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第七章

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 昼休憩の鐘が鳴る。
「休憩時間だ。朝から緊張したからか、もう、お腹が空いて空いて、困りました」
 と苦笑しながら立ち上がった同僚の魔導士は「食堂に行ってきます」と言う。
 この採掘現場の近くには、この辺りで仕事をする人たちのための食堂がある。リューディアはお弁当だ。毎朝、イルメリと一緒に作ってくる。となれば、ヘイデンとイルメリもお弁当組。そしてなぜかエメレンスも。

「ディア。ボクたちも昼ご飯にしよう」
 お弁当を手にしたエメレンスが、休憩に利用しているソファ席の方へと移動した。ここでお弁当を食べるのはこの四人の他には数名程度。そうなると、定位置というものが決まってくる。リューディアはエメレンスと隣り合って座り、その向かい側にはヘイデンとイルメリ。たいてい、この四人で一つのテーブルを囲む。

「リディアさーん」
 四人でお弁当を食べているところに、リューディアの仮の名を呼ぶ声が響いた。
「リディアさん、お昼ご飯を一緒してもいいですか?」
 お弁当をかかげて、そう声をかけてきたのはエリックだ。驚いたリューディアは彼をきょとんと見つめることしかできない。と、同時にヘイデンもイルメリもエメレンスさえも、驚いて彼に視線を向けてしまう。

「え、あ。はい」

「なんだ。エリック。お前が弁当だなんて珍しいな。ほら、ここ、空いているからここに座れ」
 ヘイデンが隣の席をぽんぽんと叩いた。実はリューディアの隣の席も空いていたのだが、上司である彼からそう誘われては断ることのできないエリック。少し戸惑った表情を浮かべつつもヘイデンの隣へと座って、弁当を広げた。
「何かあったのか?」
 突然、昼食を食堂組から弁当組へと変えたエリックを気遣うヘイデンなのだが。
「あ、えと。ま、はい。あの、あれですよ。あれ。節約っていうやつです」

「そうか。そしてそれは、自分で作ったのか?」

「そうです」

「あら、エリック素敵じゃない。料理ができる男はもてるわよ」
 ちらりとヘイデンに視線を向けてから、イルメリはエリックを褒めた。褒められたエリックも悪い気はしないらしい。そうですかね、とか言いながら照れている。気まずそうな表情を浮かべているのはヘイデンとエメレンスである。
 弁当を食べ終えたエリックは、一足先に席を立った。

「ごちそうさまです。あ、リディアさん。今日、一緒に帰りましょう」
 軽く手をあげてエリックは自席の方へと戻っていく。もちろん、リューディアの返事を確認する前に。
「なんだ、あれは……」
 ヘイデンが呆然とした様子で呟いた。
「あらあら、誰かさんにライバル登場かしら? 誰かさんもうかうかしていられないってことね」
 イルメリは笑いながら、エメレンスを見つめている。そのエメレンスは弁当を噛みしめながらも、胸の中は複雑な気持ちでいっぱいだった。すべては、彼女が自分以外の男の前で、素顔を晒してしまったのが原因であることはわかっている。ことを恐れて、彼女には眼鏡を外さないようにと言っていた、というのに――。

 その日。仕事を終えたエリックは、帰る前にリューディアに声をかけてきた。
「リディアさん、一緒に帰りましょう」
 リューディアは困ったような表情を浮かべ、そして助けを求めるかのようにエメレンスに視線を向ける。今日はまだ帰ることができない。その一言を彼に伝えればいいのに、それをリューディアはなかなか口にすることができなかった。
「エリック、悪いがボクたちはまだ仕事が残っているんだ。ディア、早くこの書類を片付けて」
 エメレンスはリューディアの机の上に書類の束を置いた。

「あ、はい……。ごめんなさい、エリックさん。そういうことなんです」

「そうなんですね。仕事なら仕方ないですね。じゃ、先に帰ります。リディアさんも無理なさらないように」

「はい、ありがとうございます。お疲れさまでした」

 リューディアがにっこりと笑うと、エリックも嬉しそうに笑い返し、そして手を振って帰っていく。その彼の姿が見えなくなってから、リューディアはふぅと小さく息を吐いた。変に緊張してしまった。もちろん、エメレンスはその様子に気が付いている。

「大丈夫? ディア」
 ずっと彼女の側に立っていた彼は、顔を寄せて尋ねた。

「あ、はい。なぜか今日、エリックさんがあのように声をかけてくださることが多くて。その、今までそのようなことが無かったので。その、どうしたらいいかがわからなくて」

「誘われても、ディアが嫌なら嫌だとはっきり口にしたほうがいいよ。曖昧な態度は逆に相手に失礼だと思う」

「それで、エリックさんは気を悪くされませんか?」

「大丈夫じゃないかな?」
 それは男の勘。彼はリューディアに本気ではない。あわよくば、と思っているだけ。彼の気持ちはわからなくはないために、エメレンスもあまり強くは言えない。だからリューディアには「自分の気持ちを正直に言うこと」ということくらいしか言えなかった。

「ですが、なぜエリックさんは、あのように声をかけてくださるようになったのでしょうか……」
 それは彼がリューディアの素顔を見てしまったからだ。恐らく、一目ぼれというものだろう、とエメレンスは思っている。彼女の素顔を見た男性は、絶対に彼女の虜になる。それだけの魅力を秘めている。もちろん、リューディア自身はそれに気付いていないだろうし、わざわざそれをリューディアに教えてあげるほど、エメレンスもお人好しではない。
「もしかして……。わたくしがクズ石置き場を見張っていることに気付いたのでしょうか……」
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