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昼食を終えた二人は、その足でそのまま研究室へと向かった。
あの『薬』は片付けてあるし、換気もした。
「エルさん。問題はありませんか? 一応、窓を開けて空気も入れ替えたのですが」
「ああ。問題ない。あのとき、独特の匂いがしたんだよな……」
「匂い?」
「ああ……。その匂いを嗅いだら……」
そこで悔しそうにエルランドは顔を歪ませた。
「あ、エルさん。これが、分析の結果になります」
大きな机の上に、先ほどの帳面を広げた。その隣に、もう別の帳面を広げる。
エルランドは机の上に両手をつくと、薬草の名が羅列してある帳面を上からじっと見下ろした。そのままぴくりとも動かない。ただ、目を細め、薬草の名を見つめているだけ。
ファンヌはそんなエルランドの様子を見守っていた。
「わからないな……。ファンヌが言う通り、これには違法な物は含まれていない。なぜオレがあんな状態になったのか、この薬草からではわからない」
「ですが、この薬草。あの工場で使っていた物ばかりなのです」
ファンヌの言葉に、エルランドの目尻がぴくりと動いた。
「となれば……。新たに実験をするよりは、過去の文献を確認したいな……。だが、ここには……。やはりパドマの方が……。いや、それは……」
エルランドの独り言モードが始まった。このときのエルランドは放っておくのが無難である。声をかけても、彼にその言葉は届かないからだ。
だがファンヌはエルランドの言いたいことをなんとなく理解していた。『パドマ』という言葉が聞こえたことから、彼は向こうにいきたがっている。
学術の都市パドマと呼ばれているだけあって、あそこの学校や王立図書館が保持している文献は、ウロバトにある図書館の何十倍以上である。過去の論文なども、パドマの学校図書館には何十年、何百年分も保管されているのだ。
「エルさん、パドマの学校に行きましょう」
ファンヌが提案をした。恐らく彼は、パドマの学校図書館に行きたいはずだ。だが、彼がそれを言い出せないのは、ファンヌのことを思っているからだ。
「ファンヌ……。君は、パドマに行くことに抵抗はないのか?」
エルランドが様子を伺うように声をかけてきた。
「はい。パドマであれば、この『薬』について、もう少し調べることができます。残念ながら、ベロテニアではこれ以上の情報を探すのは難しいかと……」
「そうだ。あそこの図書館であれば、こういった論文が多くある。それを調べたいのだが……。だが、君が行きたくないのであれば、無理にとは言わない」
「もちろん、行きますよ。エルさんを一人で行かせる方が心配です」
エルランドは安心したのか、口元を緩めた。だが、すぐにまた口元を引き締める。
「だが、あの(バカ)王太子がいるかもしれない」
「いるかもしれない、って。いますよね。ですが、私はクラウス様と婚約を解消しましたし、クラウス様にはアデラ様がいらっしゃるから、何も問題はないと思います」
「そ、そうだな。君は、あの(クソ)王太子との婚約解消を喜んでいたのだったな」
「もしかして。私がクラウス様に未練があるとでも思っておりました?」
「そ、そんなことは……」
エルランドはクラウスに嫉妬したのだろう。照れたように頬を膨らませているエルランドが、少しだけ可愛く見えた。最近、ファンヌにとってエルランドが可愛く見えて仕方ないのだ。
「ああ。だが、リヴァスに行くのであれば、君のご両親にもきちんと挨拶をした方がいいな。パドマに向かう前に、そちらに寄ってからの方がいいよな?」
「え?」
むしろ、そちらの方がファンヌにとっては予想外だった。ただパドマにエルランドの転移魔法でこそっと行って、こそっと論文を確認して、こそっと帰ってくるものだと思っていたのだ。
「まずは、君のご両親に手紙を書こう。それから、マルクスの意見も聞きたいからマルクスにも」
「え? マルクス先生にもお会いするのですか?」
「何か、問題でもあるのか?」
「いえ」
これではこそっとどころの話ではない。
「マルクスの野郎にも、君と婚約したことを伝えなければな。あいつは、ことあるごとにオレは結婚できないと言い放っていたからな」
もしかしてマルクスに会うのは、論文の見解を求めるのではなく、ただ婚約を自慢しに行くためではないのか、とファンヌは思えてきた。
手紙は、『国家魔術師』が転移魔法を使用して各国へ届ける。そのため、馬車で三十日もかかるリヴァス王国であっても、手紙であれば一日で届けることができるのだ。これは手紙のようなものだから転移させることができるのであって、大きい物や重量のある物になると転移させるのも難しい。だから、ほとんどの国では転移の対象物を手紙のみと決めている。
エルランドが使っている転移魔法やそれの応用系は、ごくごく限られた人物しか使用することができない。そして、その限られた人物の一人がエルランド。
となれば、まずはオグレン領に転移魔法で戻り、そこからは馬車を使うつもりでいるらしい。というのも、エルランドがパドマ入りしたことを、向こうの魔術師に知られたくないからのようだ。そこから、ファンヌがパドマに戻ったことをクラウスに伝えられるのを懸念したのだろう。
エルランドは早速、マルクスに手紙を書いていた。それから、ファンヌの両親にも。ファンヌの両親への手紙は、薬草の定期便にのせる。
だからファンヌの両親から、というよりもヒルマからすぐに返事が届いた。
『楽しみに待っています』
その返事の下に、ベロテニアの染物がお土産で欲しいようなことが書かれていた。
眉根を寄せたファンヌであるが、仕方ないので、ウロバトの露店で、伝統的な染物を買ってきた。
