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第四章

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 さらにモーゼフは彼女と会うたびに「ブス」と言い、顔を見せるなとまで言い出し始めた。
 モーゼフに言わせると、とにかく悔しかったからだ。彼女と会うたびに、自分だけそのような高揚した気持ちになることが。だからこそ、彼女に出会ってドキドキしないように彼女を「ブス」だと思い、顔を見ることが無ければ、このような気持ちにならないのではないか、とさえ思っていた。それをこっそりと弟であるエメレンスには相談していた。
 それでもリューディアは「ブス」とモーゼフに言われ少し寂しそうな表情を浮かべるものの、それでもいつも穏やかに笑っていた。余裕がある。なぜ、自分と同じようにドキドキしてくれないのか、とモーゼフは思い、いつもエメレンスに愚痴をこぼしていた。
 だが、モーゼフから「ブス」と言われ続けたリューディアが、素顔を晒すことが怖くなってしまい、人前で眼鏡をかけ始めたのもその頃。まさかその原因がモーゼフ自身にあるとは、モーゼフは思っていなかったようだ。エメレンスはエメレンスでリューディアに眼鏡をかけてもらえれば、彼女の顔を見てドキドキしないのではないか、とモーゼフに伝えていた。だから眼鏡姿のリューディアを見て、少しだけほっと胸を撫でおろすモーゼフがいた。

 だが数年が経ち、モーゼフはそのリューディアの眼鏡姿にさえ苦しむようになる。眼鏡姿のリューディアを見ても、心臓がドドドドと音を立てているのだ。そしてある男がモーゼフに囁いた一言がとどめを刺す。

「あの眼鏡の素顔を、晒してみたいものですな」

 下世話な一言であった。だが、それでもモーゼフの心には突き刺さる。リューディアの眼鏡姿でさえ心臓が苦しくなるというのに、あれを外されてしまったら。恐らく心臓が爆発してしまうだろう。
 そしてモーゼフは悩みだす。婚約者である彼女は自分を狂わせる、と同時に苦しめる。この不思議な思いから解放されたい。
 そしてその時、運命と思われる女性と出会ってしまったのだ。彼女と会っているときは婚約者の彼女と会っている時と違う気持ちになる。ちょっとだけ胸が熱くなるような。
 この気持ちは何と呼ぶのだろう。

『モーゼフ殿下の婚約者のリューディア様は、いつも眼鏡をかけていて、モーゼフ殿下に相応しいとは思えませんね。殿下は、このように素敵でいらっしゃるのに』
 運命の女性であるフリートの一言もきっかけになった。そして、とうとうモーゼフは行動をうつすことにした。

『リューディア・コンラット。私との婚約を解消してもらいたい』

 悩んだモーゼフの口から飛び出した言葉はそれ。だが、今になって思う。なぜ、そのようなことを口にしてしまったのか、と。

 モーゼフの隣では、フリートが穏やかな笑みを浮かべている。
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