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弓をかまえた騎士達が、一斉にエルランドにその矢を向ける。矢の先には、間違いなく毒薬が塗られている。動きを鈍らせ、徐々に命を奪う毒薬だ。解毒薬は、撃たれてから十分以内に飲まなければならないと言われている毒薬。
「やめて」
ファンヌはクラウスの腕の下をすり抜けて、エルランドを庇うかのように抱き着いた。
暴れていたエルランドの動きが、鈍くなる。
「今だ、撃て」
「父上。ファンヌが」
「構わん。いろいろと目をかけてやったのに、恩を忘れているようだ。獣を庇うような女性が、お前の相手に相応しいとは思えない」
ヒュンと矢が放たれる音がする。これから起こるであろう衝撃にファンヌは身体を強張らせ、目を瞑った。
ぐっとエルランドを抱き締める腕に力を込める。
だが、くるはずの衝撃がこない。
矢が放たれる音はした。
恐る恐るファンヌが目を開けると、矢はファンヌたちを取り囲むようにして、その場で停止していた。空中に浮いたままで。
(何……? 何が起こっているの?)
そこだけ、時間が止まったかのようにも見えた。
エルランドも見えない力によって、動きを封じられているようだ。全身をファンヌに預けるようにして、身体中の力が抜けていく。ぐっとファンヌの身体に彼の重みが加わった。
このような攻撃から身を守れる魔法を使うことは、ファンヌにはできない。むしろ、『国家魔術師』と呼ばれる者たちの一部の人間しか使うことができないはずだ。
「遅くなって悪かったな、ファンヌ。やっぱり、救世主は遅れて登場しないとな」
会場内に響いた声。それはファンヌも良く知っている声。幼い時から知っている。いや、途中で声変わりをしたから、その声を聞くようになったのはここ十年ほど。
「お兄様」
会場の前方の扉から入ってきたのは、ハンネスだった。他に、幾人かの騎士を従えているようにも見えた。
「これで、役者は揃ったわけだね」
自らを救世主呼ばわりしたハンネスは、リヴァス国王を鋭く見つめていた。
「さて、国王陛下。私は、あなたの首を取りに来ました」
反逆罪と捕らえられてしまってもおかしくないようなことを、ハンネスは平気で口にしているし、口調もどことなく軽い。重い空気も軽くしてしまうのが、ハンネスなのだ。
「ふっ。何を言うかと思えば。オグレン家の跡継ぎという者が、どうやら頭は足りないようだな」
「頭が足りない。それは、国王陛下の方ではありませんかね? 私の後方にいる彼らに、見覚えはありませんか?」
ハンネスの言葉によって先に気づいたのは、騎士団に所属していた騎士たちだった。
「お、お前たち……」
「そう。以前は、王国騎士団に所属していた騎士たちです。ですが、それを辞めたため、オグレン侯爵家で私兵団として雇ったわけです。今、この部屋の外は、元騎士団所属であった私兵団が囲んでいますよ」
その意味を理解した国王は、悔しそうに顔を歪める。
「何が望みだ」
静かに言葉を放った。
「ですから、あなたの首を。あなたは、このリヴァスの国王に相応しくない」
「ふっ。私が相応しくない? だったら、代わりに誰を国王にするのだ? 私が相応しくないのであれば、他の者も相応しいとは言えないだろう」
