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第九章

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「ちょっと。一体何をやっているのよ」
 イライラしているような声と共に、ノックもなく部屋に入ってきたのは、フリート・メイソン。
「え? エメレンス殿下? と……、まさか……、リューディア?」
 フリートがリューディアを認識するのに時間がかかったのは、リューディアが眼鏡をかけていないから。あのリューディアと、このリューディアが同一人物であるとは思えなかったから。

「ちょっと、モーゼフに何をしてるのよ」
 リューディアは答えない。フリートの言葉に耳を傾けない。
 それがまた、フリートを怒りへと導いていく。
 リューディアとモーゼフに近づこうとするフリートの前に立ちはだかったのは、エメレンス。

「二人の邪魔はさせない。君は兄上に禁忌魔法を使ったね。さすが、メイソン侯爵家のご令嬢だ」
 フリートはギリッとエメレンスを睨みつけると同時に、そこを退けと言わんばかりに突然、氷の魔法を放ってきた。氷の矢がエメレンスに襲い掛かってきたが、それは目に見えない何かによって遮られた。
 チッと舌打ちをしたフリートは、次は目標をリューディアへと変更した。彼女は今、モーゼフにかけられた術を解いている最中。先ほどもフリートの言葉に答えなかったのは、解術を中断してしまえばその術がリューディアに返ってきてしまうからである。
 いくつもの氷の矢がリューディアへと向かって放たれた。それに気付いたエメレンスはそれを打ち落とすかのように炎の魔法を撃つ。それでも逃れた矢が一本、リューディアの肩を狙っていた。エメレンスはもう一度それ目掛けて魔法を放つが間に合わない。

「ディア」
 エメレンスが彼女の名を呼ぶ。だがリューディアはそれから避けるような素振りも見せない。
「ディア」
 間に合わない、とエメレンスが思ったそのとき、その屋は彼女の肩に触れる直前で止まった。エメレンスもフリートも驚き、じっとその矢を見つめる。
 矢を捕まえている手。それはモーゼフのもの。

「リューディア。私の頼みを聞いてくれてありがとう」
「モーゼフ様。術が解けたのですね」
「ああ。君のおかげだ」
 モーゼフは手にした矢をポキッと二つに折ると床に投げ捨てる。

「さて、フリート・メイソン。君は王族である私に何をしたのかな?」
 いつの間にか騎士たちが控えていた。フリートとのやり取りでエメレンスでさえ気づかなかった。彼女が逃げないようにと、周辺を取り囲んでいる。

「モーゼフ。何を言っているの? 私たちは婚約するのでしょう?」

「ふっ」
 モーゼフは鼻で笑う。
「私が? 君と婚約だと? あり得ないだろう。たかがメイソン侯爵家の分際で。君は、自分がこの私に相応しいとでも思っているのか?」

「モーゼフ。あなた、私のことを好きだと、愛していると言ってくれたわ」

「ああ。言ったかもしれない。だがそれは、君に操られていた私が言ったことだ。私自身の言葉ではない」
 フリートはギリギリと唇を噛みしめる。モーゼフにかけた魅了の魔法が完全に解けている。それを解いたのは、そこにいるリューディア。フリートの顔には悔しさが溢れていた。ジリリと彼女から魔力が溢れ出る。

「君たち、フリート嬢を丁寧にもてなしてくれ。そう、場所はもちろん地下牢だ。リューディア、悪いがフリート嬢の魔力を全て封じてくれ。君ならできる」
 モーゼフの言葉に頷いたリューディアは、魔力の壁を作り上げそれでフリートの四方を覆った。その壁は次第にフリートへと押し寄せていき、やがて彼女へ吸収される。

「私の、私の、魔力が……」
 フリートが両手を見つめながら、暴れ出す。同時に三人の騎士に取り押さえられ、部屋から引きずり出されていった。

「リューディア、エメレンス。本当に助かった、ありがとう。まさしくナイスタイミングというやつだな。積もる話もあるからのんびりとお茶をと言いたいところだが、もう一匹の鼠もあぶり出さないとね」

「もう一匹の鼠?」
 リューディアは首を傾げた。
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