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第二章
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◇◆◇◆
後日、ヘイデンが約束通り妻であるイルメリと二人の息子を連れて、このコンラット公爵の屋敷を訪れていた。魔導士団でかつ採掘部隊の部隊長を務めている彼は、ボワヴォン山脈の麓にある街シャルコの官舎に家族で常駐している。妻であるイルメリも魔導士団採掘部隊の所属であるため。
「久しぶり、ディア。元気そうで良かったわ。あなたの誕生日パーティには出席できなくてごめんなさい。遅れてしまったけれど、プレゼントよ」
「ありがとうございます、お義姉さま」
リューディアは半年ぶりに義姉と会った。先日の誕生日パーティに出席できなかったのは、義姉であるイルメリだけである。彼女は長兄であるヘイデンより二つ年上で、今年で三十になるところ。それでも、張りのある肌とみずみずしさは、リューディアのそれよりも輝いているかもしれない。リューディアから見たら大人の女性、きらきら輝く女性、働き者の女性、そして憧れの女性の一人でもある。
そして今、リューディアは義姉イルメリからの熱い抱擁を受けたところだった。
「あら、ディア。また眼鏡を変えたの? 今度はレンズが大きいのね。あなたの可愛い顔の半分を隠してしまっているわ」
義姉もリューディアの顔を可愛いと評してくれる一人。だが彼女もリューディアの家族の一人だ。何しろ、兄の妻。リューディアからみたら義理の姉。
以前、モーゼフに可愛くない、ブス、不細工と言われた時に、両親や兄たちはそんなこと言わないと反論したところ「それは親の欲目って言うんだ」と言われてしまった。家族だからこそ、リューディアが可愛く見える魔法にかかっているんだ、と。
だからこの義姉も、恐らくリューディアが可愛く見える魔法にかけられているのだろう、と思っている。
「お兄さまとお義姉さまも。二人そろって、今日はどうされたのですか?」
応接室のソファに座りながらリューディアは尋ねた。一番上の兄夫婦は、魔導士団の採掘部隊に所属しているため、シャルコにある官舎に家族四人で暮らしている、というのはリューディアでも知っている。
侍女が三人の前にお茶を並べたのを見送ってから、早速ヘイデンが口を開いた。二人の子供たちは、両親に預けてきた。久しぶりに孫に会えた公爵夫妻は、きっと目尻を下げてデレデレになって喜んでいることだろう。
「ディア。実は今日、君に頼みたいことがあって来たんだ」
「お兄さまの頼みでしたら、喜んで引き受けます」
「どんな内容でもか?」
「え?」
ヘイデンがここまで念入りに確認することも珍しい。いつもなら、父親と同じように「そうかそうか、いいぞいいぞ」と、リューディアの話を詳しく聞く前に答えているのに。
「まあ、いい。ディア、君を困らせたいわけじゃないんだ。ただ、確認したかっただけ」
「お兄さまはいつもお優しいですからね」
そうやってリューディアがニコリと微笑めば、ヘイデンは口を噤んでしまう。父親にはあれだけ強気に発言できたのに、この可愛い妹の前では言い淀んでしまうのは何故だろう。そんな夫の変化を敏感に汲み取ったのが、彼の隣に座っている妻。その言葉の続きを奪い取る。
「ディア。単刀直入に言うわ。私たちの仕事を手伝って欲しい」
「え?」
「メリー。単刀直入すぎる。もう少し、説明してあげようよ」
「あら、あなたが可愛い妹に嫌われるのが怖くて、なかなか言い出せないようでしたから、私の方から伝えてあげただけですよ」
「それは、申し訳ない……」
兄もこの妻には頭があがらない。それでもリューディアから見たら、お似合いの夫婦だと思うし、いつか自分もこのような温かい空気を作れるような人と一緒になりたいと思っている。残念ながら、今はそのような相手がいなくなってしまった。
「ディア。あなた、魔導士団でお仕事をしてみる気はないかしら?」
「え? わたくしが、魔導士団で、ですか?」
「そうよ」
イルメリが大げさに頷く。
「先日、ボワヴォン山脈の鉱山で崩落事故が起こったのは知っているかしら?」
「いいえ」
と答えると同時に、リューディアは首を横に振った。そしてこれは「いいえ」が正解。この話はまだ公表されていないものだから。
「そうね、まだ公になっていない話だから。ディアが知らなくても問題ないわ」
そこでイルメリは喉を潤すかのようにカップに手を伸ばした。
「ああ、ごめんなさい、ディア。ちょっと喉が渇いて」
いえ、とリューディアは義姉の顔を見つめる。これから義姉が何を言い出すのか、が気になっているのだ。
「それで。崩落事故によって、何人かの魔導士たちがお休みを取るようになってね。それで、まあ、あれよ。完全に人手不足」
