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第七章
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「わたくしも、エメレンス殿下をお慕いしております……」
リューディアの口からは自然とその言葉が漏れた。嬉しくて恥ずかしくて、目頭には涙が溢れそうになって溜まっていた。
だが、モーゼフと婚約を解消してから、半年も経っていない。だからこそ、エメレンスに対してこのような気持ちを抱くのは、ふしだらであるとも思っていた。モーゼフとエメレンス。彼らは父母を同じくする兄弟。顔立ちはよく似ている。
リューディアは胸が苦しくなった。
「ディア、本当に? ボクの聞き間違いではない?」
エメレンスは興奮しているのか、声が弾んでいた。
「あ、はい。わたくし、恐らくレンのことが好きなのだと思います。いつも、側にいてくださって、それが失われることを考えると、こう、胸が痛くなります。ですが……」
彼女はすぐに「ですが」と言う。その言葉がエメレンスを不安にさせる。
「わたくしはモーゼフ殿下の婚約者であった女です。それにも関わらず、レンを好きになって、その、ふしだらな女であると、自分でも思っています」
「そんなことは無い。そんなことを言ったら、ボクはずるい男だ。君が兄上の婚約者だったときから、ディアのことが好きだった。いつか、兄から君を奪ってやろうと、そう、考えていた……」
「うば、うば……、奪う?」
「ああ。だが、兄上の方から君のことを手放してくれたからね。これでボクにもチャンスがめぐってきたと思ったわけだ」
そこでエメレンスはリューディアの手を取った。
「君と兄上の婚約は正式に解消されている。だから、君はふしだらな女性ではない」
エメレンスに掴まれた手が熱い。
「本当は、もっと後にボクの気持ちを伝えようと思っていた。ディアがそうやって悩むのがわかっていたから。時間をかけて、ゆっくりと。予定が狂ったのはエリックのせいだ」
苦々しく言葉を吐き出している。
「君を一人にしておくと、ああやって男が寄ってくるからね。他の知らない男に奪われたら、ボクが立ち直れなくなる。だから、今、思い切って君に気持ちを伝えた」
エメレンスはぎゅっとその手に力を入れ、リューディアの右手を包み込む。
「リューディア・コンラット。どうか、ボクと結婚して欲しい……」
先ほどの言葉から、お付き合いという言葉が省略されていることに、リューディアは気付いていない。彼の気持ちに誠意をもって答えなければ、という思いがあるだけ。
「はい……」
リューディアは空いている左手をさらにその手に重ねた。二人の両手が重なり合う。
モーゼフと共にいたときとは異なるこの気持ち。彼といたときは彼に好かれようと必死だった。モーゼフからよく見られたい、と。だけど、エメレンスの前ではいつもの自分でいることができる。それは彼がくれた眼鏡のせいかもしれないけれど、自分をよく見せようとしなくても、ありのままの姿を彼は受け入れてくれるのだ。
「その。ディア。あの、その。別に、君の気持ちを確かめるわけではないんだけど。その、口づけをしてもいいだろうか……」
はい、と恥ずかしそうに俯くリューディア。エメレンスはそっと彼女の頬に手を寄せ、その顔に自分の顔を近づけようとした、とき。
「あ……」
突然、リューディアの表情が変わった。エメレンスはがくっと肩を落とす。だが、すぐに尋ねる。
「どうかしたの?」
「例の、クズ石置き場に誰かが侵入したようです」
「クズ石置き場って、事務所や現場とは反対方向だよね」
「はい。ただのクズ石置き場ですから。目立たない場所にあります」
「ここからだと距離があるな……」
エメレンスはぶつくさと何やら文句を言っている。
「ディア。空間転移を使ったことは?」
「ありません。使う必要がなかったので」
「じゃ、ボクに掴まって。しっかりと掴まってね」
エメレンスはリューディアを抱き寄せ、その腰に手を回す。彼女を離すまいとしっかりと。リューディアも彼の話を聞いていたのか、ぎゅっとエメレンスの背中に腕を回した。
生温い空気が肌に触れた感覚があった。瞬間、視界が一変する。
先ほどまで、官舎の近くだったのに、今はクズ石置き場。リューディアは目を瞬いた。
「ディア、気分が悪いとかは無い?」
「大丈夫です……。あ、あそこ」
リューディアはクズ石置き場でしゃがみ込んでそのクズ石を手にしている一人の男を見つけた。
「おい、何をしている」
エメレンスが声をかければ、その背中はびくっと大きく震えた。ゆっくりと振り返る男。
エメレンスもリューディアも、その男が誰であるかをすぐに認識する。
「ブルース……」
そう、このクズ石置き場に侵入したのは、採掘師の中でも最年少のブルースだった。
「こんなところで何をやっているんだい?」
