりまして」
そこでウォルシュは、はははと豪快に笑い出す。
「そうか。ゲイソン会長でも老後は心配になるのだな。では、一曲、私の相手をしてもらっても良いだろうか?」
裏社交界であっても、ダンスは嗜みのようなもの。ルドルフに促されたアルベティーナは、彼の手を離れてウォルシュ侯爵へと身体を預ける。
「見事な髪だな」
ウォルシュ侯爵はその髪をすくいあげると、まじまじと見つめてくる。
「クリスティン、だったかな?」
「はい」
派手ではない音楽。しっとりとした曲調に合わせ、アルベティーナはウォルシュ侯爵のリードで一曲踊りきる。だが踊っている間も、ルドルフがどこにいるのか、何をしているのかが気になっていた。
「クリスティン。君は孤児とは思えない程、しっかりと教養が身についているようだな」
「旦那様のおかげです。このようなわたくしに家庭教師を手配してくれました。旦那様がおっしゃるには『どこに出してもおかしくない淑女に育てたつもりだが』だそうですが。いかがでしょう?」
「おしゃべりが過ぎるのは淑女らしくないが、私にとっては好ましいことだな」
「まぁ」
淑女とは程遠いと言われているわけだが、逆にそれがここでは功を奏しているようだ。
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