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「君だけが警備隊に配属された意味を、わかっていますか?」
「いえ……」
 いきなりそのようなことを問われても、セヴェリが口にした『若いから』以外の理由に心当たりは無い。
「君には囮になってもらいたいと思っています。警備隊は、私の直轄ですからね。私が自由に動かすことができる唯一の隊です」
(囮ってどういうこと? セヴェリお兄さま、話が違うではありませんか)
 アルベティーナは隣に立つセヴェリをじっと見上げた。だが、セヴェリも知らなかったのだろう。彼の顔には困惑の色が浮かんでいる。
「少し話が長くなりそうですので、場所を変えましょう」
 シーグルードが席を立ち、二人にソファに座るようにと促した。アルベティーナはセヴェリの隣に背筋を伸ばし、両手を丸めて揃えた膝の上において座る。
「隣国のマルグレット国の、現国王についてはご存知ですね?」
 アルベティーナは頷いた。
 マルグレットはヘドマン辺境領とはこの王都を挟んで反対側の国。ヘドマン辺境領から最も遠い隣国という表現がしっくりくるのかもしれない。
 そのマルグレットの現国王は前国王の弟。現国王が亡くなったときに国王となった。もちろん、そのときにもう一人の国王候補として名をあげたのは、前国王の息子である当時の王子。王弟か王子か。どちらを国王にするかと、随分揉めたようだ。つまり王弟派と王子派に分かれ、少し血生臭い争いが起こる。そこで勝利を治めたのが王弟派であり、王子と前王妃は亡命し、王子派の人間たちは処刑された、と聞いている。どこの国が王子と前王妃を匿っているのかは知らないが、恐らく前王妃の故郷であるライネン国ではないかとも言われていた。
「マルグレットの国王が代わってから、我がグルブランソン国もマルグレット国とはいい関係を築けていると思っているのです」
 それはマルグレットの現国王が、このグルブランソン国に留学していたことがあった事実も深く関わっているのだろう。
「ですが、マルグレットの前国王派が、このグルブランソン国で何やら不審な動きをしているようでしてね」
 そこでシーグルードは声を潜めた。
「不審な動き、ですか?」
 アルベティーナは思わず尋ねた。するとシーグルードは大きく頷く。
「現国王は我がグルブランソンと良好な関係を築いています。その関係を壊したいと思っているような輩がいるようなのですよ。このグルブランソンから女性を攫ってはマルグレットの娼館や変態に売りつけているとのこと」
 辺境の地にずっといたためか、アルベティーナはそのような話を耳にしたことはなかった。だが、プレヴィール子爵が関わっていた人身売買。もしかして、今シーグルードが口にした内容に、それも関わっているのだろうか。
「そこでアルベティーナ、あなたにお願いしたいのは、その人身売買の関係者が集うと言われている裏のパーティ、いわゆる裏社交界と呼ばれるものですね。そちらに参加していただきたい」
 裏社交界――。
 アルベティーナはそのような言葉を耳にしたことがない。だから、そこがどのような場所であるのかなど、まったく予想もつかない。
「もちろん、あなた一人で潜入せんにゅうして欲しいとは言いませんよ」
 そこでシーグルードはどこかに目配せをした。するとどこに隠れていたのか、この王国騎士団団長を務めるルドルフがすっと姿を現したのだ。
「あなたのパートナーはこのルドルフです。騎士団長でありながら、警備隊長も務めているので、彼も私の直下となります」
(え、ルドルフ団長と?)
 またアルベティーナは不安になって、兄のセヴェリを見つめる。だが、セヴェリはじっとシーグルードを見たまま、アルベティーナの方に見向きもしなかった。
「知っているとは思いますが、ルドルフと私は従兄弟同士。父親同士が兄弟ですからね。彼は信頼できる男です」
 アルベティーナはルドルフの素性を心配しているわけではない。このルドルフという気難しそうな男とペアになって裏社交界と呼ばれる場所に潜入すること自体が、不安なのだ。
 それでも、シーグルードから信頼できる男と言われれば、頷くことしかできない。
「ルドルフ、君のパートナーとなるアルベティーナ・ヘドマン嬢だよ。挨拶くらいしたらどうだい?」
 ルドルフはシーグルードの隣に立ったまま、じっとアルベティーナを見下ろしていた。だから、アルベティーナはすっと立ち上がり、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
 それでもルドルフはじっと彼女を見下ろすだけ。
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