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第四章
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リューディアがモーゼフと婚約解消をしてからというもの、彼女はこの王城を訪れなくなっていた。それは当たり前のことではあるのだが、それでも寂しいとさえエメレンスは思っていた。
リューディアがここを定期的に、といっても月に一回程度訪れていたのは、モーゼフが彼女の婚約者であり、少しでも彼との距離を縮めたいという思いがあったからだ。しかし、リューディアのその想いはモーゼフに届いていたのかいなかったのか、わからない。
そのモーゼフはモーゼフなりに悩んでいた。というのも、リューディアに会えば心臓がバクバクと激しく鳴り始め、胸が締め付けられるように苦しくなってしまうのだ。だからこそ、彼女に会いたくないというのが彼の言い分であったのだが、彼女が婚約者である以上は会わなければならないという義務感があり、そのため無理矢理会うしかなかった。とモーゼフ自身はそう思っている。
だが、そんな彼女はもうここに来ることは無い。代わりに、フリート・メイソンという女性が頻繁にやって来るようになっていた。彼女とは、モーゼフがいつも通っている図書館で出会ったそうだ。
モーゼフは口にする。フリートという女性を一目見た時に、リューディアと共にいた時には感じることのなかった痺れが、脳髄から手足の先までを走り抜けた、と。さらに、彼女こそまさしく運命の女性だと騒ぎ立て、こうやって王城に呼び入れるようになった。
この様子を面白くなさそうに見ているのは、もちろんエメレンス。なぜ兄はこのフリートという女性にそのような反応を見せたのかがわからない。
なぜならばあのモーゼフ。リューディアに会うと胸が締め付けられるように苦しくなってどうしたらいいのかわからない、と弟に相談していたのだ。それが、彼女に対する恋心からきていることなど、あの鈍感な兄は気付いていなかったようだ。
だからこそ、彼女と初めて出会ったときに、彼女に向かって「ブス」と発言してしまった。それは彼女を一目見ただけで、全身を雷で打たれたような衝撃が走ったからだ。それと同時に、心臓はドクドクと大きく速く鳴りだしてしまい、この音が周囲にいる他の人に聞こえてしまうのではないかと思えてしまうほどだった。
それを誤魔化すために、そして自分をこのような気持ちにさせる彼女のことが悔しくて、さらに彼女を困らせたくて、当時、今よりも子供だったモーゼフはその「ブス」という言葉を口にすることで、優越感に浸ろうとしていたのだ。そしてモーゼフは彼女を「ブス」と思い込むことで、このドキドキが治まることを期待した。
そんなひねくれた態度をとったモーゼフではあるが、初めて婚約者と出会ったことを嬉しそうに弟に話をしていたことを、エメレンス自身は覚えている。少しはにかみながら頬を赤く染めて「可愛いらしい子だった」と、嬉しそうに話していたのだ。彼女に向かって「ブス」と言ったにも関わらず。
だからこそエメレンスは思った。
なぜ彼女は兄の婚約者なのか、と。生まれた順が早いから、彼女の婚約者に選ばれたのだろうか。
なぜならエメレンスも、彼女を一目見た時に兄と同じような感覚に捉われたからだ。恐らく一目ぼれ。一目ぼれだけであったら諦めることができると思った。だけど、会って話をするうちに、次第に彼女の良さに気付いてしまい、そして惹かれていった。なぜこの女の子が兄の婚約者なのだろう、と。そうでなければ、自分の婚約者にと望めたかもしれないのに、と悩みだす。
悔しいと思った。そして羨ましいと思った。自分にはないものを持っている兄が。
だが絶対に許せないことが一つだけある。それは彼女に向かって「ブス」と発したことだ。初めて彼女と会った日に、彼女に向かって言ったことは、エメレンスの耳にもしっかりと届いていた。そして、その言葉を聞いて悲しそうな表情をしていたリューディア。
リューディアがここを定期的に、といっても月に一回程度訪れていたのは、モーゼフが彼女の婚約者であり、少しでも彼との距離を縮めたいという思いがあったからだ。しかし、リューディアのその想いはモーゼフに届いていたのかいなかったのか、わからない。
そのモーゼフはモーゼフなりに悩んでいた。というのも、リューディアに会えば心臓がバクバクと激しく鳴り始め、胸が締め付けられるように苦しくなってしまうのだ。だからこそ、彼女に会いたくないというのが彼の言い分であったのだが、彼女が婚約者である以上は会わなければならないという義務感があり、そのため無理矢理会うしかなかった。とモーゼフ自身はそう思っている。
だが、そんな彼女はもうここに来ることは無い。代わりに、フリート・メイソンという女性が頻繁にやって来るようになっていた。彼女とは、モーゼフがいつも通っている図書館で出会ったそうだ。
モーゼフは口にする。フリートという女性を一目見た時に、リューディアと共にいた時には感じることのなかった痺れが、脳髄から手足の先までを走り抜けた、と。さらに、彼女こそまさしく運命の女性だと騒ぎ立て、こうやって王城に呼び入れるようになった。
この様子を面白くなさそうに見ているのは、もちろんエメレンス。なぜ兄はこのフリートという女性にそのような反応を見せたのかがわからない。
なぜならばあのモーゼフ。リューディアに会うと胸が締め付けられるように苦しくなってどうしたらいいのかわからない、と弟に相談していたのだ。それが、彼女に対する恋心からきていることなど、あの鈍感な兄は気付いていなかったようだ。
だからこそ、彼女と初めて出会ったときに、彼女に向かって「ブス」と発言してしまった。それは彼女を一目見ただけで、全身を雷で打たれたような衝撃が走ったからだ。それと同時に、心臓はドクドクと大きく速く鳴りだしてしまい、この音が周囲にいる他の人に聞こえてしまうのではないかと思えてしまうほどだった。
それを誤魔化すために、そして自分をこのような気持ちにさせる彼女のことが悔しくて、さらに彼女を困らせたくて、当時、今よりも子供だったモーゼフはその「ブス」という言葉を口にすることで、優越感に浸ろうとしていたのだ。そしてモーゼフは彼女を「ブス」と思い込むことで、このドキドキが治まることを期待した。
そんなひねくれた態度をとったモーゼフではあるが、初めて婚約者と出会ったことを嬉しそうに弟に話をしていたことを、エメレンス自身は覚えている。少しはにかみながら頬を赤く染めて「可愛いらしい子だった」と、嬉しそうに話していたのだ。彼女に向かって「ブス」と言ったにも関わらず。
だからこそエメレンスは思った。
なぜ彼女は兄の婚約者なのか、と。生まれた順が早いから、彼女の婚約者に選ばれたのだろうか。
なぜならエメレンスも、彼女を一目見た時に兄と同じような感覚に捉われたからだ。恐らく一目ぼれ。一目ぼれだけであったら諦めることができると思った。だけど、会って話をするうちに、次第に彼女の良さに気付いてしまい、そして惹かれていった。なぜこの女の子が兄の婚約者なのだろう、と。そうでなければ、自分の婚約者にと望めたかもしれないのに、と悩みだす。
悔しいと思った。そして羨ましいと思った。自分にはないものを持っている兄が。
だが絶対に許せないことが一つだけある。それは彼女に向かって「ブス」と発したことだ。初めて彼女と会った日に、彼女に向かって言ったことは、エメレンスの耳にもしっかりと届いていた。そして、その言葉を聞いて悲しそうな表情をしていたリューディア。
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