5 / 82
1-(4)
しおりを挟む
「お兄さまたち、お仕事の方は?」
「殿下が気を聞かせてくれたんだ。休憩時間であれば、好きに何をしてもいい、ってな」
エルッキが笑って言った。エルッキの護衛対象は、この国の王太子殿下。つまり、次の国王である。
二人の兄は騎士服姿のままだ。それでも騎士の彼らにとってはこれが正装であるため、この場に参加するにあたってなんら問題はない。ただ、装飾の少ない実務用の騎士服というだけで。本来であれば式典用の騎士服もあるらしいのだが、残念ながらアルベティーナは兄たちのそのような格好を見たことがなかった。
「アルベティーナ嬢、どうか私と一曲踊っていただけませんか?」
エルッキが笑顔で手を差しだしてきたので、アルベティーナも「喜んで」とその手を取った。
「ティーナ。兄上の次は、俺だからね」
どうやら順番待ちができてしまったようだ。「人気者は辛いわね」と、エルッキに向かって呟けば、そんな妹が可愛らしいのか、彼はまた大人の笑みを向けてくる。
セヴェリはコンラードと幾言か言葉を交わしているようだった。
華やかな音楽に合わせて、他のデビュタントたちも踊っていた。ちらちらと視線を感じるのはアルベティーナがデビュタントだからではないだろう。むしろ彼女のパートナーがエルッキだからだ。
エルッキ・ヘドマン。年は二十六になったところであるにも関わらず独身。彼がなぜ独身なのかというのは、恐らくこの会場に姿を現しているご令嬢、ご婦人たちの話の話題に既にあがっていることだろう。そして、アルベティーナと踊り終えたところを見計らって、我こそはと声をかけるご令嬢たちがいるはずだ。
「ティーナ。ダンスも上手になったね」
「それは、エルッキお兄さまのリードが上手だからです」
お世辞ではない。コンラードのリードも悪くなかったが、エルッキの方が踊りやすい。これをコンラードに伝えたら、間違いなくがっかりすることだろう。
音楽が途切れたことを合図に、一度エルッキはアルベティーナの手を取ってダンスの輪から外れた。すかさず、アルベティーナの手をセヴェリがとる。
「セヴェリ。ティーナを任せたよ。父さん、ちょっと向こうで話をしませんか?」
エルッキが場所を変えようとしているのは、遠目から彼を狙っている令嬢たちから逃れるためだ。そして隣にコンラードがいれば、女性除けになることもこの兄は知っている。
「ティーナ。俺とも一曲、お願いします」
セヴェリが笑う。
兄と妹のふざけたやり取りにも関わらず、こうやって兄たちが自分のデビュタントを喜んでくれていることが、アルベティーナにとっては嬉しいものでもあった。
セヴェリのリードは、やはり父親に似ていた。踊りにくいわけではないのだが、エルッキの方が踊りやすい。それでもセヴェリと踊っていても、周囲の視線というのはまとわりついてくるもので、その視線はアルベティーナを値踏みしているようにも感じた。そもそもデビュタントとはそういう役割も担っているのだ。つまり、社交界デビューを迎えた女性たちに、どれだけの価値があるのかを見定める場。
だが、今回の視線の原因は、一緒に踊っているセヴェリにある。セヴェリ・ヘドマン、年は二十四。さらに独身。婚約をしている女性もいない。
アルベティーナにとって、この二人の兄の最大の謎がこれなのである。どうして、父親も母親も何も言わないのだろうか。
それでもきっと、アルベティーナにはたくさんの縁談を持ち込んでくるに違いない。何しろ社交界デビューを終えたのだから。それを考えただけでもうんざりとしてしまう。
「殿下が気を聞かせてくれたんだ。休憩時間であれば、好きに何をしてもいい、ってな」
エルッキが笑って言った。エルッキの護衛対象は、この国の王太子殿下。つまり、次の国王である。
二人の兄は騎士服姿のままだ。それでも騎士の彼らにとってはこれが正装であるため、この場に参加するにあたってなんら問題はない。ただ、装飾の少ない実務用の騎士服というだけで。本来であれば式典用の騎士服もあるらしいのだが、残念ながらアルベティーナは兄たちのそのような格好を見たことがなかった。
「アルベティーナ嬢、どうか私と一曲踊っていただけませんか?」
エルッキが笑顔で手を差しだしてきたので、アルベティーナも「喜んで」とその手を取った。
「ティーナ。兄上の次は、俺だからね」
どうやら順番待ちができてしまったようだ。「人気者は辛いわね」と、エルッキに向かって呟けば、そんな妹が可愛らしいのか、彼はまた大人の笑みを向けてくる。
セヴェリはコンラードと幾言か言葉を交わしているようだった。
華やかな音楽に合わせて、他のデビュタントたちも踊っていた。ちらちらと視線を感じるのはアルベティーナがデビュタントだからではないだろう。むしろ彼女のパートナーがエルッキだからだ。
エルッキ・ヘドマン。年は二十六になったところであるにも関わらず独身。彼がなぜ独身なのかというのは、恐らくこの会場に姿を現しているご令嬢、ご婦人たちの話の話題に既にあがっていることだろう。そして、アルベティーナと踊り終えたところを見計らって、我こそはと声をかけるご令嬢たちがいるはずだ。
「ティーナ。ダンスも上手になったね」
「それは、エルッキお兄さまのリードが上手だからです」
お世辞ではない。コンラードのリードも悪くなかったが、エルッキの方が踊りやすい。これをコンラードに伝えたら、間違いなくがっかりすることだろう。
音楽が途切れたことを合図に、一度エルッキはアルベティーナの手を取ってダンスの輪から外れた。すかさず、アルベティーナの手をセヴェリがとる。
「セヴェリ。ティーナを任せたよ。父さん、ちょっと向こうで話をしませんか?」
