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第四章
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◇◆◇◆
恐らくモーゼフが立太子するだろうと思っていたエメレンスは、その兄を支えるために王立魔法学院卒業後は、魔導士団へと入団した。学院に通ったのも、もしかしたらリューディアと机を並べて勉強ができるかもしれないという淡い期待があったから。だけど、彼女は学院に通わなかった。あの屋敷で優秀な家庭教師に囲まれて勉強に励んでいたようだ。
「シオドリック」
「これは、エメレンス殿下」
魔導士団の建物は王城の敷地内にある。ここの建物内で働いているような魔導士たちは研究職が主だ。離れの図書館へ向かおうとしていたところ、エメレンスは向こうから歩いてくるシオドリックに気付いた。彼はリューディアの二つ年上の兄。そして、モーゼフとは同い年。学院時代もそれなりに仲良くやっていた、とは聞いている。
「リューディアは元気にしている?」
エメレンスの口から妹の名が出たところで、シオドリックは顔をしかめた。それに敏感に気付いたエメレンスも顔をしかめる。
「リューディアに何かあった?」
「いえ、あ、まあ。あったと言えばありましたが……」
「もしかして、その、兄上との婚約解消がショックで寝込んでいる、とか?」
「いえ。そのようなことはありません。元気に、やっていると聞いています」
「聞いてる? 聞いてるって、シオドリックはリューディアと一緒に暮らしているんだよね?」
「え、と。まあ、それが、実はですね……」
けして口止めをされていたわけではない。だけどあのリューディアだ。あのリューディアが魔導士団採掘部隊としてシャルコで仕事をしている、と言って、誰が信じるだろうか。だからシオドリックは積極的にその件については口にしなかったし、彼の二つ上の兄のミシェルについても、その件については聞かれるまでは答えない、とも言っていた。
「え? リューディアが採掘部隊としてシャルコにいるって、本当に?」
「嘘をついているつもりはないのですが、嘘のように聞こえますよね」
ははっとシオドリックは笑う。自分で口にしたシオドリックでさえ、あの妹がシャルコの街で採掘の仕事をこなしているとは嘘のように思えているからだ。
突然、長兄であるヘイデンがあのシャルコから戻って来たと思ったら、リューディアを採掘部隊で働かせたいと言い出した。
リューディアを溺愛している父親は断るだろうと思っていた。だが、そうはしなかった。全ての判断をリューディアに任せる、と。そして、人の前に姿を晒すことを非常に怯えているリューディアこそ、その話を断るだろうと、シオドリックもミシェルも思っていた。だから彼女がそれを断った後は、魔導士団の研究職の方に誘うつもりだった。
今まではモーゼフの婚約者兼王太子妃教育というものが枷になっていて、彼女を魔導士団に誘うことができなかったのだ。だがその枷が外れた今、魔導士である兄たちは常々彼女を魔導士団に欲しいと思っていた。
――リューディア様は、百年に一度の逸材です。リディア神の生まれ変わりと言っても過言ではない。
そう口にしたのは、父親がリューディアの家庭教師にと連れてきた元魔導士団の副団長を務めあげた男。言われた当の本人は、何のことやらという表情を浮かべていたが、父親だけは嬉々とした表情を浮かべていた。
そもそも、男児しか生まれないという魔法公爵家に女児として生まれてきたことそのものが奇跡なのだ。
「ボワヴァン山脈の魔宝石採掘現場で、以前、崩落事故が起こったのはご存知ですよね」
「ああ、それは聞いている」
「まあ、それで、あれなんですよ。魔導士団の採掘部隊は完全に人手不足に陥りまして、ですね。兄が猫の手も借りたい勢いでリューディアを誘ったというわけです。まあ、勧誘ですよね」
「それで、リューディアが?」
「はい。そしてあのリューディアが、それを引き受けたのですよ」
報告をしているだけなのに、ついシオドリックも興奮してしまう。
「あのリューディアがですよ?」
兄であるシオドリックでさえ、その話を聞いたときは信じられなかった。兄が魔法を使ってリューディアを洗脳したのではないか、と不謹慎ながらもそう思ったくらいだ。
だからだろう、目の前のエメレンスも目を大きく開けて、非常に驚いている様子。
「かれこれ、向こうにいって一月経ちますが、どうやらうまくやっている様子ですね。父なんて、さっさと根をあげて三日で帰ってくるものと思っていましたから」
そこで、遠くからシオドリックの名を呼ぶ声が聞こえてくる。
「ああ、すいません。これから、会議でして」
「いや、忙しいところを呼び止めてしまってすまない」
「いえ。殿下だけですよ、こうやって妹のことを気にかけてくれるのは。まあ、妹は引きこもりで、他人との交流を断っていたから仕方ないですね」
シオドリックは頭を下げて、呼ばれた方へと足を向けた。その背をじっと見送ったエメレンスが考えるのはリューディアのことばかり。
やっとモーゼフとの婚約を解消できたというのに、なぜ彼女はわざわざシャルコに行ってしまったのだろうか。
