2 / 30
騎士か魔導士か(2)
しおりを挟む
「何、騎士科に進学したいだと?」
シラク公爵の声が、屋敷中に響いた。
その声に驚いて、屋敷の一室で昼寝していた猫がにゃーにゃー言い出し、外を走り回っている犬がわんわん吠え出した。もはや、人間の声とは思えない声だと動物も認識したらしい。
「はい、お父様。私、ミレーヌは、騎士科に進学を希望します。騎士科へ進学し、お父様やお兄様のような立派な騎士になりたいと思っています」
姿勢を正し、両手をぴしっと伸ばした気を付けの姿勢をして、人間の声とは思えない声を発した父をじっと見据えて、ミレーヌは言った。
「ミレーヌ」
父親から名を呼ばれた。その声が鋭く聞こえたため、さらにミレーヌは背筋を伸ばしてしまった。背中に緊張が走る。もしかして怒られるのだろうか、という気持ちもあった。考え直せ、と。
「はい」
少し強張った面持ちでミレーヌは返事をした。
「父や兄のようにと……。とても嬉しいじゃないか」
父よ、仮にもあなたは騎士団長です。これくらいのことで泣くのはおやめください。とミレーヌが思ったということは、父親が号泣しているからである。
もう、目と鼻からありとあらゆる液体が流れている。先ほどまでの緊張を返して欲しい。とミレーヌは小さく息を吐いた。
「しかし、ミレーヌ。いいのか?」
兄が口を挟む。
「何を、ですか?」
「皇族の婚約者候補にかすりもしないぞ? 婚約者は魔導科から、と決まっている」
そう、決まっている。昔から決まっていること。もちろんミレーヌも知っている。
「はい。存じております。その婚約者候補になりたくないから、騎士科に行くのです」
彼女の本音が駄々洩れしてしまった。皇族の婚約者になりたくない、という本音が。もう少し包んで口にすべきだったか、と思ったがそれを取り繕うかのように。
「私は、お父様やお兄様のような騎士と結婚したいのです」
また、ぴしっと姿勢を正して、今度は兄の顔を見据えてミレーヌが言った。
「ミレーヌ……」
兄よ、あなたも第五騎士隊の副隊長ではありませんか。それくらいのことで泣くのはおやめください。と、ミレーヌが思ってしまったということは、この兄も大泣きし始めたということで。
父と兄が、声をあげてうぉんうぉんと泣いていた。
いまだに猫はにゃーにゃー鳴いているし、犬もわんわんと吠えている。そこに大の男がうぉんうぉんと泣いているものだから、もはや、何の鳴き声なのかもわからなくなってしまっていた。ここに母親がいてくれれば、なんとか二人を止めてくれたかもしれない。だけど、母親は不在。言うべきタイミングを間違えたか、と思わずミレーヌが後悔してしまったほど。
そしてミレーヌは、二人をこんなに泣かせてしまったことに心が痛んだ。
心が痛む理由としては『騎士と結婚したい』というのは、実は嘘だから、だ。
それを嘘だと明かしてしまうと、今度は違う意味で泣かれてしまうと思ったミレーヌは嘘をつき通すことにした。『騎士と結婚したい』ということにしておく。
そんなミレーヌの本音だが、本当はあの第一皇子と結婚したくないから、である。嘘である『騎士と結婚したい』というのは『ついで』にしておくことにした。そのうち嘘でなくなることを祈って。
さて、ミレーヌがあの第一皇子と結婚したくない理由だが、それは彼が好みではないから、である。特に顔が。ついでにいうと、性格も。
恐らく、皇子は可愛い顔をしているのだと思う。だけど、ミレーヌにとっては好みではない。もっとこう、男らしい、キリっとした顔立ちが好みなのだ。
まあ、皇子もミレーヌのことをどう思っているか、もしくはミレーヌを認識しているのかどうかもわからないのだが、とにかくミレーヌはあの皇子が好みではない。それだけは事実。本音。
というのも、父も兄も顔立ちが優しい。もしかしたら無いものねだり、なのかもしれない。キリっとした男性に憧れを抱く。可愛い、優しい男性よりも、男らしくキリっとした男性に。
ついでにいうと、皇子の性格はなよっとしている。なよなよ系。あまりにもなよなよしていて、風が吹いたら飛ばされてしまうんじゃないかと、常々思っていた。
そういえば以前、第一皇子が何かにつまずいて転んでいた。
それを目撃した同年代のご令嬢たちが我こそはと群がり、「殿下、お怪我はありませんか」なんて、手を差し出していた。ミレーヌとしては、転ぶ前に踏ん張って欲しいところなのだが。
そして、最後にもう一つ。
そんな好みの問題とは別に、第一皇子の婚約者に選ばれてはならない最大の理由がミレーヌにはあった。
シラク公爵の声が、屋敷中に響いた。
その声に驚いて、屋敷の一室で昼寝していた猫がにゃーにゃー言い出し、外を走り回っている犬がわんわん吠え出した。もはや、人間の声とは思えない声だと動物も認識したらしい。