そこで、リューディアは首を傾げる。人手不足になると何が起こるのだろうか、と。
後日、ヘイデンが約束通り妻であるイルメリと二人の息子を連れて、このコンラット公爵の屋敷を訪れていた。魔導士団でかつ採掘部隊の部隊長を務めている彼は、ボワヴォン山脈の麓にある街シャルコの官舎に家族で常駐している。妻であるイルメリも魔導士団採掘部隊の所属であるため。
「久しぶり、ディア。元気そうで良かったわ。あなたの誕生日パーティには出席できなくてごめんなさい。遅れてしまったけれど、プレゼントよ」
「ありがとうございます、お義姉さま」
リューディアは半年ぶりに義姉と会った。先日の誕生日パーティに出席できなかったのは、義姉であるイルメリだけである。彼女は長兄であるヘイデンより二つ年上で、今年で三十になるところ。それでも、張りのある肌とみずみずしさは、リューディアのそれよりも輝いているかもしれない。リューディアから見たら大人の女性、きらきら輝く女性、働き者の女性、そして憧れの女性の一人でもある。
そして今、リューディアは義姉イルメリからの熱い抱擁を受けたところだった。
「あら、ディア。また眼鏡を変えたの? 今度はレンズが大きいのね。あなたの可愛い顔の半分を隠してしまっているわ」
義姉もリューディアの顔を可愛いと評してくれる一人。だが彼女もリューディアの家族の一人だ。何しろ、兄の妻。リューディアからみたら義理の姉。
以前、モーゼフに可愛くない、ブス、不細工と言われた時に、両親や兄たちはそんなこと言わないと反論したところ「それは親の欲目って言うんだ」と言われてしまった。家族だからこそ、リューディアが可愛く見える魔法にかかっているんだ、と。
だからこの義姉も、恐らくリューディアが可愛く見える魔法にかけられているのだろう、と思っている。
「お兄さまとお義姉さまも。二人そろって、今日はどうされたのですか?」
応接室のソファに座りながらリューディアは尋ねた。一番上の兄夫婦は、魔導士団の採掘部隊に所属しているため、シャルコにある官舎に家族四人で暮らしている、というのはリューディアでも知っている。
侍女が三人の前にお茶を並べたのを見送ってから、早速ヘイデンが口を開いた。二人の子供たちは、両親に預けてきた。久しぶりに孫に会えた公爵夫妻は、きっと目尻を下げてデレデレになって喜んでいることだろう。
「ディア。実は今日、君に頼みたいことがあって来たんだ」
「お兄さまの頼みでしたら、喜んで引き受けます」
「どんな内容でもか?」
「え?」
ヘイデンがここまで念入りに確認することも珍しい。いつもなら、父親と同じように「そうかそうか、いいぞいいぞ」と、リューディアの話を詳しく聞く前に答えているのに。
「まあ、いい。ディア、君を困らせたいわけじゃないんだ。ただ、確認したかっただけ」
「お兄さまはいつもお優しいですからね」
そうやってリューディアがニコリと微笑めば、ヘイデンは口を噤んでしまう。父親にはあれだけ強気に発言できたのに、この可愛い妹の前では言い淀んでしまうのは何故だろう。そんな夫の変化を敏感に汲み取ったのが、彼の隣に座っている妻。その言葉の続きを奪い取る。
「ディア。単刀直入に言うわ。私たちの仕事を手伝って欲しい」
「え?」
「メリー。単刀直入すぎる。もう少し、説明してあげようよ」
「あら、あなたが可愛い妹に嫌われるのが怖くて、なかなか言い出せないようでしたから、私の方から伝えてあげただけですよ」
「それは、申し訳ない……」
兄もこの妻には頭があがらない。それでもリューディアから見たら、お似合いの夫婦だと思うし、いつか自分もこのような温かい空気を作れるような人と一緒になりたいと思っている。残念ながら、今はそのような相手がいなくなってしまった。
「ディア。あなた、魔導士団でお仕事をしてみる気はないかしら?」
「え? わたくしが、魔導士団で、ですか?」
「そうよ」
イルメリが大げさに頷く。
「先日、ボワヴォン山脈の鉱山で崩落事故が起こったのは知っているかしら?」
「いいえ」
と答えると同時に、リューディアは首を横に振った。そしてこれは「いいえ」が正解。この話はまだ公表されていないものだから。
「そうね、まだ公になっていない話だから。ディアが知らなくても問題ないわ」
そこでイルメリは喉を潤すかのようにカップに手を伸ばした。
「ああ、ごめんなさい、ディア。ちょっと喉が渇いて」
いえ、とリューディアは義姉の顔を見つめる。これから義姉が何を言い出すのか、が気になっているのだ。
「それで。崩落事故によって、何人かの魔導士たちがお休みを取るようになってね。それで、まあ、あれよ。完全に人手不足」
そこで、リューディアは首を傾げる。人手不足になると何が起こるのだろうか、と。
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