上 下
33 / 57
第六章

しおりを挟む
◇◆◇◆

 次の日。ヘイデンとイルメリと共に事務所を訪れたリューディアは、その惨状に目を見開いてしまった。

「何、これ……」
 と思わずイルメリも言葉を漏らしてしまうほど。
 事務所内は荒らされていた。書類が散乱し、引き出しは開かれ。

「無くなったものが無いか、確認しながら片付けよう」
 ヘイデンは言いながら、足元に転がっていた書類を一束拾い上げた。どうやら、餌に食いついてくれたようだ。
「悪いが今日は、王都から第一研究部がやってくることになっているんだ。それまでに、この荒らされた事務所を片付けて欲しい」

「わかりました」
 リューディアとイルメリは、少しだけため息をついてから、事務所の片づけを始めた。しばらくすると、エメレンスとエリックもやって来て、さらに他の魔導士たちも姿を現し始めた。

「うわあ、何ですか、これ……」
 エリックが呆れたように声を出す。この状況を見たら、呆れるしかないことはよくわかる。

「まあ。盗人が入ったようだな。ここには魔宝石なんかないのに、何のためにこの事務所を漁ったのか……」
 ヘイデンはわざとらしくため息をついたが、誰もそのわざとらしさには気付かない。

「みんな、悪いが今日は第一研究部が視察のために、ここへやってくることになっている。それまでにここを片付けて欲しい」

 全員が揃ったところで、ヘイデンは先ほどと同じようなことを口にした。魔導士たちは、はいはい、と不満そうに返事をしながらも、散らかっているものに手を伸ばす。

「すまないが、朝の現場の安全管理担当の者はそちらを優先させてくれ。残った者はここの片づけだ。まったく、この忙しい時に……」
 とヘイデンは愚痴を漏らす。施錠はした。さらに侵入防止の魔法もかけた。それを破ってこの事務所に侵入したということは、相手もそれなりの者か、それなりの物を使って侵入したかのどちらか。

「わたくし、朝の現場の安全確認へ行ってまいります」
 今日はリューディアが担当だった。

「あ、今日は僕も担当です。リディアさん、一緒に向かいます」

「はい。エリックさん、よろしくお願いします」
 リューディアはエリックと共に事務所を出て、採掘現場の方へと向かった。だが、どこかエリックの態度がおかしいようだ。そわそわとしているような、わくわくとしているような。それに気付いたのはエメレンス。だが彼は今、この事務所を片付けるのが仕事であるため、リューディアとエリックが二人で並んで現場へ行く後姿を、うらめしそうに見つめることしかできなかった。

「いやはや、それにしても。事務所があんなになっていて、びっくりしましたよ」

「本当ですよね。お兄さまのことですから、施錠も侵入防止魔法もしっかりかけていたと思うのですが。近頃の盗人というのは、それすら破ってしまうような能力ちからを持ち合わせているのですね。物騒な世の中になりましたね……」

「そうですね。こんな身近にいるのであれば、リディアさんも気を付けなければなりませんね」
 そう答えるエリックを、リューディアは眼鏡の隙間からチラリと覗いた。エリックの様子がいつもと違うことに、リューディアはなんとなく気付いた。少し、浮かれているように見える。

 現場に着くと、今日も屈強な採掘師たちが身体を動かしたくてうずうずと準備を始めていた。

「おはようございます、みなさん」
 リューディアの澄んだ声が響く。
「今日も西側六区の採掘をお願いいたします。何か不審なところがありましたら、遠慮なくわたくしたちに教えてください」

「あいよー」
 威勢の良い返事が響いた。

「エリックさん、わたくしたちも西側六区に向かいましょう。彼らが作業を始めてもいいか、確認をしなければなりませんから」

「そうですね」
 エリックは微笑むと、リューディアの前に立って西側六区へと向かう。
 ファイルを両腕に抱きかかえているリューディアはエリックの後ろをついていく。
 西側六区に着くと、既に採掘師たちはすでに到着していて、工具の確認をし、自分たちの身支度を整えている。
 昨日の帰る前にも点検したこの現場ではあるが、今日の作業でも問題の無いことをさらりと確認をする。法面に手を触れ魔力を這わせることで、危険個所を検知することができる。それが採掘を担当する魔導士たちの仕事の一つでもある。

「今日も大丈夫そうですね」
 エリックが言えば、リューディアも頷く。それから抱えていたファイルを広げ、点検の結果を記載した。

「今日も安全第一でお願いします」
 採掘師たちの背中に声をかけ、リューディアとエリックは事務所へと向かう。

「ところで今日。なんで第一研究部の方たちがこちらへ来るのかって。リディアさん、理由をご存知ですか?」
 エリックが不思議そうに尋ねてきた。だが、尋ねる彼の頬はいつもより火照っているようにも見える。

「ええと。どうやら魔導具の爆発事故が起こったようで、その魔導具に使用されていたのがこちらで採掘された魔宝石のようなのです」

「ええ? ここの魔宝石が。そんなこと、あり得ないのに。それで現地視察っていうやつなんですね」

「そのようですね」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?

日々埋没。
恋愛
 公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。    ※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。  またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです

風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。 婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。 そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!? え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!? ※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。 ※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

処理中です...