「はい、お父様。私、ミレーヌは、騎士科に進学を希望します。騎士科へ進学し、お父様やお兄様のような立派な騎士になりたいと思っています」
姿勢を正し、両手をぴしっと伸ばした気を付けの姿勢をして、人間の声とは思えない声を発した父をじっと見据えて、ミレーヌは言った。
「ミレーヌ」
父親から名を呼ばれた。その声が鋭く聞こえたため、さらにミレーヌは背筋を伸ばしてしまった。背中に緊張が走る。もしかして怒られるのだろうか、という気持ちもあった。考え直せ、と。
「はい」
少し強張った面持ちでミレーヌは返事をした。
「父や兄のようにと……。とても嬉しいじゃないか」
父よ、仮にもあなたは騎士団長です。これくらいのことで泣くのはおやめください。とミレーヌが思ったということは、父親が号泣しているからである。
もう、目と鼻からありとあらゆる液体が流れている。先ほどまでの緊張を返して欲しい。とミレーヌは小さく息を吐いた。
「しかし、ミレーヌ。いいのか?」
兄が口を挟む。
「何を、ですか?」
「皇族の婚約者候補にかすりもしないぞ? 婚約者は魔導科から、と決まっている」
そう、決まっている。昔から決まっていること。もちろんミレーヌも知っている。
「はい。存じております。その婚約者候補になりたくないから、騎士科に行くのです」
彼女の本音が駄々洩れしてしまった。皇族の婚約者になりたくない、という本音が。もう少し包んで口にすべきだったか、と思ったがそれを取り繕うかのように。
「私は、お父様やお兄様のような騎士と結婚したいのです」
また、ぴしっと姿勢を正して、今度は兄の顔を見据えてミレーヌが言った。
「ミレーヌ……」
兄よ、あなたも第五騎士隊の副隊長ではありませんか。それくらいのことで泣くのはおやめください。と、ミレーヌが思ってしまったということは、この兄も大泣きし始めたということで。
父と兄が、声をあげてうぉんうぉんと泣いていた。
いまだに猫はにゃーにゃー鳴いているし、犬もわんわんと吠えている。そこに大の男がうぉんうぉんと泣いているものだから、もはや、何の鳴き声なのかもわからなくなってしまっていた。ここに母親がいてくれれば、なんとか二人を止めてくれたかもしれない。だけど、母親は不在。言うべきタイミングを間違えたか、と思わずミレーヌが後悔してしまったほど。
そしてミレーヌは、二人をこんなに泣かせてしまったことに心が痛んだ。
心が痛む理由としては『騎士と結婚したい』というのは、実は嘘だから、だ。
それを嘘だと明かしてしまうと、今度は違う意味で泣かれてしまうと思ったミレーヌは嘘をつき通すことにした。『騎士と結婚したい』ということにしておく。
そんなミレーヌの本音だが、本当はあの第一皇子と結婚したくないから、である。嘘である『騎士と結婚したい』というのは『ついで』にしておくことにした。そのうち嘘でなくなることを祈って。
さて、ミレーヌがあの第一皇子と結婚したくない理由だが、それは彼が好みではないから、である。特に顔が。ついでにいうと、性格も。
恐らく、皇子は可愛い顔をしているのだと思う。だけど、ミレーヌにとっては好みではない。もっとこう、男らしい、キリっとした顔立ちが好みなのだ。
まあ、皇子もミレーヌのことをどう思っているか、もしくはミレーヌを認識しているのかどうかもわからないのだが、とにかくミレーヌはあの皇子が好みではない。それだけは事実。本音。
というのも、父も兄も顔立ちが優しい。もしかしたら無いものねだり、なのかもしれない。キリっとした男性に憧れを抱く。可愛い、優しい男性よりも、男らしくキリっとした男性に。
ついでにいうと、皇子の性格はなよっとしている。なよなよ系。あまりにもなよなよしていて、風が吹いたら飛ばされてしまうんじゃないかと、常々思っていた。
そういえば以前、第一皇子が何かにつまずいて転んでいた。
それを目撃した同年代のご令嬢たちが我こそはと群がり、「殿下、お怪我はありませんか」なんて、手を差し出していた。ミレーヌとしては、転ぶ前に踏ん張って欲しいところなのだが。
そして、最後にもう一つ。
そんな好みの問題とは別に、第一皇子の婚約者に選ばれてはならない最大の理由がミレーヌにはあった。
57
お気に入りに追加
1,657
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。
王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。
貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。
だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる