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天の声(1)
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ミレーヌは幼い頃から天の声が聞こえていた。天の声と言ってもミレーヌがそう呼んでいるだけで、本当に天から聞こえる声ではない。ミレーヌの中のもう一人の声、と言った方が正しいのかもしれない。ミレーヌの心の中に直接語り掛けてくる声。それが天の声なのである。
――ミレーヌ、今日は天気がいいわね。
とか。
――ミレーヌ、この本は面白かったわね。
とか。
――ミレーヌ、この問題は難しいわね。
とか。
――ミレーヌ、このお菓子が好きでしょ。
とか。
本当にどうでもいい些細な声。その声が、ミレーヌの物心がついたときから聞こえていたのだ。
それに対して、ミレーヌも心の中で問いかけるという技を身につけた。
昔からその声が聞こえていたからそれが当たり前だと思っていたのだけれど、それとなく兄に問うと、不思議な顔をされた。だから、この声が聞こえるのは自分だけなのだろう、とそう思った。
ミレーヌが天の声に対して心の中で問いかけるようになったのは、本当に声に出してしまい大きな声で独り言を言ってしまうと、頭が寂しがりやの人と周囲から思われて、父も兄も文字通り飛んできてしまうから、である。昔から父も兄もミレーヌのことを溺愛していた。それは今も継続中。
そのため、天の声と話をするときは声に出さないようにして話す必要があった。
いつもそっと心の中で問いかける。
その天の声が、ミレーヌが六歳の時にこう言った。
――お父様をとめて。この大雨の中、出かけることをとめて。とにかく五分でいいから引き留めて。
その日は大雨だった。国内のいたるところで大雨による被害が出ているということで、当時騎士団の副団長であった父親は休暇中であるにも関わらず、招集をかけられた。急いで屋敷を出ようとする父親にミレーヌは泣きながら言った。
「お父様、行かないで。ミレーヌのことを置いて行かないで」
かわいい娘に泣かれてしまった父親は、一生懸命娘をなだめ、そして出かけようとする。とりあえず五分は泣き続けようと思っていたミレーヌ。それは、あの天の声が五分でもいいから引き留めてと言っていたからだ。この父親のことだから、行かないということは絶対にあり得ない。責任をもって任務にあたる。だから、ミレーヌはその『たったの五分』を引き留めることに全力を尽くた。
そのとき、外から従者が駆けこんできた。
「旦那様、大変です。この大雨でがけ崩れがおきて、王城への道がふさがれてしまいました。一歩間違えれば、危うく、あれに巻き込まれるところでしたよ」
(天の声がお父様を助けてくれた?)
幼いながらもミレーヌはそう思った。本当にたった五分引き留めただけなのに。
だからこのとき彼女は、父親の命の恩人である天の声に、これからも従おうと心に決めたのだ。
その天の声が再び、ミレーヌに助言をしたのは十三歳になろうとする年だった。
普段は何気ない話をしてくれる天の声。何をしなさい、これをしなさい、ということはあまり言わない。
だけど、そのときだけは違った。
――ミレーヌ。魔導科に進学しては絶対にダメ。必ず騎士科へ進学するのよ。
(どうして?)と、ミレーヌは心の中で尋ねる。こんなことを天の声が言うのが珍しかったから。
――皇族の婚約者は魔導科からって決まっているでしょ? あなたが魔導科に進学したら、何をしても、どうあがいても、あなたが第一皇子の婚約者に選ばれてしまうのよ。だから、最初から候補から外れる道を選択しなさい。
(わざと魔法が下手な振りをすればいいんじゃないの? 優秀な人しか選ばれないのでしょ?)
ミレーヌは思った。思うことでその声が天の声に通じる。
――それでもダメなのよ。あなたが魔導科に進学する限り、何をしても婚約者になってしまうの。
それはミレーヌにとって、衝撃的な内容だった。これがミレーヌでない女性であれば喜んだかもしれない。だって、何をしてもあの第一皇子の婚約者になることができるのだから。
(えー。それは嫌かも。だって、あの皇子。好みじゃないの。なよってるし)
という一般的な女性とはずれた考えを持つミレーヌ。
――わかってるわ。ミレーヌがあれを好んでないことは。でもね、何をしても婚約者に選ばれてしまうの。悲しみしかないわね。
どうやら天の声はミレーヌの好みまで把握しているらしい。
――そしてさらに、もう一つおまけがあるのよ。
(何、何?)