エルッキが場所を変えようとしているのは、遠目から彼を狙っている令嬢たちから逃れるためだ。そして隣にコンラードがいれば、女性除けになることもこの兄は知っている。
「ティーナ。俺とも一曲、お願いします」
セヴェリが笑う。
兄と妹のふざけたやり取りにも関わらず、こうやって兄たちが自分のデビュタントを喜んでくれていることが、アルベティーナにとっては嬉しいものでもあった。
セヴェリのリードは、やはり父親に似ていた。踊りにくいわけではないのだが、エルッキの方が踊りやすい。それでもセヴェリと踊っていても、周囲の視線というのはまとわりついてくるもので、その視線はアルベティーナを値踏みしているようにも感じた。そもそもデビュタントとはそういう役割も担っているのだ。つまり、社交界デビューを迎えた女性たちに、どれだけの価値があるのかを見定める場。
だが、今回の視線の原因は、一緒に踊っているセヴェリにある。セヴェリ・ヘドマン、年は二十四。さらに独身。婚約をしている女性もいない。
アルベティーナにとって、この二人の兄の最大の謎がこれなのである。どうして、父親も母親も何も言わないのだろうか。
それでもきっと、アルベティーナにはたくさんの縁談を持ち込んでくるに違いない。何しろ社交界デビューを終えたのだから。それを考えただけでもうんざりとしてしまう。
0
お気に入りに追加
489
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」
「え、じゃあ結婚します!」
メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。
というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。
そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。
彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。
しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。
そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。
そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。
男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。
二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。
◆hotランキング 10位ありがとうございます……!
――
◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
絶倫彼は私を離さない~あぁ、私は貴方の虜で快楽に堕ちる~
一ノ瀬 彩音
恋愛
私の彼氏は絶倫で、毎日愛されていく私は、すっかり彼の虜になってしまうのですが
そんな彼が大好きなのです。
今日も可愛がられている私は、意地悪な彼氏に愛され続けていき、
次第に染め上げられてしまうのですが……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
完結R18)夢だと思ってヤったのに!
ハリエニシダ・レン
恋愛
気づいたら、めちゃくちゃ好みのイケメンと見知らぬ部屋にいた。
しかも私はベッドの上。
うん、夢だな
そう思い積極的に抱かれた。
けれど目が覚めても、そこにはさっきのイケメンがいて…。
今さら焦ってももう遅い!
◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
※一話がかなり短い回が多いです。
オマケも完結!
※オマケのオマケにクリスマスの話を追加しました
(お気に入りが700人超えました嬉しい。
読んでくれてありがとうございます!)
【R18】夫の子を身籠ったと相談されても困ります【完結】
迷い人
恋愛
卒業式の日、公開プロポーズ受けた私ジェシカは、1か月後にはマーティン・ブライトの妻となった。
夫であるマーティンは、結婚と共に騎士として任地へと向かい、新婚後すぐに私は妻としては放置状態。
それでも私は幸福だった。
夫の家族は私にとても優しかったから。
就職先に後ろ盾があると言う事は、幸運でしかない。
なんて、恵まれているのでしょう!!
そう思っていた。
マーティンが浮気をしている。
そんな話を耳にするまでは……。
※後編からはR18描写が入ります。
【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜
まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください!
題名の☆マークがえっちシーンありです。
王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。
しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。
肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。
彼はやっと理解した。
我慢した先に何もないことを。
ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。
小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる