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第三章

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「ここは、採掘師のガイルの家族がやっている店なんだ。この卵とじ丼、本当に美味しいから食べてみて」
 ヘイデンがどんぶりの蓋を開けると、もわんと白い湯気が美味しそうな香りと共に立ち昇る。イルメリも子供たちのどんぶりの蓋をあけて、小さなお椀に取り分け始める。
 リューディアも同じようにどんぶりの蓋をとった途端、真っ白い湯気に襲われてしまい、眼鏡も真っ白に曇ってしまった。

「ディア、まっしろけ」

 リューディアの眼鏡が曇ってしまった事に気付いたミルコとヴィルが笑っている。

「これでは、何も見えません」
 仕方なく眼鏡を外したリューディアは、このご飯を食べるときだけは眼鏡を外してしまおうと思った。それに今、この場にはヘイデンの家族しかいない。リューディアをリューディアだと知っている者が他にはいない。テーブルの隅に眼鏡を置く。
 スプーンを手にし、どんぶりの中身をすくって、口の中に入れる。卵がふわふわと溶けていく感じがする。

「これ。ものすごく美味しいです。たまごがふわっと溶けて。ほっぺたも落ちそう」
 初めて味わう食感に、リューディアは興奮してしまった。

「そう言ってもらえて嬉しいわ、あれ?」
 他の客に水を出し終えたスージーがリューディアの言葉を耳に入れたようだ。嬉しそうにニコニコと笑っている。
「リディアさん、あなた。眼鏡を外したらものすごく美人なのね。そりゃそうか、お姉さんも美人なんだから」
 スージーは眼鏡を外したリューディアの顔をまじまじと見つめてくる。リューディアは恥ずかしくなって、再び眼鏡をかけてしまった。
「あら、残念。でも、眼鏡が無いとよく見えないもんね。視力が悪いっていうのも、大変よね」
 スージーはそう思っているようだ。視力が悪いから眼鏡をかけている。大抵の者はそう思うだろう。視力の矯正が眼鏡の目的でもあるのだから。
 リューディアが黙々とご飯を食べているうちに、この食堂には次から次へと客が訪れてきた。その中にはヘイデンとイルメリと一緒に仕事をしているような者たちもいて、ヘイデンの姿を見つけては「隊長」「部隊長」と声をかけてくる。
 リューディアは気付いた。ヘイデンに向かって「隊長」と声をかけてくるのは採掘師で、「部隊長」と声をかけてくるのが魔導士。それでも兄がこんなに慕われていることが、どこか嬉しさが込み上げてくる。そしてヘイデンに声をかけてくるような彼らはすぐさま見慣れないリューディアに気付くのだ。

「イルメリさんの妹さん?」
「明日から現場に?」
「うわ、妹さんもべっぴんさんだ」

 と声をかけられるものの、リューディアは下を向いて頷くことしかできない。

 そこへやっと、食後のデザートが運ばれてきた。
「はいよ、サービスだ。かみさんが五月蠅いから、仕方なくサービスだ」
 ヘイデンとイルメリの前には紅茶が、リューディアと二人の子供たちの前にはアイスクリームが並べられる。驚いてリューディアがガイルを見上げれば。
「娘と同い年と聞いちまったからな。俺にとっては子供みたいなもんだ。なんだ、お茶の方がよかったのか?」
「いえ。アイスクリームが食べたかったので嬉しいです」
 それはリューディアの本音。アイスクリームは甥っ子たちだけで、自分も兄夫婦と同じように紅茶が配られるのではないかと思っていたから。

「やっぱり、子供は素直が一番だな。明日からよろしく頼むぜ、嬢ちゃん」

 嬢ちゃんと呼ばれたことに、リューディアは少しムッとしてしまう。このように呼ばれたことなど今まで一度もない。
「リディアです。どうか皆さんの前ではそう呼んでください。それに姉はイルメリです。姫さんじゃありません」

「そういう心意気。嫌いじゃないな。よろしくな、嬢ちゃん」
 再びリューディアはむっとして唇を尖らせ、ガイルの背中を睨みつけていたが、アイスクリームの甘い香りの誘惑に負けてしまった。
 ヘイデンとイルメリはあのガイルに反論したリューディアを少し心配したのだが、逆にそんな彼女に温かな視線を向けていた。
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