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図書館はこの建物の隣にある。入り口には防火水槽を兼ねた池があり、池の真ん中には通路もかねた飛び石もある。池をぐるりと囲むように道もあるのだが、飛び石を飛んでいけば、最短距離で図書館に着くのだ。
もちろんファンヌはピョンピョンと飛び石を飛んでいき、エルランドはぐるりと遠回りをして図書館へと向かう。
入口の受付でマルクスからもらった許可証を見せると、地下にある書庫へと案内された。ここには、数々の論文が年代別に保管されている。論文を検索する場合は、書庫の入り口にある抄録集で確認しなければならない。エルランドが片っ端から抄録集の中身を確認し、必要な論文が納められている棚番号をファンヌに伝える。ファンヌはそこから論文を探して、机の上に積み上げていく。
その作業をお昼前まで続けていた。
夢中になっていたから気がつかなかった。昼ご飯を誘いに来たマルクスが、書庫の入り口に立っていた。
「おい。昼の時間だぞ。食堂に行こう。君たちの婚約祝いにご馳走しよう」
「食堂か……。ケチだな」
マルクスに対して一つや二つ、文句をつけないと気が済まないのかと思えるほど、エルランドは彼に対して口が悪い。それだけエルランドが心を許していることなのだが、それを知っているのはこの場では恐らくファンヌのみだろう。
「おいおい。この時間に外のレストランにまで行ったら、休憩時間が終わってしまうだろう? 君だって、こうやって論文を探す時間が惜しいのではないか?」
「ふん」
本心をマルクスに言い当てられたエルランドは、渋々とマルクスの方に向かって歩き出す。
書庫に一度鍵をかけ、その鍵を受付に渡す。まだ作業中であることを伝えることも忘れない。
三人で食堂に向かうと、ファンヌやエルランドにとっても懐かしい顔がちらほらと見えた。
「え? ファンヌじゃない?」
「本当だ。ファンヌじゃん」
いつの間にかファンヌは、女子学生たちに囲まれている。共に授業を受けた者たち、そして研究を行った者たち。
「マルクス先生。ファンヌが来るなら教えてくれればいいのに」
文句を口にする女子学生は、エルランドの研究室からマルクスの研究室に異動になった者。
「こうやって君たちが騒ぐのが目に見えていたからだよ。ファンヌ、彼女たちと一緒に食事をしたらどうだ? エルランドは私の方で預かっておくから」
マルクスの心遣いが、ファンヌには嬉しかった。チラリとエルランドに視線を向けると、少しムッと不機嫌にしているものの、ここに女性しかいないことから、渋々と頷いたようだ。
「ファンヌ。向こうのボックス席。みんな、いるから」
みんな、という女性生徒の言葉に、ピクリと反応したエルランドには気づかない振りをしたファンヌは、懐かしい顔ぶれの元へと足を向けた。
エルランドはマルクスと食事をしながら何かを話しているようだ。ファンヌはそんなエルランドを気にしつつも、話しに花を咲かせた。
「そういえば、あの階段が新しくなっていて驚いた」
「階段はね、マルクス先生が掛け合ってくれたのよ。マルクス先生の研究が、『調薬』の世界でも認められてね。やっと学校が予算を組んでくれた。それよりも、ファンヌがそんな恰好で来たから驚いた。なんで、エルランド先生と一緒に?」
「ちょっと調べものもしたくて。やっぱり、パドマの図書館の方が、いい論文が揃っているから。今日から数日間、図書館の方にいるの。あとは、婚約したから。それの報告をマルクス先生にと思って」
「えっ。婚約? 誰と?」
誰と、と問われても、エルランドと共に来ているのだから、エルランドしかいないのだが、目の前の学生たちはそれが信じられないようだ。
「エルランド先生と、婚約したから……」
「エルランド先生と? あのエルランド先生と? だってあなた……。婚約は解消されたけれど、クラウス王太子殿下の婚約者だったわけでしょう? エルランド先生でいいの?」
それがエルランドに対するリヴァスにいる者たちの評価だ。エルランドと結婚するよりも、クラウスと結婚した方が得られるものは多いだろう、と。エルランド小なりクラウスという不等式が成り立っている。
「そうね。だけど、ほら。クラウス様との婚約が駄目になって。そんな私でもいいと言ってくれたのがエルランド先生だったから……」
と言っても、周囲の目は「本当にそれでいいのか」である。
「そうそう、マルクス先生と言えばね。どうやら、共同研究者を見つけたみたいで。それで急に有名になったの。予算がついたのも共同研究者のおかげなのよ。だけど、私たちもその共同研究者ってよくわからないのよね?」
その言葉に、他の者も一斉に頷いた。
「ま。こちらとしては、研究できるだけの充分なお金があればいいんだけど」
研究に予算は不可欠だ。予算が足りないと必要な材料も設備も手に入らない。
