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「お兄さまたち、お仕事の方は?」
「殿下が気を聞かせてくれたんだ。休憩時間であれば、好きに何をしてもいい、ってな」
 エルッキが笑って言った。エルッキの護衛対象は、この国の王太子殿下。つまり、次の国王である。
 二人の兄は騎士服姿のままだ。それでも騎士の彼らにとってはこれが正装であるため、この場に参加するにあたってなんら問題はない。ただ、装飾の少ない実務用の騎士服というだけで。本来であれば式典用の騎士服もあるらしいのだが、残念ながらアルベティーナは兄たちのそのような格好を見たことがなかった。
「アルベティーナ嬢、どうか私と一曲踊っていただけませんか?」
 エルッキが笑顔で手を差しだしてきたので、アルベティーナも「喜んで」とその手を取った。
「ティーナ。兄上の次は、俺だからね」
 どうやら順番待ちができてしまったようだ。「人気者は辛いわね」と、エルッキに向かって呟けば、そんな妹が可愛らしいのか、彼はまた大人の笑みを向けてくる。
 セヴェリはコンラードと幾言か言葉を交わしているようだった。
 華やかな音楽に合わせて、他のデビュタントたちも踊っていた。ちらちらと視線を感じるのはアルベティーナがデビュタントだからではないだろう。むしろ彼女のパートナーがエルッキだからだ。
 エルッキ・ヘドマン。年は二十六になったところであるにも関わらず独身。彼がなぜ独身なのかというのは、恐らくこの会場に姿を現しているご令嬢、ご婦人たちの話の話題に既にあがっていることだろう。そして、アルベティーナと踊り終えたところを見計らって、我こそはと声をかけるご令嬢たちがいるはずだ。
「ティーナ。ダンスも上手になったね」
「それは、エルッキお兄さまのリードが上手だからです」
 お世辞ではない。コンラードのリードも悪くなかったが、エルッキの方が踊りやすい。これをコンラードに伝えたら、間違いなくがっかりすることだろう。
 音楽が途切れたことを合図に、一度エルッキはアルベティーナの手を取ってダンスの輪から外れた。すかさず、アルベティーナの手をセヴェリがとる。
「セヴェリ。ティーナを任せたよ。父さん、ちょっと向こうで話をしませんか?」
 エルッキが場所を変えようとしているのは、遠目から彼を狙っている令嬢たちから逃れるためだ。そして隣にコンラードがいれば、女性除けになることもこの兄は知っている。
「ティーナ。俺とも一曲、お願いします」
 セヴェリが笑う。
 兄と妹のふざけたやり取りにも関わらず、こうやって兄たちが自分のデビュタントを喜んでくれていることが、アルベティーナにとっては嬉しいものでもあった。
 セヴェリのリードは、やはり父親に似ていた。踊りにくいわけではないのだが、エルッキの方が踊りやすい。それでもセヴェリと踊っていても、周囲の視線というのはまとわりついてくるもので、その視線はアルベティーナを値踏みしているようにも感じた。そもそもデビュタントとはそういう役割も担っているのだ。つまり、社交界デビューを迎えた女性たちに、どれだけの価値があるのかを見定める場。
 だが、今回の視線の原因は、一緒に踊っているセヴェリにある。セヴェリ・ヘドマン、年は二十四。さらに独身。婚約をしている女性もいない。
 アルベティーナにとって、この二人の兄の最大の謎がなのである。どうして、父親も母親も何も言わないのだろうか。
 それでもきっと、アルベティーナにはたくさんの縁談を持ち込んでくるに違いない。何しろ社交界デビューを終えたのだから。を考えただけでもうんざりとしてしまう。
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