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 扉をくぐればそこは大広間。高い天井には幾何学的な模様が描かれていて、豪勢なシャンデリアがいくつも吊り下げられていた。
 ヘドマン辺境伯の本邸にだって、パーティを開くような広間はある。だが、これほど天井は高くないし、これほどきらびやかでもない。
 さらに扉から玉座までには赤い絨毯が敷かれていて、その両脇には大勢の招待客が並んでいた。アルベティーナはまるで価値を見定められているかのような、ねっとりとした視線を感じていた。コンラードと共に玉座の前にまで進み出る。
 緊張して足がすくんでしまいそうだった。そのとき、コンラードがそっとアルベティーナの名を呼ぶ。
「ティーナ……」
 それは彼女を促すかのような、優しい声色だった。父の声を耳にしたアルベティーナは、玉座に座っているグルブランソン国王と王妃に向かって、何度もアンヌッカと練習をした挨拶をした。
 膝を折って、頭を下げる。そして最後に頭をあげた時、やりきったという感覚が襲い掛かってきた。恐らく、不手際は無かったはず。
「遠いところ、よく来てくれた」
 低くて落ち着いた威厳のある声が、アルベティーナの頭上から降ってきた。
 グルブランソン国王も五十に手が届く年齢であると聞いている。それでもその年齢を感じさせない若々しい風貌。
「社交界デビュー、おめでとう。これからの人生も豊かなものであるように」
「もったいなきお言葉、ありがとうございます」
 国王の言葉も、アルベティーナの言葉も、一言一句違わず決まりきった言葉である。アルベティーナがそれを知っていたのは、もちろんアンヌッカから教えてもらっていたからだ。
(私の受け答えも完璧よね)
 アルベティーナは自画自賛。それが自画自賛だけではなかったと思えたのは、隣のコンラードも満足そうに微笑んでいたからでもある。
「舞踏会を楽しんでいってね」
 アルベティーナの表情が凍り付いた。なぜなら、決まり文句ではない言葉がかけられたからだ。まさか、王妃から声をかけられるとはアルベティーナ自身、思ってもいなかった。
 焦ったアルベティーナは「はい」とだけ小さく返事をした。
 社交界デビューする令嬢が多いため、玉座の前でのやり取りは最小限であるとアンヌッカから聞かされていたアルベティーナ。だからこそ、王妃からの声掛けは異例中の異例。それに気付いているのは、恐らくその場にいた四人のみ。なぜ王妃がアルベティーナに声をかけたのか。アルベティーナは知らない。ただ、心臓がドキドキと苦しいくらいに高鳴っていた。
 それでもコンラードと共に、国王と王妃の前から下がれば、全てから解放されてこの息苦しいドレスからも解放されたいと、そんな気分にさえなっていた。
「よかったよ、アルベティーナ」
 コンラードが微笑んでくれたおかげで、より一層アルベティーナは解放感に包まれた。
 すべてのデビュタントの謁見とお披露目が終わり、大広間には華やかな音楽が流れ出す。その中央では、音楽に合わせて踊っている人たち。白いドレスを着ることが許されているのはデビュタントたちだけであるため、一目見て彼女たちがそうであることがわかる。
「エルッキお兄さま、セヴェリお兄さま」
 父親とダンスを終えたところに姿を現したのは、アルベティーナの二人の兄だった。
「社交界デビュー、おめでとうティーナ」
「そのドレス。とても似合っているよ」
 上の兄のエルッキはどちらかと言えば母親似である。身体は細く華奢のように見えるが、もちろんその服の下には鍛えられた筋肉が隠されている。彼は近衛騎士隊に所属しており、王族の護衛についていた。少し色白の肌と母親に似た赤茶の髪。彼が頭を動かすと、短く清潔に切り揃えられた髪も、さらりと動く。瞳も母親に似たグレイで、柔らかな眼差しで女性を虜にしていることなど、本人は気づいていない。
 それに引き換え下の兄のセヴェリは、父親によく似ていて身体が大きい。肌がよく焼けているのも、外での仕事が多いからだろう。赤茶の髪が少しくせ毛であるのは、父親からの遺伝によるもの。そのセヴェリは警備隊の所属。
 それでも、どことなく似ている二人の顔立ち。やはり兄弟だなと妹のアルベティーナが見てもそう思う。
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