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ソリジャ国の王立騎士団が常駐している屯所は、アイボリーの外壁にワインレッドの屋根が映える三階建ての横に長い建物である。ここで騎士団に所属する騎士らと、彼らを支える事務官たちが仕事をこなしていた。
この建物の裏手には整備された庭が広がっており、騎士らはそこで訓練に励む。
その屯所の三階、重厚な扉の前で、事務官服を身に着けている女性――ラウニ・バサラは片手で書類を抱きかかえて姿勢を正した。藍色の瞳を大きく見開いて、ここが目的の場所であることを確認する。
この部屋は第五騎士団団長を務めているオリベル・ニッカネの執務室。
事務官下っ端のラウニは、先輩事務官からこの書類をオリベルに手渡すようにと指示さていた。そしてそのまま彼の仕事の補佐に入るようにとも言われている。
なぜなら、オリベルが書類仕事を溜め込んでいるからだ。どうやら彼はこういった書類仕事が苦手なようだ。
南の窓から差し込む光は、回廊に短い影を作る。それでも急いで仕事を終わらせなければ、定刻を迎えてしまうだろう。なによりも、「明日まで提出」の書類が多い。
第五騎士団は他の四つの騎士団と違い、平民で成り立っている団だ。
だから同じ騎士団であっても、どこか無意識的に事務官たちも避けていた。というのも、他の第一から第四に所属している騎士らは貴族の血筋の者たちで構成されている。そして侍女や事務官として働いている女性も貴族令嬢が多い。いや、もちろんそうでもない女性も中にはいるが、そんな彼女たちが結婚相手にと望むのであれば、そちら――つまり第五騎士団以外の男性を狙う。
ようするに、第五騎士団の連中と親しくなる時間があるのなら、その時間を第一から第四騎士団の面々とお近づきになる時間にあてたいと思うらしい。
さらにその中でも第一騎士団は花形の近衛騎士隊。だから第一騎士団の仕事が入れば、皆が我こそはと名乗りをあげる。
そのため下っ端事務官のラウニには、この第五騎士団への仕事がいつも回ってくるのだ。
しかしラウニは、第五騎士団の執務室に来るのが一番の楽しみでもあった。
なぜなら団長がオリベルだからだ。彼は孤児であったものの、子どものいないニッカネ商会の会長夫妻の養子として引き取られた。
ニッカネ商会長は跡継ぎにと思ってオリベルを引き取ったらしいのだが、彼を引き取ってから三年後に子宝に恵まれた。
その結果、オリベルは騎士を目指したとも聞いている。彼は年の離れた弟とも良好な関係を築いているとか。
そんなオリベルは二十四歳という若さで第五騎士団の団長の座についた。
現在は団長になって二年目。短く切り揃えてある黒髪と、夜空のような紺色の瞳が印象的な男性だ。もちろん、騎士団の団長に相応しく身体は鍛えられていて背も高く、小柄なラウニはいつも見上げるようにして彼に話しかけていた。
ラウニだって騎士団の事務官として務めているため、男爵令嬢という貴族の端くれである。
それでも生まれた時はただの商人の娘であった。
父親が商才に長け、一代で財を築き上げたことによって、ラウニが十五歳のときに父親が男爵位を授かった。つまり、ラウニはなんちゃって男爵令嬢なのだ。貴族と名乗り始めてやっと四年。それでもまだ慣れない。
ラウニは一つに束ねた赤茶色の髪を手櫛で整えてから深く息を吐き、目の前の扉を叩いた。
やはりオリベルと会うのであれば、少しは見目を整えておきたいという気持ちが無意識に働いたのだろう。
――トントントントン。
だが返事はない。この時間であればオリベルは執務室にいるはず。
だからこの書類を頼まれたのだ。何がなんでも今日中に目をとおしてもらうようにと、事務官長からも言われている。遅くても明日まで、だそうだ。
つまり、この書類にオリベルから押印をもらわなければ、ラウニは帰れない。
もう一度扉を叩くが、やはり中からの返事はない。
ラウニが扉のノブに手をかけると、ひやっとした感覚が手のひらを覆う。なぜか、不安な気持ちが心の中にポツンと生まれた。
どうやら扉に鍵はかけられていない。となれば、中に彼はいるはずなのだが――。
「失礼します。事務官のラウニ・バサラです」
そう声をかけて、ラウニは勝手に室内に入る。オリベルはこのようなことで怒りはしない。それが許されるのもラウニだからだ。
部屋が開いていたにもかかわらず、ここにオリベルの気配はしなかった。彼の執務用の机の上には、山のように書類が積み重ねられている。
ラウニは手にしていた追加の書類の束を、微かに隙間があった机の上にドンと置いた。
「オリベル団長。いらっしゃらないのですか?」
茶系統の色調でまとめられた執務室は、落ち着いた雰囲気がある。それでも執務用の机とソファと背の低い本棚が一つ置いてあるだけの単調な部屋。他の執務室と違い、壁に絵画等も飾られていない。こういったところが、オリベルらしさを感じられる。
