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 グルブランソン王国ヘドマン辺境伯領。名が示す通り、ここの領主はヘドマン辺境伯ことコンラード・ヘドマンである。そんな彼には息子が二人と娘が一人いる。二人の息子は王国騎士団に所属しているため王都に滞在しているが、息子たちと十程も年の離れた一人の娘は、この辺境伯領で穏やかに暮らしていた。
 ヘドマン辺境伯領は国境を守る大事な要であることから、王国騎士団とは別に私兵団を持つことを許されている。といっても、この領民たちが私兵団に所属する私兵たちなのである。
 このような環境であれば、コンラードの娘も残念ながら『お淑やかさ』からかけ離れてしまうもの。それに嘆いているのはコンラードの妻のアンヌッカであり、当の本人とコンラードは気にしていない様子。
 さて、そんな辺境伯の娘であるアルベティーナも、十六歳になれば王都に足を運んで社交界デビューを果たさなければならない。それは一種の花婿探しであり、兄が二人いる彼女にとっては嫁ぎ先となる相手でもある。
 アルベティーナの社交界デビューに合わせて、コンラードとアンヌッカも王都の別宅へとやって来ていた。

 その日は朝からアルベティーナを着飾ることに余念がないアンヌッカ。それでも当の本人であるアルベティーナはどこ吹く風で、気にしていない様子。どうやらそれに気付かれてしまったのだろう。ぐぐっとアルベティーナはアンヌッカの手によってコルセットを締め付けられてしまった。
「うぅ……。お母さま、苦しいです」
 という訴えで、少しは緩めてもらえたものの、やはりこのコルセットというものには慣れない。むしろアルベティーナは、慣れたくないと思っている。
 アンヌッカに気合が入っているのは、社交界デビューのドレスは白と決まっているためだ。一斉に白いドレス姿の年頃の女性が集まる。そうなると差をつけるために必要なとなるのはそのドレスのデザインや装飾品となる。アンヌッカはこの日のために、一年も前からデザイナーと話をつめて、娘であるアルベティーナのためにこのドレスを仕立てていた。
「お似合いですよ、お嬢様」
 アルベティーナにとっては、そんな使用人の言葉さえも、右から左へと流れていくように感じてしまう。つまりアルベティーナにとっては、この社交界デビューは大した関心の持てない催しものであると認識されている。やらなければいけない義務感からやるべきことだと思っているもの。
「ああ、本当に素敵よ、ティーナ」
 アンヌッカは今にも泣き出しそうであった。若くして上の子を産んだ彼女は、年も四十の半ば。だが、見た目はそれよりも十も若く見える。
「どこかのお姫様かと思ったよ」
 私兵たちからは鬼団長とも呼ばれているコンラードであるが、やはり娘の前ではその顔も緩む。
 両親が褒めてくれたように、真っ白なドレスを身に纏い、母親に似た赤茶色の髪の毛を結い上げたアルベティーナは、普段の彼女から想像できないような淑女に仕上がった。
「お母さま、このドレスの胸元。少し開きすぎではありませんか?」
 胸元の膨らみの根本が見えそうな際どいデザイン。
「今は、こういったデザインが流行りなのよ。それでも、これは控えめな方。それにこれをつければほらね。素敵だわ」
 アンヌッカは、娘の首に手を回して、彼女の瞳の色と同じスカイブルーの宝石がついた首飾りをつけた。
「ほらね」
 鏡の中のアンヌッカが微笑んでいる。アルベティーナも鏡の中の彼女に向かって微笑んだ。
 この日のためにあつらえた白いドレスだが、裾にはレースが贅沢に使われている。一見、シンプルに見えるようなデザインであるが、細やかな刺繍も、職人の技が光る一級品。普段のアルベティーナであれば、恐ろしくて着ることができないようなドレスだ。汚したらどうしよう、破いたらどうしよう。そういった意味での恐ろしい、である。
「いいわね。ティーナ。入城したらお父さまと一緒に陛下にご挨拶よ。それが終わったら、お父さまと踊るの。わかった?」
 これはこの王都に来てから、毎日、呪文のようにアンヌッカから聞かされている内容であり、さすがにそれだけ言われてしまえば、気乗りのしないアルベティーナであっても、覚えてしまう。
 アルベティーナは高鳴る鼓動を落ち着けるかのように、息を吐いた。これから両親と馬車に乗って王城へと向かうのだ。
 ヘドマン領からこの王都へ来るときも、もちろん馬車に乗ってやってきた。アルベティーナにとって、馬車での長旅というのも初めてのことで、王城に行くことも初めてのこと。そのための社交界デビューの場でもあるのだが、初めて尽くしが続く彼女としては、やはり緊張してしまう。
 コンラードは社交界シーズンであってもあの辺境の地から離れるようなことは無かった。離れても、ほんの数日程度。というのも、あそこは国境を守る要。主が長期間そこを不在にすることにためらいがあったようだ。また、二人の息子が王都にいることから、代理のきくものについては息子たちに頼んでいた。つまりコンラード本人も、王城を訪れるのは久しぶりのことであった。
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