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プロローグ
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それは今から三年前のこと。その頃の彼女は、ほっぺたがぷくぷくとしていて、そこをツンツンと指でつつくと口から「あぶぶぶ」と涎を出してくる赤ん坊だった。兄弟のいない少年にとっては珍しい生き物であり、興味の対象となるまでにはそう時間を要さなかった。
勉強の合間に彼女に会いに行き、彼女と触れ合う。彼女も成長するにつれ、年の離れた少年が遊び相手であると認識したのか、彼のその姿を見つけると笑顔を向けてくるようになった。
その二人を嬉しそうに見つめているのは、少年の母親と彼女の母親である。二人が姉妹であることは、少年も後で知った。
そんな彼女の母親が命を散らしたのは、彼女が二歳の誕生日を迎える直前のこと。元々、身体の丈夫な人ではなかったらしい。少年の母親が涙をこらえながら、そう口にしていた。
母親を失った彼女であるが、その後も彼女はここで生活をしていた。時折、思い出したかのように母親を呼びながら泣き叫ぶことがあったが、それ以外は大人しくて手のかからない子であった。
共にいる時間が増えるにつれ、少年は彼女と血の繋がりがあるはずなのに、全く似ていない髪の色が気になり始めるようになる。
ある日、どうしても気になってその件を母親に尋ねてしまった。すると母親は苦しそうに口元を歪ませながら「きっと、あの子は父親に似たのでしょうね」とだけ呟いた。
少年はこれ以降、彼女の髪の色について話題にすることをしなかった。髪の色が何色であろうと、彼女は彼女であり少年の大事な人間であることに違いはないからだ。
彼女と過ごした時間は、彼の人生の中においてほんのわずかな時間であったかもしれない。それでも少年にとっては、心安らぐ時間であった。そしてこの些細な時間がいつまでも続くものだと思っていた――。
「誰か……」
刺された脇腹を押さえながら、少年は力の限り声を張り上げた。幸いにも、すぐに護衛騎士が駆けつけ、少年を刺した犯人はすでに取り押さえられている。
その犯人が連れ去ろうとした彼女は、怪我一つなく無事であったことに安堵する。
その途端、彼は意識を失った――。
少年を刺したのは庭師に扮した男だった。限られた人物しか足を踏み入れることができないこの庭園で、少年は彼女の手を繋いで花を愛でていた。少年たちから少し離れた場所には、万が一に備えて護衛騎士が控えている。
庭師の男はいつもと違う男だったが、少年が声をかけると、庭園に咲き誇る花について教えてくれた。だから少年もその男が新しい庭師だと思ったのだ。庭師に案内され、彼女と共に庭園を歩く。小さな彼女は、楽しそうにキャキャと声を出して笑っていた。
と、そのとき、腹部に鋭い痛みが走った。いや、痛いというよりは熱い。身体に力が入らず、腹部を押さえて膝をつく。気付けば手を繋いでいたはずの彼女は、あの庭師の男の腕の中にある。
彼女の名を呼び、助けを呼んだところまでは覚えている。
傷の痛みで意識が朦朧としている中、優しく頭を撫でてくれたのは少年の母親だった。
「あなたのおかげね。あの子を守ってくれてありがとう。でもね、あなたの命も大事なのよ……」
傷が深かったせいか、少年はしばらくの間、寝台の上から動くことができなかった。
夢と現実の世界をいったりきたりしながら、彼女と初めて出会ったときのことを思い出していた。
少年が痛みから回復をし、やっと動けるようになった頃。
彼女の姿はもうここにはなかった。歯を食いしばりながら母親に詰め寄ると「あの子を守るため」だと言う。
少年は悔しかった。自分には彼女を守るための力がないということに気付いてしまったからだ。
そんな彼の気持ちに母親は気付いたのかもしれない。
「生きていれば、必ずまた会えるわ。あなたとあの子を守るためには、これが一番いい方法なのよ」
どこか寂しそうに呟く母親の横で、少年は唇を噛みしめることしかできなかった。
勉強の合間に彼女に会いに行き、彼女と触れ合う。彼女も成長するにつれ、年の離れた少年が遊び相手であると認識したのか、彼のその姿を見つけると笑顔を向けてくるようになった。
その二人を嬉しそうに見つめているのは、少年の母親と彼女の母親である。二人が姉妹であることは、少年も後で知った。
そんな彼女の母親が命を散らしたのは、彼女が二歳の誕生日を迎える直前のこと。元々、身体の丈夫な人ではなかったらしい。少年の母親が涙をこらえながら、そう口にしていた。
母親を失った彼女であるが、その後も彼女はここで生活をしていた。時折、思い出したかのように母親を呼びながら泣き叫ぶことがあったが、それ以外は大人しくて手のかからない子であった。
共にいる時間が増えるにつれ、少年は彼女と血の繋がりがあるはずなのに、全く似ていない髪の色が気になり始めるようになる。
ある日、どうしても気になってその件を母親に尋ねてしまった。すると母親は苦しそうに口元を歪ませながら「きっと、あの子は父親に似たのでしょうね」とだけ呟いた。
少年はこれ以降、彼女の髪の色について話題にすることをしなかった。髪の色が何色であろうと、彼女は彼女であり少年の大事な人間であることに違いはないからだ。
彼女と過ごした時間は、彼の人生の中においてほんのわずかな時間であったかもしれない。それでも少年にとっては、心安らぐ時間であった。そしてこの些細な時間がいつまでも続くものだと思っていた――。
「誰か……」
刺された脇腹を押さえながら、少年は力の限り声を張り上げた。幸いにも、すぐに護衛騎士が駆けつけ、少年を刺した犯人はすでに取り押さえられている。
その犯人が連れ去ろうとした彼女は、怪我一つなく無事であったことに安堵する。
その途端、彼は意識を失った――。
少年を刺したのは庭師に扮した男だった。限られた人物しか足を踏み入れることができないこの庭園で、少年は彼女の手を繋いで花を愛でていた。少年たちから少し離れた場所には、万が一に備えて護衛騎士が控えている。
庭師の男はいつもと違う男だったが、少年が声をかけると、庭園に咲き誇る花について教えてくれた。だから少年もその男が新しい庭師だと思ったのだ。庭師に案内され、彼女と共に庭園を歩く。小さな彼女は、楽しそうにキャキャと声を出して笑っていた。
と、そのとき、腹部に鋭い痛みが走った。いや、痛いというよりは熱い。身体に力が入らず、腹部を押さえて膝をつく。気付けば手を繋いでいたはずの彼女は、あの庭師の男の腕の中にある。
彼女の名を呼び、助けを呼んだところまでは覚えている。
傷の痛みで意識が朦朧としている中、優しく頭を撫でてくれたのは少年の母親だった。
「あなたのおかげね。あの子を守ってくれてありがとう。でもね、あなたの命も大事なのよ……」
傷が深かったせいか、少年はしばらくの間、寝台の上から動くことができなかった。
夢と現実の世界をいったりきたりしながら、彼女と初めて出会ったときのことを思い出していた。
少年が痛みから回復をし、やっと動けるようになった頃。
彼女の姿はもうここにはなかった。歯を食いしばりながら母親に詰め寄ると「あの子を守るため」だと言う。
少年は悔しかった。自分には彼女を守るための力がないということに気付いてしまったからだ。
そんな彼の気持ちに母親は気付いたのかもしれない。
「生きていれば、必ずまた会えるわ。あなたとあの子を守るためには、これが一番いい方法なのよ」
どこか寂しそうに呟く母親の横で、少年は唇を噛みしめることしかできなかった。
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