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婚約おめでとう(1)
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ポスッとマーティンは何かを抱きとめた。間違いなくそれはシャノンである。
――ナイスキャッチ。
そんな声が心の中に聞こえる。
「シャノン。大丈夫?」
シャノンは自分に起こった出来事を理解できていないのかもしれない。マーティンの腕の中、焦点の合わない目で雲に覆われた空を眺めている。
「大丈夫か?」
とマーティンが優しく声をかけると、シャノンの瞳の形がかわりマーティンの目を見つめる。そして、ゆっくりと頷いた。
「怖かったよね」とミレーヌが言う。
「うん、怖かった」とシャノン。
「もう、大丈夫だ」とマーティン。
その言葉にシャノンは安心したのか、ぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。それを隠すかのようにマーティンは彼女の身体を抱きなおす。すると、シャノンもマーティンの背中に手を回すと「怖かった、怖かった」と、声を出して泣いていた。
マーティンはそんな彼女に「もう大丈夫だから」と声をかけていた。
ミレーヌが屋上を見上げると、ルネが心配そうにこちらを見ていた。ミレーヌは彼女に向かって、頭の上で右手の指先と左手の指先をくっつけて、丸の形を作った。すると安心したのか、ルネはへなへなとその場に座り込んだ。
お嬢様たちは、下をのぞいてシャノンの様子を確認だけすると、エドガーの脇をすり抜けて逃げていったらしい。
エドガーは、座り込むルネに声をかけた。
「立てるか」
「はい」
「君は、女性か」
なぜかエドガーはそんなことを聞いていた。
「こんな身なりではありますが、一応」
一応、とつけてルネは答える。男性に間違えられること、女性かと確認されるようなことは、何も今に始まったことではない。
「そうか、では下に戻るとするか」
「はい」
ルネは自力で立ち上がり、エドガーの後ろを付いていく。
本来であれば、エドガーが手を差し伸べて彼女を立たせるところなのだろうが、他人に興味のないエドガーがそのような行為を行うするはずもない。ただ、この相手がミレーヌだったのであれば、別な形になったのかもしれない。
エドガーとルネが下に行くと、そこにはミレーヌしかいなかった。
「シャノンは、お兄様が医務室に連れていきました。ちょっと、気持ちが落ち着いていないみたいなので」
「ミレーヌ、ありがとう。シャノンが助かったのも、君のおかげだよ」
そう言ったルネはまた、ミレーヌに抱きついた。
「もう、ルネったら。落ち着いて」
どうどう、と暴れる馬をなだめるかのように、そのルネの背中を優しく撫でているミレーヌ。
なんか、見たことある光景だな、とエドガーは思う。ああ、あの時の、といつか前に目撃してしまった状況を思い出した。なんだ、と彼は一人、鼻で笑う。つまりあのときの相手は、彼女の数少ないこの友達だった、というわけか。
エドガーにとっては、喉につかえていた何かがすっと流れていくような感覚。
☆☆
「よ、エドガー」と、上機嫌のエドガーに対して、今日も陽気に声をかけてきたのはロビーだ。
昼休憩。
ロビーも食堂で食事をしようとやってきた。
「なんか、最近、機嫌がよくないか?」と、トレイをテーブルの上に置き、エドガーの向かいの席に座る。
「わかった、彼女とうまくやれてるんだろ」
エドガーはギロッとロビーに視線を向けた。
「なんだ、図星かよ。お前、わかりやすすぎるんだよ。で、どこまでいったんだ?」
「なぜ、お前に言わなければならんのだ?」
エドガーはジロリと再びロビーを睨んだ。
「だって、俺とお前の仲だろ」
「どういう仲だ?」
そのエドガーのツッコミは正しい。
「それを言われると答えられないんだけどな」
とロビーはそこでパンを口の中に放り込んだ。
エドガーがため息をついてから、口を開いた。
「父親を通して、婚約の申し込みをした」
エドガーは、なぜかそれを伝えないとこのロビーから解放されないような気がした。だからついつい口にしてしまった。
それを聞いたロビーは危うく、食べていたパンを喉に詰まらせるところであった。
「お前。いきなりかよ!」
そこへ、運よくなのか、騎士団長であるシラク公爵がやってくる。
「エドガー、食事中のところ悪いが。今日の訓練が終わったら、団長室へ来てほしい。ああ、立ち会いはロビーに任せよう。二人とも、訓練の後、団長室に来てくれ」
本当にそれだけを言って立ち去る。騎士団長とは忙しい立場にあるのだ。
「お前、団長に何をしたんだよ」と、小さな声でロビーが言う。
「だから、婚約の申し込みを」と、エドガーが答える。
「団長に?」
なぜこの男はすぐにこういうことを言うのだろう。
「んなわけあるか。団長の娘だ」
「え? 団長の娘って。あのゴリラのマーティンの妹ってことだろ? あのマーティンそっくりの」
「お前、失礼なヤツだな。立ち会いするなよ」
エドガーはさらにロビーを睨みつける。
「いや、団長に頼まれたからには立ち会う。マーティンの妹、見てみたい」
エドガーはもう一度、ギロッと睨んだ。
――ナイスキャッチ。
そんな声が心の中に聞こえる。
「シャノン。大丈夫?」
シャノンは自分に起こった出来事を理解できていないのかもしれない。マーティンの腕の中、焦点の合わない目で雲に覆われた空を眺めている。
「大丈夫か?」
とマーティンが優しく声をかけると、シャノンの瞳の形がかわりマーティンの目を見つめる。そして、ゆっくりと頷いた。
「怖かったよね」とミレーヌが言う。
「うん、怖かった」とシャノン。
「もう、大丈夫だ」とマーティン。
その言葉にシャノンは安心したのか、ぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。それを隠すかのようにマーティンは彼女の身体を抱きなおす。すると、シャノンもマーティンの背中に手を回すと「怖かった、怖かった」と、声を出して泣いていた。
マーティンはそんな彼女に「もう大丈夫だから」と声をかけていた。
ミレーヌが屋上を見上げると、ルネが心配そうにこちらを見ていた。ミレーヌは彼女に向かって、頭の上で右手の指先と左手の指先をくっつけて、丸の形を作った。すると安心したのか、ルネはへなへなとその場に座り込んだ。
お嬢様たちは、下をのぞいてシャノンの様子を確認だけすると、エドガーの脇をすり抜けて逃げていったらしい。
エドガーは、座り込むルネに声をかけた。
「立てるか」
「はい」
「君は、女性か」
なぜかエドガーはそんなことを聞いていた。
「こんな身なりではありますが、一応」
一応、とつけてルネは答える。男性に間違えられること、女性かと確認されるようなことは、何も今に始まったことではない。
「そうか、では下に戻るとするか」
「はい」
ルネは自力で立ち上がり、エドガーの後ろを付いていく。
本来であれば、エドガーが手を差し伸べて彼女を立たせるところなのだろうが、他人に興味のないエドガーがそのような行為を行うするはずもない。ただ、この相手がミレーヌだったのであれば、別な形になったのかもしれない。
エドガーとルネが下に行くと、そこにはミレーヌしかいなかった。
「シャノンは、お兄様が医務室に連れていきました。ちょっと、気持ちが落ち着いていないみたいなので」
「ミレーヌ、ありがとう。シャノンが助かったのも、君のおかげだよ」
そう言ったルネはまた、ミレーヌに抱きついた。
「もう、ルネったら。落ち着いて」
どうどう、と暴れる馬をなだめるかのように、そのルネの背中を優しく撫でているミレーヌ。
なんか、見たことある光景だな、とエドガーは思う。ああ、あの時の、といつか前に目撃してしまった状況を思い出した。なんだ、と彼は一人、鼻で笑う。つまりあのときの相手は、彼女の数少ないこの友達だった、というわけか。
エドガーにとっては、喉につかえていた何かがすっと流れていくような感覚。
☆☆
「よ、エドガー」と、上機嫌のエドガーに対して、今日も陽気に声をかけてきたのはロビーだ。
昼休憩。
ロビーも食堂で食事をしようとやってきた。
「なんか、最近、機嫌がよくないか?」と、トレイをテーブルの上に置き、エドガーの向かいの席に座る。
「わかった、彼女とうまくやれてるんだろ」
エドガーはギロッとロビーに視線を向けた。
「なんだ、図星かよ。お前、わかりやすすぎるんだよ。で、どこまでいったんだ?」
「なぜ、お前に言わなければならんのだ?」
エドガーはジロリと再びロビーを睨んだ。
「だって、俺とお前の仲だろ」
「どういう仲だ?」
そのエドガーのツッコミは正しい。
「それを言われると答えられないんだけどな」
とロビーはそこでパンを口の中に放り込んだ。
エドガーがため息をついてから、口を開いた。
「父親を通して、婚約の申し込みをした」
エドガーは、なぜかそれを伝えないとこのロビーから解放されないような気がした。だからついつい口にしてしまった。
それを聞いたロビーは危うく、食べていたパンを喉に詰まらせるところであった。
「お前。いきなりかよ!」
そこへ、運よくなのか、騎士団長であるシラク公爵がやってくる。
「エドガー、食事中のところ悪いが。今日の訓練が終わったら、団長室へ来てほしい。ああ、立ち会いはロビーに任せよう。二人とも、訓練の後、団長室に来てくれ」
本当にそれだけを言って立ち去る。騎士団長とは忙しい立場にあるのだ。
「お前、団長に何をしたんだよ」と、小さな声でロビーが言う。
「だから、婚約の申し込みを」と、エドガーが答える。
「団長に?」
なぜこの男はすぐにこういうことを言うのだろう。
「んなわけあるか。団長の娘だ」
「え? 団長の娘って。あのゴリラのマーティンの妹ってことだろ? あのマーティンそっくりの」
「お前、失礼なヤツだな。立ち会いするなよ」
エドガーはさらにロビーを睨みつける。
「いや、団長に頼まれたからには立ち会う。マーティンの妹、見てみたい」
エドガーはもう一度、ギロッと睨んだ。
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