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ソファの前に置かれているテーブルの上もきれいに片づいており、お茶を飲んだとかお菓子を食べたとか、そういった残滓も感じられない。
オリベルは仕事の合間にこのソファで休憩をとる。そして共にお菓子を食べようとラウニを誘うのだ。それがラウニにとって、ここで仕事をする上での楽しみの一つなのだが――。
(オリベル団長、どちらへ行かれたのかしら。まさか、この書類がイヤで逃げ出したとか?)
もう一度執務席に目を向ければ、紙の山がこんもりとできあがっている。
とにかく、オリベルを探そう。といっても、この部屋に隠れることのできる場所はない。
むしろ執務席の下くらいだろうか。そこをのぞき込んでももちろんオリベルはいなかった。むしろ身体の大きな彼がこの下に隠れていたとしたら、隠しきれないはず。
となるとオリベルがいそうなところは、隣の部屋しかない。
この執務室にはもう一つ部屋が設けられている。それは、寝泊まりするための部屋で、寝台も置かれ、さらには浴室や厠所までもが備え付けてある。
ラウニはその隣の部屋へと続く扉にじっと視線を向けた。
「くっ……、んっ……」
その部屋から、どこか苦しそうな声が聞こえてきた。やはりオリベルはこの部屋にいるようだ。
「ふぅ……、うぅ……」
ラウニは焦った。さぁっと身体中から血の気が引いたような気分になる。
(オリベル団長……。苦しんでいらっしゃる?)
具合が悪いのだろうか、それとも大きな怪我をしているのだろうか。嫌な想像がラウニの脳内を襲う。
オリベルのもとに向かおうと隣の部屋へと続く扉に手をのばすが、やはりいきなり開けるのは失礼だろう。
ノックをして、声をかける。
「オリベル団長。ラウニです。ご無事ですか?」
それでも返事はなく、中から漏れてくるのは彼の苦しそうな声だけ。きっと苦しすぎて返事もできないのだ。
ラウニは、ゴクリと喉を鳴らしてから扉を開ける。
少しだけしっとりとした空気が頬を包んだのは、人の体温と熱気を孕んでいるからだろう。
素早く室内を確認すると、寝台の上で横になっている身体の大きな男がいる。
間違いない、オリベルだ。
「オリベル団長……」
オリベルは寝台の上で丸くなり、苦しそうに呼吸をしていた。
「オリベル団長!」
ラウニは慌てて彼の側へと駆け寄った。スカートがばさばさと乱れるなどおかまいなしだ。
「オリベル団長、オリベル団長。どうされたのですか?」
顔をのぞきこむと、彼の瞼はきつく閉じられ、額には玉のような汗をびっちりとかいていた。
「……ラウニか?」
「は、はい。熱があるようですね。今、身体を冷やすものを準備いたします」
オリベルは息もあがり、顔も火照っている。暑いからか、上着は脱いだのだろう。寝台の下に乱暴に脱ぎ捨てられていた。
シャツの釦の上三つは外されているが、そこで力尽きたのか、今はもうぐったりとしている。ただそのシャツも汗が滲み、肌がすけて見えた。
「着替えたほうがよさそうですね」
そう声をかけたラウニは、てきぱきと動き始める。
オリベルがこのような状態だからって心配するだけでは何も始まらない。少しでも彼の負担を減らすような策を考えなければ。
桶に冷たい水をいれ、大きな手巾を浸した。それから着替えのシャツを用意する。
ラウニがこの部屋を訪れたのは、今が初めてではない。
オリベルがここに泊まった日の朝、彼を起こし、着替えさせ、朝食の用意をして、「仕事してください!」と喝を入れることが、月に一度から二度ほどあるからだ。
「お水、飲まれますか?」
これだけ汗をかいているのだから、まずは水分を取るのが先だろう。
「ああ、頼む……喉がからからで……」
そう言ったオリベルの声は、掠れていた。いったい、どのくらいの間、彼はこうやって苦しんでいたのだろうか。
水差しからグラスへ冷たい水を注ぐ。彼の身体を支えるようにして起こすと、布越しだというのに熱が伝わってきた。
「どうぞ」
「すまない……」
これほど弱ったオリベルを目にしたことなど、今まで一度もない。
いつだって彼は先頭に立ち、第五騎士団の面々を率いていた。
今日だって、敷地内に入り込んだはぐれ魔獣を率先して討伐してくれたのが、オリベルなのだ。
魔獣がいるこの国では、第五騎士団が魔獣討伐を行っている。
魔獣とは、人にはない力をもつ獣で、口から火を吐いたり、氷の玉を投げつけてきたりして凶暴性がある。人の生活を脅かすのが魔獣という存在なのだ。
魔獣は臆病で用心深く群れるため、人が集まって生活している場には姿を現さない。人のいない街道を移動するときなどは、気をつけなければならないが、そういった場合は護衛を伴うのが圧倒的に多い。
そんな魔獣であっても、群れからはぐれて人の生活圏に入り込んでしまう場合がある。
孤独な魔獣は、目に入るものすべてを敵とみなし、攻撃しながらも逃げていく。そういった魔獣をはぐれ魔獣と呼んでいるのだが、そのはぐれ魔獣が騎士団屯所の敷地内に入り込んできた。
オリベルは仕事の合間にこのソファで休憩をとる。そして共にお菓子を食べようとラウニを誘うのだ。それがラウニにとって、ここで仕事をする上での楽しみの一つなのだが――。
(オリベル団長、どちらへ行かれたのかしら。まさか、この書類がイヤで逃げ出したとか?)