おまけ、という言葉には弱いお年頃だ。どんなおまけがついてくるのだろう、と変に期待をしてしまう。
――卒業する年にね、平民出の優秀な生徒が現れて、皇子はその娘に夢中になってしまうの。それでね、ミレーヌは婚約破棄されてしまうの。さらに、その娘に嫌がらせをした罰で、国外追放となってしまう。
(は? なんなの? その流行りの展開は)
ミレーヌは心の中で思い、天の声に語りかけた。
――そうなの。残念なことにミレーヌは流行りの展開にのってしまうのよ。だから、それを覆すには騎士科に進学して、騎士となる道を選ぶのが一番いいの。そうなれば、あの第一皇子の婚約者候補から外れるから。
という天の声からのお告げ。
――ミレーヌ、今日は天気がいいわね。
とか。
――ミレーヌ、この本は面白かったわね。
とか。
――ミレーヌ、この問題は難しいわね。
とか。
――ミレーヌ、このお菓子が好きでしょ。
とか。
本当にどうでもいい些細な声。その声が、ミレーヌの物心がついたときから聞こえていたのだ。
それに対して、ミレーヌも心の中で問いかけるという技を身につけた。
昔からその声が聞こえていたからそれが当たり前だと思っていたのだけれど、それとなく兄に問うと、不思議な顔をされた。だから、この声が聞こえるのは自分だけなのだろう、とそう思った。
ミレーヌが天の声に対して心の中で問いかけるようになったのは、本当に声に出してしまい大きな声で独り言を言ってしまうと、頭が寂しがりやの人と周囲から思われて、父も兄も文字通り飛んできてしまうから、である。昔から父も兄もミレーヌのことを溺愛していた。それは今も継続中。
そのため、天の声と話をするときは声に出さないようにして話す必要があった。
いつもそっと心の中で問いかける。
その天の声が、ミレーヌが六歳の時にこう言った。
――お父様をとめて。この大雨の中、出かけることをとめて。とにかく五分でいいから引き留めて。
その日は大雨だった。国内のいたるところで大雨による被害が出ているということで、当時騎士団の副団長であった父親は休暇中であるにも関わらず、招集をかけられた。急いで屋敷を出ようとする父親にミレーヌは泣きながら言った。
「お父様、行かないで。ミレーヌのことを置いて行かないで」
かわいい娘に泣かれてしまった父親は、一生懸命娘をなだめ、そして出かけようとする。とりあえず五分は泣き続けようと思っていたミレーヌ。それは、あの天の声が五分でもいいから引き留めてと言っていたからだ。この父親のことだから、行かないということは絶対にあり得ない。責任をもって任務にあたる。だから、ミレーヌはその『たったの五分』を引き留めることに全力を尽くた。
そのとき、外から従者が駆けこんできた。
「旦那様、大変です。この大雨でがけ崩れがおきて、王城への道がふさがれてしまいました。一歩間違えれば、危うく、あれに巻き込まれるところでしたよ」
(天の声がお父様を助けてくれた?)
幼いながらもミレーヌはそう思った。本当にたった五分引き留めただけなのに。
だからこのとき彼女は、父親の命の恩人である天の声に、これからも従おうと心に決めたのだ。
その天の声が再び、ミレーヌに助言をしたのは十三歳になろうとする年だった。
普段は何気ない話をしてくれる天の声。何をしなさい、これをしなさい、ということはあまり言わない。
だけど、そのときだけは違った。
――ミレーヌ。魔導科に進学しては絶対にダメ。必ず騎士科へ進学するのよ。
(どうして?)と、ミレーヌは心の中で尋ねる。こんなことを天の声が言うのが珍しかったから。
――皇族の婚約者は魔導科からって決まっているでしょ? あなたが魔導科に進学したら、何をしても、どうあがいても、あなたが第一皇子の婚約者に選ばれてしまうのよ。だから、最初から候補から外れる道を選択しなさい。
(わざと魔法が下手な振りをすればいいんじゃないの? 優秀な人しか選ばれないのでしょ?)
ミレーヌは思った。思うことでその声が天の声に通じる。
――それでもダメなのよ。あなたが魔導科に進学する限り、何をしても婚約者になってしまうの。
それはミレーヌにとって、衝撃的な内容だった。これがミレーヌでない女性であれば喜んだかもしれない。だって、何をしてもあの第一皇子の婚約者になることができるのだから。
(えー。それは嫌かも。だって、あの皇子。好みじゃないの。なよってるし)
という一般的な女性とはずれた考えを持つミレーヌ。
――わかってるわ。ミレーヌがあれを好んでないことは。でもね、何をしても婚約者に選ばれてしまうの。悲しみしかないわね。
どうやら天の声はミレーヌの好みまで把握しているらしい。
――そしてさらに、もう一つおまけがあるのよ。
(何、何?)
おまけ、という言葉には弱いお年頃だ。どんなおまけがついてくるのだろう、と変に期待をしてしまう。
――卒業する年にね、平民出の優秀な生徒が現れて、皇子はその娘に夢中になってしまうの。それでね、ミレーヌは婚約破棄されてしまうの。さらに、その娘に嫌がらせをした罰で、国外追放となってしまう。
(は? なんなの? その流行りの展開は)
ミレーヌは心の中で思い、天の声に語りかけた。
――そうなの。残念なことにミレーヌは流行りの展開にのってしまうのよ。だから、それを覆すには騎士科に進学して、騎士となる道を選ぶのが一番いいの。そうなれば、あの第一皇子の婚約者候補から外れるから。
という天の声からのお告げ。
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