この建物の裏手には整備された庭が広がっており、騎士らはそこで訓練に励む。
その屯所の三階、重厚な扉の前で、事務官服を身に着けている女性――ラウニ・バサラは片手で書類を抱きかかえて姿勢を正した。藍色の瞳を大きく見開いて、ここが目的の場所であることを確認する。
この部屋は第五騎士団団長を務めているオリベル・ニッカネの執務室。
事務官下っ端のラウニは、先輩事務官からこの書類をオリベルに手渡すようにと指示さていた。そしてそのまま彼の仕事の補佐に入るようにとも言われている。
なぜなら、オリベルが書類仕事を溜め込んでいるからだ。どうやら彼はこういった書類仕事が苦手なようだ。
南の窓から差し込む光は、回廊に短い影を作る。それでも急いで仕事を終わらせなければ、定刻を迎えてしまうだろう。なによりも、「明日まで提出」の書類が多い。
第五騎士団は他の四つの騎士団と違い、平民で成り立っている団だ。
だから同じ騎士団であっても、どこか無意識的に事務官たちも避けていた。というのも、他の第一から第四に所属している騎士らは貴族の血筋の者たちで構成されている。そして侍女や事務官として働いている女性も貴族令嬢が多い。いや、もちろんそうでもない女性も中にはいるが、そんな彼女たちが結婚相手にと望むのであれば、そちら――つまり第五騎士団以外の男性を狙う。
ようするに、第五騎士団の連中と親しくなる時間があるのなら、その時間を第一から第四騎士団の面々とお近づきになる時間にあてたいと思うらしい。
さらにその中でも第一騎士団は花形の近衛騎士隊。だから第一騎士団の仕事が入れば、皆が我こそはと名乗りをあげる。
そのため下っ端事務官のラウニには、この第五騎士団への仕事がいつも回ってくるのだ。
しかしラウニは、第五騎士団の執務室に来るのが一番の楽しみでもあった。
なぜなら団長がオリベルだからだ。彼は孤児であったものの、子どものいないニッカネ商会の会長夫妻の養子として引き取られた。
ニッカネ商会長は跡継ぎにと思ってオリベルを引き取ったらしいのだが、彼を引き取ってから三年後に子宝に恵まれた。
その結果、オリベルは騎士を目指したとも聞いている。彼は年の離れた弟とも良好な関係を築いているとか。
そんなオリベルは二十四歳という若さで第五騎士団の団長の座についた。
現在は団長になって二年目。短く切り揃えてある黒髪と、夜空のような紺色の瞳が印象的な男性だ。もちろん、騎士団の団長に相応しく身体は鍛えられていて背も高く、小柄なラウニはいつも見上げるようにして彼に話しかけていた。
ラウニだって騎士団の事務官として務めているため、男爵令嬢という貴族の端くれである。
それでも生まれた時はただの商人の娘であった。
父親が商才に長け、一代で財を築き上げたことによって、ラウニが十五歳のときに父親が男爵位を授かった。つまり、ラウニはなんちゃって男爵令嬢なのだ。貴族と名乗り始めてやっと四年。それでもまだ慣れない。
ラウニは一つに束ねた赤茶色の髪を手櫛で整えてから深く息を吐き、目の前の扉を叩いた。
やはりオリベルと会うのであれば、少しは見目を整えておきたいという気持ちが無意識に働いたのだろう。
――トントントントン。
だが返事はない。この時間であればオリベルは執務室にいるはず。
だからこの書類を頼まれたのだ。何がなんでも今日中に目をとおしてもらうようにと、事務官長からも言われている。遅くても明日まで、だそうだ。
つまり、この書類にオリベルから押印をもらわなければ、ラウニは帰れない。
もう一度扉を叩くが、やはり中からの返事はない。
ラウニが扉のノブに手をかけると、ひやっとした感覚が手のひらを覆う。なぜか、不安な気持ちが心の中にポツンと生まれた。
どうやら扉に鍵はかけられていない。となれば、中に彼はいるはずなのだが――。
「失礼します。事務官のラウニ・バサラです」
そう声をかけて、ラウニは勝手に室内に入る。オリベルはこのようなことで怒りはしない。それが許されるのもラウニだからだ。
部屋が開いていたにもかかわらず、ここにオリベルの気配はしなかった。彼の執務用の机の上には、山のように書類が積み重ねられている。
ラウニは手にしていた追加の書類の束を、微かに隙間があった机の上にドンと置いた。
「オリベル団長。いらっしゃらないのですか?」
茶系統の色調でまとめられた執務室は、落ち着いた雰囲気がある。それでも執務用の机とソファと背の低い本棚が一つ置いてあるだけの単調な部屋。他の執務室と違い、壁に絵画等も飾られていない。こういったところが、オリベルらしさを感じられる。
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