順当にいけば、次期国王は王太子であるクラウスだ。だが、国王がこうなっている以上、彼を国王にという声も潰えてしまうのが目に見えている。
「残念ながら、王族の血を引く者が先ほどからここにいるんですよね。オグレン侯爵家は、彼をリヴァスの国王とするため、こうやってあなたの首を取りにきたわけです」
ギリギリと唇を噛みしめる国王は、その顔に悔しそうな色をにじませている。
フードを深くかぶった男が一歩前に出る。フードを脱ぐような仕草に目を奪われる。
「久しぶりですね、兄さん。本当はここに戻るつもりはなかったのですがね」
「オスモか……。貴様が、私の首を取ると?」
フードの下から現れた顔は、ベロテニアの王宮薬師であるオスモだ。
国王の言葉に、オスモは首を横に振る。
「そういう汚い仕事は、臣下にやらせるものなのですよ。……ハンネス」
先ほどから彼らのやり取りを見ているファンヌは、腕の中で大人しくなっているエルランドをぐっと抱きしめた。
オスモはリヴァス国王の弟だった。だから、初めて彼と出会ったとき、どこかで会ったことのあるような懐かしい感覚に襲われたのだ。よく見れば、オスモはリヴァスの国王と似ている顔立ちをしている。
「お前たち、何をしている。さっさとオスモを捕らえろ」
国王は声を張り上げるが、その場にいる騎士の誰一人として動くことはできなかった。
「無駄ですよ。彼らは私の魔法によって、動くことができませんから」
ハンネスは、長剣を鞘から抜き、一歩、また一歩と国王の元に近づく。
オスモはその様子をじっと見ている。ファンヌもハンネスから目を逸らすことができない。
「兄さんは、いつから変わってしまったのですか?」
オスモの問いに国王は答えない。
「あなたはベロテニアを敵に回すおつもりですか? ベロテニアが本気を出したら、この国などすぐに亡びる。何しろ、彼らは獣人の血を引く者たちなのだから」
そこでオスモは目を伏せた。
ハンネスが手にしている長剣が光に反射する。
「リヴァス国王。懺悔の時間は必要ですか? 我が主の命令です」
ハンネスの冷ややかな声が響いた。
「さようなら、リヴァス国王」
そう言ってハンネスが剣を振り上げた時、すっと動く人影があった。
先ほどはファンヌを庇い、そして今、父である国王を庇おうとしているのはクラウスだ。
「どうか……。どうか、父の命だけは……」
クラウスの声は震えていた。ハンネスは、剣の先をクラウスに向けたまま。
「クラウス殿下。そのような行動ができるというのに、妹の気持ちにはどうして心を傾けることができなかったのですか?」
クラウスは唇を噛みしめただけで、口を開くことはなかった。
「やめて」
ファンヌはクラウスの腕の下をすり抜けて、エルランドを庇うかのように抱き着いた。
暴れていたエルランドの動きが、鈍くなる。
「今だ、撃て」
「父上。ファンヌが」
「構わん。いろいろと目をかけてやったのに、恩を忘れているようだ。獣を庇うような女性が、お前の相手に相応しいとは思えない」
ヒュンと矢が放たれる音がする。これから起こるであろう衝撃にファンヌは身体を強張らせ、目を瞑った。
ぐっとエルランドを抱き締める腕に力を込める。
だが、くるはずの衝撃がこない。
矢が放たれる音はした。
恐る恐るファンヌが目を開けると、矢はファンヌたちを取り囲むようにして、その場で停止していた。空中に浮いたままで。
(何……? 何が起こっているの?)
