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女性に対して「いいな、あの子」と思うときもあったが、それでも生涯を共にしたいと思う女性とは、騎士団に入団してから出会えていない。
まして第五騎士団という特殊な騎士団の団長を務めていれば、出会いの幅も狭くなってしまう。それに文句を言う騎士たちもいたが、オリベルの心の奥にはラウニの存在があったため、彼自身は仲間を宥める側にまわっていた。
そんなラウニと再会できるとは、オリベルも思ってもいなかった。
ラウニは騎士団の事務官としてオリベルの前に現れた。さらに男爵令嬢という肩書まで身につけていた。
それでもあのころと変わらぬ眼差しは、オリベルをすぐさま射抜いた。
しかし、オリベルは第五騎士団の所属である。きっと彼女も他の事務官と同じように、第一騎士団を本命にして、次点として第二騎士団から第四騎士団の彼らが目的なのだろうと思っていた。
だというのに――。
眠るラウニを起こさぬよう、オリベルは寝台からおりた。
「……んっ」
かわいらしい声が聞こえ、びくりと身体を震わせる。
ラウニはまだ眠ったままだった。
不謹慎だが、魔獣に噛まれてよかったのかもしれない。
あのくらいの傷であれば、なんともないと思っていたのは間違いない。そして、ラウニを助けるのに夢中で、あの魔獣が毒をもっていたというのをころっと忘れていたのは、オリベルの失態である。
「……ラウニ」
彼女の背に、そっと毛布をかけた。
今はまだ、この気持ちは伝えられない。気持ちを伝えて、今の関係が壊れるのが怖いからだ。
それでもまだ、この夢をみたいという気持ちもある。
(今日はもう少し、俺のそばにいてくれないだろうか……帰したくないんだ……)
オリベルはきゅっと拳を握りしめた。
**~*~*~*
ラウニの目が覚めたとき、部屋は暗かった。ゆっくりと身体を起こして周囲を見回すと、オリベルの姿が見えない。
魔獣の毒を受けて、ぐったりとしていた彼はどこにいったのだろう。
慌てて立ち上がると、肩からパサリと毛布が落ちた。
(もしかして、オリベル団長が?)
落ちた毛布を拾い、それを丁寧に畳んで寝台の上に置く。
急いで隣の部屋へと向かう。そこは煌々と明かりがついていた。
「ラウニ……目が覚めたのか?」
彼女の気配を察したオリベルが、すぐさま歩み寄ってくる。
「あ、はい。すみません。眠ってしまったみたいで……オリベル団長、身体の具合はいかがですか?」
「ああ、もう大丈夫だ」
ぐるぐると肩を回そうとして、「うっ」と顔をしかめる姿を見て、ラウニはくすりと笑みをこぼす。
「無理はしないでください……ところで、今、何時ごろでしょうか?」
すっかりと寝入ってしまったし、あの部屋は暗かった。となれば、間違いなく外も暗いはず。太陽はすっかりと沈んでしまったにちがいない。
「ああ、そうだな。八時くらいだ」
「え?」
なんという時間まであそこで休んでしまったのだろうか。
「ごめんなさい。こんな時間までここにいては、ご迷惑ですよね」
「……いや? 逆におまえがいてくれないと、俺は困る……おまえにそばにいてほしい……」
トクンと胸が震えた。
このような時間帯となれば、屯所にいるような者も数少ない。見回りの騎士か、仕事の終わらない者か。
しんと静まり返った執務室。ラウニがオリベルを見上げれば、彼の紺色の瞳と目が合った。
「今夜は帰すつもりはない……」
密室に男と女が二人きり。まして相手は思いを寄せる男性。となれば、ラウニだってほのかな劣情を期待してしまう。
オリベルの顔が近づいてきた。トクントクンと心臓が早鐘を打つ。
だが、そこで彼は顔を逸らす。その視線の先には――。
「なっ……。えぇ! オリベル団長……。なんなんですか、この書類。さっきよりも増えてるじゃないですか」
ラウニが口にした『さっき』とは、彼女が書類をこの部屋に運んできたときのことだ。
「いや、体調が戻ったから急ぎの書類を片づけていたんだが、事務官長がやってきてな。追加で書類をおいていった。あ、今日中の案件だけは急いで終わらせて、事務官長に手渡した。だけど、これが明日中らしい」
明日中の書類はやっぱり机の上にこんもりと積んである。
「というわけで、この仕事が終わるまで、お前のことを帰すつもりはない」
「えぇっ」
(今夜は帰さないって、そういう意味なの?)