そうやってエルランドと別々に過ごした昼食の時間であったが、ファンヌにとっては楽しいひと時でもあった。だが、それがエルランドには面白くなかったようだ。
もちろんファンヌはピョンピョンと飛び石を飛んでいき、エルランドはぐるりと遠回りをして図書館へと向かう。
入口の受付でマルクスからもらった許可証を見せると、地下にある書庫へと案内された。ここには、数々の論文が年代別に保管されている。論文を検索する場合は、書庫の入り口にある抄録集で確認しなければならない。エルランドが片っ端から抄録集の中身を確認し、必要な論文が納められている棚番号をファンヌに伝える。ファンヌはそこから論文を探して、机の上に積み上げていく。
その作業をお昼前まで続けていた。
夢中になっていたから気がつかなかった。昼ご飯を誘いに来たマルクスが、書庫の入り口に立っていた。
「おい。昼の時間だぞ。食堂に行こう。君たちの婚約祝いにご馳走しよう」
「食堂か……。ケチだな」
マルクスに対して一つや二つ、文句をつけないと気が済まないのかと思えるほど、エルランドは彼に対して口が悪い。それだけエルランドが心を許していることなのだが、それを知っているのはこの場では恐らくファンヌのみだろう。
「おいおい。この時間に外のレストランにまで行ったら、休憩時間が終わってしまうだろう? 君だって、こうやって論文を探す時間が惜しいのではないか?」
「ふん」
本心をマルクスに言い当てられたエルランドは、渋々とマルクスの方に向かって歩き出す。
書庫に一度鍵をかけ、その鍵を受付に渡す。まだ作業中であることを伝えることも忘れない。
三人で食堂に向かうと、ファンヌやエルランドにとっても懐かしい顔がちらほらと見えた。
「え? ファンヌじゃない?」
「本当だ。ファンヌじゃん」
いつの間にかファンヌは、女子学生たちに囲まれている。共に授業を受けた者たち、そして研究を行った者たち。
「マルクス先生。ファンヌが来るなら教えてくれればいいのに」
文句を口にする女子学生は、エルランドの研究室からマルクスの研究室に異動になった者。
「こうやって君たちが騒ぐのが目に見えていたからだよ。ファンヌ、彼女たちと一緒に食事をしたらどうだ? エルランドは私の方で預かっておくから」
マルクスの心遣いが、ファンヌには嬉しかった。チラリとエルランドに視線を向けると、少しムッと不機嫌にしているものの、ここに女性しかいないことから、渋々と頷いたようだ。
「ファンヌ。向こうのボックス席。みんな、いるから」
みんな、という女性生徒の言葉に、ピクリと反応したエルランドには気づかない振りをしたファンヌは、懐かしい顔ぶれの元へと足を向けた。
エルランドはマルクスと食事をしながら何かを話しているようだ。ファンヌはそんなエルランドを気にしつつも、話しに花を咲かせた。
「そういえば、あの階段が新しくなっていて驚いた」
「階段はね、マルクス先生が掛け合ってくれたのよ。マルクス先生の研究が、『調薬』の世界でも認められてね。やっと学校が予算を組んでくれた。それよりも、ファンヌがそんな恰好で来たから驚いた。なんで、エルランド先生と一緒に?」
「ちょっと調べものもしたくて。やっぱり、パドマの図書館の方が、いい論文が揃っているから。今日から数日間、図書館の方にいるの。あとは、婚約したから。それの報告をマルクス先生にと思って」
「えっ。婚約? 誰と?」
誰と、と問われても、エルランドと共に来ているのだから、エルランドしかいないのだが、目の前の学生たちはそれが信じられないようだ。
「エルランド先生と、婚約したから……」
「エルランド先生と? あのエルランド先生と? だってあなた……。婚約は解消されたけれど、クラウス王太子殿下の婚約者だったわけでしょう? エルランド先生でいいの?」
それがエルランドに対するリヴァスにいる者たちの評価だ。エルランドと結婚するよりも、クラウスと結婚した方が得られるものは多いだろう、と。エルランド小なりクラウスという不等式が成り立っている。
「そうね。だけど、ほら。クラウス様との婚約が駄目になって。そんな私でもいいと言ってくれたのがエルランド先生だったから……」
と言っても、周囲の目は「本当にそれでいいのか」である。
「そうそう、マルクス先生と言えばね。どうやら、共同研究者を見つけたみたいで。それで急に有名になったの。予算がついたのも共同研究者のおかげなのよ。だけど、私たちもその共同研究者ってよくわからないのよね?」
その言葉に、他の者も一斉に頷いた。
「ま。こちらとしては、研究できるだけの充分なお金があればいいんだけど」
研究に予算は不可欠だ。予算が足りないと必要な材料も設備も手に入らない。
そうやってエルランドと別々に過ごした昼食の時間であったが、ファンヌにとっては楽しいひと時でもあった。だが、それがエルランドには面白くなかったようだ。
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