そこだけ、時間が止まったかのようにも見えた。
エルランドも見えない力によって、動きを封じられているようだ。全身をファンヌに預けるようにして、身体中の力が抜けていく。ぐっとファンヌの身体に彼の重みが加わった。
このような攻撃から身を守れる魔法を使うことは、ファンヌにはできない。むしろ、『国家魔術師』と呼ばれる者たちの一部の人間しか使うことができないはずだ。
「遅くなって悪かったな、ファンヌ。やっぱり、救世主は遅れて登場しないとな」
会場内に響いた声。それはファンヌも良く知っている声。幼い時から知っている。いや、途中で声変わりをしたから、その声を聞くようになったのはここ十年ほど。
「お兄様」
会場の前方の扉から入ってきたのは、ハンネスだった。他に、幾人かの騎士を従えているようにも見えた。
「これで、役者は揃ったわけだね」
自らを救世主呼ばわりしたハンネスは、リヴァス国王を鋭く見つめていた。
「さて、国王陛下。私は、あなたの首を取りに来ました」
反逆罪と捕らえられてしまってもおかしくないようなことを、ハンネスは平気で口にしているし、口調もどことなく軽い。重い空気も軽くしてしまうのが、ハンネスなのだ。
「ふっ。何を言うかと思えば。オグレン家の跡継ぎという者が、どうやら頭は足りないようだな」
「頭が足りない。それは、国王陛下の方ではありませんかね? 私の後方にいる彼らに、見覚えはありませんか?」
ハンネスの言葉によって先に気づいたのは、騎士団に所属していた騎士たちだった。
「お、お前たち……」
「そう。以前は、王国騎士団に所属していた騎士たちです。ですが、それを辞めたため、オグレン侯爵家で私兵団として雇ったわけです。今、この部屋の外は、元騎士団所属であった私兵団が囲んでいますよ」
その意味を理解した国王は、悔しそうに顔を歪める。
「何が望みだ」
静かに言葉を放った。
「ですから、あなたの首を。あなたは、このリヴァスの国王に相応しくない」
「ふっ。私が相応しくない? だったら、代わりに誰を国王にするのだ? 私が相応しくないのであれば、他の者も相応しいとは言えないだろう」
順当にいけば、次期国王は王太子であるクラウスだ。だが、国王がこうなっている以上、彼を国王にという声も潰えてしまうのが目に見えている。
「残念ながら、王族の血を引く者が先ほどからここにいるんですよね。オグレン侯爵家は、彼をリヴァスの国王とするため、こうやってあなたの首を取りにきたわけです」
ギリギリと唇を噛みしめる国王は、その顔に悔しそうな色をにじませている。
フードを深くかぶった男が一歩前に出る。フードを脱ぐような仕草に目を奪われる。
「久しぶりですね、兄さん。本当はここに戻るつもりはなかったのですがね」
「オスモか……。貴様が、私の首を取ると?」
フードの下から現れた顔は、ベロテニアの王宮薬師であるオスモだ。
国王の言葉に、オスモは首を横に振る。
「そういう汚い仕事は、臣下にやらせるものなのですよ。……ハンネス」
先ほどから彼らのやり取りを見ているファンヌは、腕の中で大人しくなっているエルランドをぐっと抱きしめた。
オスモはリヴァス国王の弟だった。だから、初めて彼と出会ったとき、どこかで会ったことのあるような懐かしい感覚に襲われたのだ。よく見れば、オスモはリヴァスの国王と似ている顔立ちをしている。
「お前たち、何をしている。さっさとオスモを捕らえろ」
国王は声を張り上げるが、その場にいる騎士の誰一人として動くことはできなかった。
「無駄ですよ。彼らは私の魔法によって、動くことができませんから」
ハンネスは、長剣を鞘から抜き、一歩、また一歩と国王の元に近づく。
オスモはその様子をじっと見ている。ファンヌもハンネスから目を逸らすことができない。
「兄さんは、いつから変わってしまったのですか?」
オスモの問いに国王は答えない。
「あなたはベロテニアを敵に回すおつもりですか? ベロテニアが本気を出したら、この国などすぐに亡びる。何しろ、彼らは獣人の血を引く者たちなのだから」
そこでオスモは目を伏せた。
ハンネスが手にしている長剣が光に反射する。
「リヴァス国王。懺悔の時間は必要ですか? 我が主の命令です」
ハンネスの冷ややかな声が響いた。
「さようなら、リヴァス国王」
そう言ってハンネスが剣を振り上げた時、すっと動く人影があった。
先ほどはファンヌを庇い、そして今、父である国王を庇おうとしているのはクラウスだ。
「どうか……。どうか、父の命だけは……」
クラウスの声は震えていた。ハンネスは、剣の先をクラウスに向けたまま。
「クラウス殿下。そのような行動ができるというのに、妹の気持ちにはどうして心を傾けることができなかったのですか?」
クラウスは唇を噛みしめただけで、口を開くことはなかった。
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