ラウニの心の声は、残念ながらオリベルには届かなかった。
【完】
まして第五騎士団という特殊な騎士団の団長を務めていれば、出会いの幅も狭くなってしまう。それに文句を言う騎士たちもいたが、オリベルの心の奥にはラウニの存在があったため、彼自身は仲間を宥める側にまわっていた。
そんなラウニと再会できるとは、オリベルも思ってもいなかった。
ラウニは騎士団の事務官としてオリベルの前に現れた。さらに男爵令嬢という肩書まで身につけていた。
それでもあのころと変わらぬ眼差しは、オリベルをすぐさま射抜いた。
しかし、オリベルは第五騎士団の所属である。きっと彼女も他の事務官と同じように、第一騎士団を本命にして、次点として第二騎士団から第四騎士団の彼らが目的なのだろうと思っていた。
だというのに――。
眠るラウニを起こさぬよう、オリベルは寝台からおりた。
「……んっ」
かわいらしい声が聞こえ、びくりと身体を震わせる。
ラウニはまだ眠ったままだった。
不謹慎だが、魔獣に噛まれてよかったのかもしれない。
あのくらいの傷であれば、なんともないと思っていたのは間違いない。そして、ラウニを助けるのに夢中で、あの魔獣が毒をもっていたというのをころっと忘れていたのは、オリベルの失態である。
「……ラウニ」
彼女の背に、そっと毛布をかけた。
今はまだ、この気持ちは伝えられない。気持ちを伝えて、今の関係が壊れるのが怖いからだ。
それでもまだ、この夢をみたいという気持ちもある。
(今日はもう少し、俺のそばにいてくれないだろうか……帰したくないんだ……)
オリベルはきゅっと拳を握りしめた。
**~*~*~*
ラウニの目が覚めたとき、部屋は暗かった。ゆっくりと身体を起こして周囲を見回すと、オリベルの姿が見えない。
魔獣の毒を受けて、ぐったりとしていた彼はどこにいったのだろう。
慌てて立ち上がると、肩からパサリと毛布が落ちた。
(もしかして、オリベル団長が?)
落ちた毛布を拾い、それを丁寧に畳んで寝台の上に置く。
急いで隣の部屋へと向かう。そこは煌々と明かりがついていた。
「ラウニ……目が覚めたのか?」
彼女の気配を察したオリベルが、すぐさま歩み寄ってくる。
「あ、はい。すみません。眠ってしまったみたいで……オリベル団長、身体の具合はいかがですか?」
「ああ、もう大丈夫だ」
ぐるぐると肩を回そうとして、「うっ」と顔をしかめる姿を見て、ラウニはくすりと笑みをこぼす。
「無理はしないでください……ところで、今、何時ごろでしょうか?」
すっかりと寝入ってしまったし、あの部屋は暗かった。となれば、間違いなく外も暗いはず。太陽はすっかりと沈んでしまったにちがいない。
「ああ、そうだな。八時くらいだ」
「え?」
なんという時間まであそこで休んでしまったのだろうか。
「ごめんなさい。こんな時間までここにいては、ご迷惑ですよね」
「……いや? 逆におまえがいてくれないと、俺は困る……おまえにそばにいてほしい……」
トクンと胸が震えた。
このような時間帯となれば、屯所にいるような者も数少ない。見回りの騎士か、仕事の終わらない者か。
しんと静まり返った執務室。ラウニがオリベルを見上げれば、彼の紺色の瞳と目が合った。
「今夜は帰すつもりはない……」
密室に男と女が二人きり。まして相手は思いを寄せる男性。となれば、ラウニだってほのかな劣情を期待してしまう。
オリベルの顔が近づいてきた。トクントクンと心臓が早鐘を打つ。
だが、そこで彼は顔を逸らす。その視線の先には――。
「なっ……。えぇ! オリベル団長……。なんなんですか、この書類。さっきよりも増えてるじゃないですか」
ラウニが口にした『さっき』とは、彼女が書類をこの部屋に運んできたときのことだ。
「いや、体調が戻ったから急ぎの書類を片づけていたんだが、事務官長がやってきてな。追加で書類をおいていった。あ、今日中の案件だけは急いで終わらせて、事務官長に手渡した。だけど、これが明日中らしい」
明日中の書類はやっぱり机の上にこんもりと積んである。
「というわけで、この仕事が終わるまで、お前のことを帰すつもりはない」
「えぇっ」
(今夜は帰さないって、そういう意味なの?)
ラウニの心の声は、残念ながらオリベルには届かなかった。
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