もう一度執務席に目を向ければ、紙の山がこんもりとできあがっている。
とにかく、オリベルを探そう。といっても、この部屋に隠れることのできる場所はない。
むしろ執務席の下くらいだろうか。そこをのぞき込んでももちろんオリベルはいなかった。むしろ身体の大きな彼がこの下に隠れていたとしたら、隠しきれないはず。
となるとオリベルがいそうなところは、隣の部屋しかない。
この執務室にはもう一つ部屋が設けられている。それは、寝泊まりするための部屋で、寝台も置かれ、さらには浴室や厠所までもが備え付けてある。
ラウニはその隣の部屋へと続く扉にじっと視線を向けた。
「くっ……、んっ……」
その部屋から、どこか苦しそうな声が聞こえてきた。やはりオリベルはこの部屋にいるようだ。
「ふぅ……、うぅ……」
ラウニは焦った。さぁっと身体中から血の気が引いたような気分になる。
(オリベル団長……。苦しんでいらっしゃる?)
具合が悪いのだろうか、それとも大きな怪我をしているのだろうか。嫌な想像がラウニの脳内を襲う。
オリベルのもとに向かおうと隣の部屋へと続く扉に手をのばすが、やはりいきなり開けるのは失礼だろう。
ノックをして、声をかける。
「オリベル団長。ラウニです。ご無事ですか?」
それでも返事はなく、中から漏れてくるのは彼の苦しそうな声だけ。きっと苦しすぎて返事もできないのだ。
ラウニは、ゴクリと喉を鳴らしてから扉を開ける。
少しだけしっとりとした空気が頬を包んだのは、人の体温と熱気を孕んでいるからだろう。
素早く室内を確認すると、寝台の上で横になっている身体の大きな男がいる。
間違いない、オリベルだ。
「オリベル団長……」
オリベルは寝台の上で丸くなり、苦しそうに呼吸をしていた。
「オリベル団長!」
ラウニは慌てて彼の側へと駆け寄った。スカートがばさばさと乱れるなどおかまいなしだ。
「オリベル団長、オリベル団長。どうされたのですか?」
顔をのぞきこむと、彼の瞼はきつく閉じられ、額には玉のような汗をびっちりとかいていた。
「……ラウニか?」
「は、はい。熱があるようですね。今、身体を冷やすものを準備いたします」
オリベルは息もあがり、顔も火照っている。暑いからか、上着は脱いだのだろう。寝台の下に乱暴に脱ぎ捨てられていた。
シャツの釦の上三つは外されているが、そこで力尽きたのか、今はもうぐったりとしている。ただそのシャツも汗が滲み、肌がすけて見えた。
「着替えたほうがよさそうですね」
そう声をかけたラウニは、てきぱきと動き始める。
オリベルがこのような状態だからって心配するだけでは何も始まらない。少しでも彼の負担を減らすような策を考えなければ。
桶に冷たい水をいれ、大きな手巾を浸した。それから着替えのシャツを用意する。
ラウニがこの部屋を訪れたのは、今が初めてではない。
オリベルがここに泊まった日の朝、彼を起こし、着替えさせ、朝食の用意をして、「仕事してください!」と喝を入れることが、月に一度から二度ほどあるからだ。
「お水、飲まれますか?」
これだけ汗をかいているのだから、まずは水分を取るのが先だろう。
「ああ、頼む……喉がからからで……」
そう言ったオリベルの声は、掠れていた。いったい、どのくらいの間、彼はこうやって苦しんでいたのだろうか。
水差しからグラスへ冷たい水を注ぐ。彼の身体を支えるようにして起こすと、布越しだというのに熱が伝わってきた。
「どうぞ」
「すまない……」
これほど弱ったオリベルを目にしたことなど、今まで一度もない。
いつだって彼は先頭に立ち、第五騎士団の面々を率いていた。
今日だって、敷地内に入り込んだはぐれ魔獣を率先して討伐してくれたのが、オリベルなのだ。
魔獣がいるこの国では、第五騎士団が魔獣討伐を行っている。
魔獣とは、人にはない力をもつ獣で、口から火を吐いたり、氷の玉を投げつけてきたりして凶暴性がある。人の生活を脅かすのが魔獣という存在なのだ。
魔獣は臆病で用心深く群れるため、人が集まって生活している場には姿を現さない。人のいない街道を移動するときなどは、気をつけなければならないが、そういった場合は護衛を伴うのが圧倒的に多い。
そんな魔獣であっても、群れからはぐれて人の生活圏に入り込んでしまう場合がある。
孤独な魔獣は、目に入るものすべてを敵とみなし、攻撃しながらも逃げていく。そういった魔獣をはぐれ魔獣と呼んでいるのだが、そのはぐれ魔獣が騎士団屯所の敷地内に入り込んできた。
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