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第二章

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 今、ヘイデンが口にした内容はボワヴァン山脈の魔宝石原石採掘場において、崩落事故が起こってしまったということ。その際、採掘に関わっていた魔導士たちの数人がその事故に巻き込まれ、怪我をした。また、それを目撃した魔導士たちの幾人かは、採掘場で働くことに恐怖を覚えているといった内容だった。
 魔宝石の原石は魔導具製作に欠かせないもの。ここで原石の採掘量が減れば、人々の生活に影響を与えてしまう。特に、魔力を持たない人々の生活は不便になってしまうだろう。それだけ魔宝石を用いた魔導具というものは、生活の中に溶け込んでいるのだ。

「それで、ディアを魔導士団にという話に行きつくのは少々強引ではないのか?」
 コンラット公爵は一人娘のリューディアを溺愛している。それはもう、目に入れても痛くない、毎日でも目に入れていたい、というほどに。だから、モーゼフとの婚約が解消されたことを実は密かに喜んでいた、というのは内緒の話。もう、いっそのこと嫁にはやらず、婿をとって娘夫婦と共に田舎の領地に引っ込んじゃおうか、と思っているくらいに。

「いえ、父上。ディアだってこの魔法公爵家の血を引く者です。本来であれば、学院に通い、教育を受けるべきだった。それを極度の人見知りと、父上の溺愛によって、この屋敷での学習に留まっています。ですが、家庭教師からの話を聞いていますか? ディアは、もしかしたら百年に一人の逸材かもしれない、と」

「むむっ」
 と唸って、コンラット公爵は腕を組んだ。
 このヘイデンが口にした内容は事実。本来であれば、リューディアも上の三人の息子たちと同じように、王立魔法学院に通わせるつもりではあった。だが、当の本人のリューディアがあの状態。学院に通い始めたとしても、数日内のうちに登校拒否になることが目に見えていたために、敢えて学院に通わせるようなことはしなかった。その代わり、昔の伝手、つまり魔導士団の団長を務めていたときのコネを使って、リューディアの教育を任せられるような人物を選び、彼らに娘の学習を見てもらうように頼んだ。
 昔の伝手。つまりそれは、公爵同様、既に魔導士団を退団した元魔導士たち。もしくは、フリーで魔導士の仕事を請け負っているようなフリー魔導士、野良魔導士たち。
 そしてリューディアの指導に当たった彼らが言うには「百年に一人の逸材。リディア神の再来ではないか」とのこと。それを聞いたとき、もちろん父親である彼は鼻が高い思いをしたのだが、この極度の人見知りの娘が活躍する場など無いだろうと思って、薄ら笑いを浮かべて適当に誤魔化していた、のだが。

「父上。ディアのことをいつまでもこのように引きこもりにしていて良いのですか?」

「引きこもり? ディアはお前が思っているほど引きこもってはいないぞ。最近は、一月ひとつきに一日くらいは、サフィーナと共に外出している」

「それは、母と観劇に行くためですよね。一月に一日って、まだ一回しか行っていませんよね。観劇に行って感激とか、父上のことだからくだらないことを思っているわけですよね」

「うっ……」

「父上も娘離れをしましょう。このままではディアは嫁にいけませんよ。と言ったら、嫁にいかなくていいもん、と言われてしまいそうですが」

「くっ……」

「ディアだって一人の人間です。彼女には未知の力が秘められている。そして彼女に足りないのは、自信。自信が無いから、他人からの視線が気になっている。魔導士団で働き、彼女の力が認められたら、ディアに文句を言うような人間はいなくなるでしょう。そうすれば、彼女だって自信がつくと思うのです」

 ドン、と机を叩いてヘイデンが身を乗り出してきたため、公爵は少し身体を引いた。

「父上。どうかディアを魔導士団にください。それに、モーゼフ殿下との婚約が解消されたのであれば、今まで受けていた王太子妃教育も不要となる。ディアには自由な時間が増えたというわけですよね」

「そう、なるな。だが最終的にそれはディア本人が決めること。いくら私が許可を出したとしても、本人が拒めば、魔導士団に入団させることはしない」

「それは、もちろんです。何よりもディア本人の意思が優先されます」

「そこまで言うなら。この話をお前の方からディアにしてみろ」

「わかりました。父上の許可が出た、と解釈しておきます」

 そう言ったヘイデンはくるりと後ろを向き、この執務室から出ていこうとする。そして扉の前で立ち止まれば、もう一度父親の方を向く。

「仕事があるので、また官舎の方に戻りますが。近々、妻と共にこちらに来ますので。そのときは、ディアを魔導士団の方に連れていくことになると思ってください」

「そ、そうか……。できることなら、ミルコとヴィルも連れて来てくれ」
 ミルコとヴィルとはヘイデンの息子、つまり公爵からしたら孫たちのこと。

「わかりました。では、失礼します」
 ヘイデンは一礼して、部屋を出て行った。パタンという乾いた扉の音が、コンラット公爵の心に突き刺さった。そろそろ、本当に子離れ、というよりも娘を解き放つときが来たのだろうか、と。そう、思っている――。
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