エメレンスはできるだけ彼を刺激しないようにと心掛けながら声をかけた。だが、彼の顔には「見つかってしまった」と書いてある。
リューディアの口からは自然とその言葉が漏れた。嬉しくて恥ずかしくて、目頭には涙が溢れそうになって溜まっていた。
だが、モーゼフと婚約を解消してから、半年も経っていない。だからこそ、エメレンスに対してこのような気持ちを抱くのは、ふしだらであるとも思っていた。モーゼフとエメレンス。彼らは父母を同じくする兄弟。顔立ちはよく似ている。
リューディアは胸が苦しくなった。
「ディア、本当に? ボクの聞き間違いではない?」
エメレンスは興奮しているのか、声が弾んでいた。
「あ、はい。わたくし、恐らくレンのことが好きなのだと思います。いつも、側にいてくださって、それが失われることを考えると、こう、胸が痛くなります。ですが……」
彼女はすぐに「ですが」と言う。その言葉がエメレンスを不安にさせる。
「わたくしはモーゼフ殿下の婚約者であった女です。それにも関わらず、レンを好きになって、その、ふしだらな女であると、自分でも思っています」
「そんなことは無い。そんなことを言ったら、ボクはずるい男だ。君が兄上の婚約者だったときから、ディアのことが好きだった。いつか、兄から君を奪ってやろうと、そう、考えていた……」
「うば、うば……、奪う?」
「ああ。だが、兄上の方から君のことを手放してくれたからね。これでボクにもチャンスがめぐってきたと思ったわけだ」
そこでエメレンスはリューディアの手を取った。
「君と兄上の婚約は正式に解消されている。だから、君はふしだらな女性ではない」
エメレンスに掴まれた手が熱い。
「本当は、もっと後にボクの気持ちを伝えようと思っていた。ディアがそうやって悩むのがわかっていたから。時間をかけて、ゆっくりと。予定が狂ったのはエリックのせいだ」
苦々しく言葉を吐き出している。
「君を一人にしておくと、ああやって男が寄ってくるからね。他の知らない男に奪われたら、ボクが立ち直れなくなる。だから、今、思い切って君に気持ちを伝えた」
エメレンスはぎゅっとその手に力を入れ、リューディアの右手を包み込む。
「リューディア・コンラット。どうか、ボクと結婚して欲しい……」
先ほどの言葉から、お付き合いという言葉が省略されていることに、リューディアは気付いていない。彼の気持ちに誠意をもって答えなければ、という思いがあるだけ。
「はい……」
リューディアは空いている左手をさらにその手に重ねた。二人の両手が重なり合う。
モーゼフと共にいたときとは異なるこの気持ち。彼といたときは彼に好かれようと必死だった。モーゼフからよく見られたい、と。だけど、エメレンスの前ではいつもの自分でいることができる。それは彼がくれた眼鏡のせいかもしれないけれど、自分をよく見せようとしなくても、ありのままの姿を彼は受け入れてくれるのだ。
「その。ディア。あの、その。別に、君の気持ちを確かめるわけではないんだけど。その、口づけをしてもいいだろうか……」
はい、と恥ずかしそうに俯くリューディア。エメレンスはそっと彼女の頬に手を寄せ、その顔に自分の顔を近づけようとした、とき。
「あ……」
突然、リューディアの表情が変わった。エメレンスはがくっと肩を落とす。だが、すぐに尋ねる。
「どうかしたの?」
「例の、クズ石置き場に誰かが侵入したようです」
「クズ石置き場って、事務所や現場とは反対方向だよね」
「はい。ただのクズ石置き場ですから。目立たない場所にあります」
「ここからだと距離があるな……」
エメレンスはぶつくさと何やら文句を言っている。
「ディア。空間転移を使ったことは?」
「ありません。使う必要がなかったので」
「じゃ、ボクに掴まって。しっかりと掴まってね」
エメレンスはリューディアを抱き寄せ、その腰に手を回す。彼女を離すまいとしっかりと。リューディアも彼の話を聞いていたのか、ぎゅっとエメレンスの背中に腕を回した。
生温い空気が肌に触れた感覚があった。瞬間、視界が一変する。
先ほどまで、官舎の近くだったのに、今はクズ石置き場。リューディアは目を瞬いた。
「ディア、気分が悪いとかは無い?」
「大丈夫です……。あ、あそこ」
リューディアはクズ石置き場でしゃがみ込んでそのクズ石を手にしている一人の男を見つけた。
「おい、何をしている」
エメレンスが声をかければ、その背中はびくっと大きく震えた。ゆっくりと振り返る男。
エメレンスもリューディアも、その男が誰であるかをすぐに認識する。
「ブルース……」
そう、このクズ石置き場に侵入したのは、採掘師の中でも最年少のブルースだった。
「こんなところで何をやっているんだい?」
エメレンスはできるだけ彼を刺激しないようにと心掛けながら声をかけた。だが、彼の顔には「見つかってしまった」と書いてある。
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