あの『薬』は片付けてあるし、換気もした。
「エルさん。問題はありませんか? 一応、窓を開けて空気も入れ替えたのですが」
「ああ。問題ない。あのとき、独特の匂いがしたんだよな……」
「匂い?」
「ああ……。その匂いを嗅いだら……」
そこで悔しそうにエルランドは顔を歪ませた。
「あ、エルさん。これが、分析の結果になります」
大きな机の上に、先ほどの帳面を広げた。その隣に、もう別の帳面を広げる。
エルランドは机の上に両手をつくと、薬草の名が羅列してある帳面を上からじっと見下ろした。そのままぴくりとも動かない。ただ、目を細め、薬草の名を見つめているだけ。
ファンヌはそんなエルランドの様子を見守っていた。
「わからないな……。ファンヌが言う通り、これには違法な物は含まれていない。なぜオレがあんな状態になったのか、この薬草からではわからない」
「ですが、この薬草。あの工場で使っていた物ばかりなのです」
ファンヌの言葉に、エルランドの目尻がぴくりと動いた。
「となれば……。新たに実験をするよりは、過去の文献を確認したいな……。だが、ここには……。やはりパドマの方が……。いや、それは……」
エルランドの独り言モードが始まった。このときのエルランドは放っておくのが無難である。声をかけても、彼にその言葉は届かないからだ。
だがファンヌはエルランドの言いたいことをなんとなく理解していた。『パドマ』という言葉が聞こえたことから、彼は向こうにいきたがっている。
学術の都市パドマと呼ばれているだけあって、あそこの学校や王立図書館が保持している文献は、ウロバトにある図書館の何十倍以上である。過去の論文なども、パドマの学校図書館には何十年、何百年分も保管されているのだ。
「エルさん、パドマの学校に行きましょう」
ファンヌが提案をした。恐らく彼は、パドマの学校図書館に行きたいはずだ。だが、彼がそれを言い出せないのは、ファンヌのことを思っているからだ。
「ファンヌ……。君は、パドマに行くことに抵抗はないのか?」
エルランドが様子を伺うように声をかけてきた。
「はい。パドマであれば、この『薬』について、もう少し調べることができます。残念ながら、ベロテニアではこれ以上の情報を探すのは難しいかと……」
「そうだ。あそこの図書館であれば、こういった論文が多くある。それを調べたいのだが……。だが、君が行きたくないのであれば、無理にとは言わない」
「もちろん、行きますよ。エルさんを一人で行かせる方が心配です」
エルランドは安心したのか、口元を緩めた。だが、すぐにまた口元を引き締める。
「だが、あの(バカ)王太子がいるかもしれない」
「いるかもしれない、って。いますよね。ですが、私はクラウス様と婚約を解消しましたし、クラウス様にはアデラ様がいらっしゃるから、何も問題はないと思います」
「そ、そうだな。君は、あの(クソ)王太子との婚約解消を喜んでいたのだったな」
「もしかして。私がクラウス様に未練があるとでも思っておりました?」
「そ、そんなことは……」
エルランドはクラウスに嫉妬したのだろう。照れたように頬を膨らませているエルランドが、少しだけ可愛く見えた。最近、ファンヌにとってエルランドが可愛く見えて仕方ないのだ。
「ああ。だが、リヴァスに行くのであれば、君のご両親にもきちんと挨拶をした方がいいな。パドマに向かう前に、そちらに寄ってからの方がいいよな?」
「え?」
むしろ、そちらの方がファンヌにとっては予想外だった。ただパドマにエルランドの転移魔法でこそっと行って、こそっと論文を確認して、こそっと帰ってくるものだと思っていたのだ。
「まずは、君のご両親に手紙を書こう。それから、マルクスの意見も聞きたいからマルクスにも」
「え? マルクス先生にもお会いするのですか?」
「何か、問題でもあるのか?」
「いえ」
これではこそっとどころの話ではない。
「マルクスの野郎にも、君と婚約したことを伝えなければな。あいつは、ことあるごとにオレは結婚できないと言い放っていたからな」
もしかしてマルクスに会うのは、論文の見解を求めるのではなく、ただ婚約を自慢しに行くためではないのか、とファンヌは思えてきた。
手紙は、『国家魔術師』が転移魔法を使用して各国へ届ける。そのため、馬車で三十日もかかるリヴァス王国であっても、手紙であれば一日で届けることができるのだ。これは手紙のようなものだから転移させることができるのであって、大きい物や重量のある物になると転移させるのも難しい。だから、ほとんどの国では転移の対象物を手紙のみと決めている。
エルランドが使っている転移魔法やそれの応用系は、ごくごく限られた人物しか使用することができない。そして、その限られた人物の一人がエルランド。
となれば、まずはオグレン領に転移魔法で戻り、そこからは馬車を使うつもりでいるらしい。というのも、エルランドがパドマ入りしたことを、向こうの魔術師に知られたくないからのようだ。そこから、ファンヌがパドマに戻ったことをクラウスに伝えられるのを懸念したのだろう。
エルランドは早速、マルクスに手紙を書いていた。それから、ファンヌの両親にも。ファンヌの両親への手紙は、薬草の定期便にのせる。
だからファンヌの両親から、というよりもヒルマからすぐに返事が届いた。
『楽しみに待っています』
その返事の下に、ベロテニアの染物がお土産で欲しいようなことが書かれていた。
眉根を寄せたファンヌであるが、仕方ないので、ウロバトの露店で、伝統的な染物を買ってきた。
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