エメレンスもくるりと向きを変え、魔導士団の管理棟の方へと足を向けた。
恐らくモーゼフが立太子するだろうと思っていたエメレンスは、その兄を支えるために王立魔法学院卒業後は、魔導士団へと入団した。学院に通ったのも、もしかしたらリューディアと机を並べて勉強ができるかもしれないという淡い期待があったから。だけど、彼女は学院に通わなかった。あの屋敷で優秀な家庭教師に囲まれて勉強に励んでいたようだ。
「シオドリック」
「これは、エメレンス殿下」
魔導士団の建物は王城の敷地内にある。ここの建物内で働いているような魔導士たちは研究職が主だ。離れの図書館へ向かおうとしていたところ、エメレンスは向こうから歩いてくるシオドリックに気付いた。彼はリューディアの二つ年上の兄。そして、モーゼフとは同い年。学院時代もそれなりに仲良くやっていた、とは聞いている。
「リューディアは元気にしている?」
エメレンスの口から妹の名が出たところで、シオドリックは顔をしかめた。それに敏感に気付いたエメレンスも顔をしかめる。
「リューディアに何かあった?」
「いえ、あ、まあ。あったと言えばありましたが……」
「もしかして、その、兄上との婚約解消がショックで寝込んでいる、とか?」
「いえ。そのようなことはありません。元気に、やっていると聞いています」
「聞いてる? 聞いてるって、シオドリックはリューディアと一緒に暮らしているんだよね?」
「え、と。まあ、それが、実はですね……」
けして口止めをされていたわけではない。だけどあのリューディアだ。あのリューディアが魔導士団採掘部隊としてシャルコで仕事をしている、と言って、誰が信じるだろうか。だからシオドリックは積極的にその件については口にしなかったし、彼の二つ上の兄のミシェルについても、その件については聞かれるまでは答えない、とも言っていた。
「え? リューディアが採掘部隊としてシャルコにいるって、本当に?」
「嘘をついているつもりはないのですが、嘘のように聞こえますよね」
ははっとシオドリックは笑う。自分で口にしたシオドリックでさえ、あの妹がシャルコの街で採掘の仕事をこなしているとは嘘のように思えているからだ。
突然、長兄であるヘイデンがあのシャルコから戻って来たと思ったら、リューディアを採掘部隊で働かせたいと言い出した。
リューディアを溺愛している父親は断るだろうと思っていた。だが、そうはしなかった。全ての判断をリューディアに任せる、と。そして、人の前に姿を晒すことを非常に怯えているリューディアこそ、その話を断るだろうと、シオドリックもミシェルも思っていた。だから彼女がそれを断った後は、魔導士団の研究職の方に誘うつもりだった。
今まではモーゼフの婚約者兼王太子妃教育というものが枷になっていて、彼女を魔導士団に誘うことができなかったのだ。だがその枷が外れた今、魔導士である兄たちは常々彼女を魔導士団に欲しいと思っていた。
――リューディア様は、百年に一度の逸材です。リディア神の生まれ変わりと言っても過言ではない。
そう口にしたのは、父親がリューディアの家庭教師にと連れてきた元魔導士団の副団長を務めあげた男。言われた当の本人は、何のことやらという表情を浮かべていたが、父親だけは嬉々とした表情を浮かべていた。
そもそも、男児しか生まれないという魔法公爵家に女児として生まれてきたことそのものが奇跡なのだ。
「ボワヴァン山脈の魔宝石採掘現場で、以前、崩落事故が起こったのはご存知ですよね」
「ああ、それは聞いている」
「まあ、それで、あれなんですよ。魔導士団の採掘部隊は完全に人手不足に陥りまして、ですね。兄が猫の手も借りたい勢いでリューディアを誘ったというわけです。まあ、勧誘ですよね」
「それで、リューディアが?」
「はい。そしてあのリューディアが、それを引き受けたのですよ」
報告をしているだけなのに、ついシオドリックも興奮してしまう。
「あのリューディアがですよ?」
兄であるシオドリックでさえ、その話を聞いたときは信じられなかった。兄が魔法を使ってリューディアを洗脳したのではないか、と不謹慎ながらもそう思ったくらいだ。
だからだろう、目の前のエメレンスも目を大きく開けて、非常に驚いている様子。
「かれこれ、向こうにいって一月経ちますが、どうやらうまくやっている様子ですね。父なんて、さっさと根をあげて三日で帰ってくるものと思っていましたから」
そこで、遠くからシオドリックの名を呼ぶ声が聞こえてくる。
「ああ、すいません。これから、会議でして」
「いや、忙しいところを呼び止めてしまってすまない」
「いえ。殿下だけですよ、こうやって妹のことを気にかけてくれるのは。まあ、妹は引きこもりで、他人との交流を断っていたから仕方ないですね」
シオドリックは頭を下げて、呼ばれた方へと足を向けた。その背をじっと見送ったエメレンスが考えるのはリューディアのことばかり。
やっとモーゼフとの婚約を解消できたというのに、なぜ彼女はわざわざシャルコに行ってしまったのだろうか。
エメレンスもくるりと向きを変え、魔導士団の管理棟の方へと足を向けた。
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