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 エルランドと初めて出会ったのは、彼の研究室に配属されたときだ。彼の研究室に希望を出したのはファンヌ。若くして教授となり、『調薬』の世界ではエルランド・キュロの名が広がり始めていた頃。今までにない、画期的な『調薬』として、その世界で話題になった。
 だから、そういった柔軟な考えを持つエルランドであるなら、ファンヌのことを受け入れてくれるだろうと思ったのだ。その結果『調茶』という技術が、リヴァスに広がり始め、他国にも徐々にその言葉が浸透し始めた。
 だがエルランドはファンヌが学校に入学してすぐに気づいたらしい。それも獣人の力の一つなのだろう。
 エルランドとの『研究』は楽しかった。彼はファンヌを認め、適格に助言を与えてくれる。今思えば、そこにあったのは信頼だ。ファンヌは誰よりもエルランドのことを信頼していた。
「エルランドのあのような姿を見せてしまった以上、あなたに黙っているのはよくないと思って。もし、今の話を聞いて、エルランドとの婚約を解消したいと思うのであれば、私たちは止めない。大事なことを黙っていたのだから」
 ファンヌは首を勢いよく横に振った。言葉にしないのは、今、口を開けば共に涙も零れてしまうから。だから、言葉にできない。
「ありがとう……」
 王妃の言葉に、ファンヌは胸が痛んだ。
 溢れ出しそうになる涙を抑えるために、ファンヌは大きく息を吐いた。
 そして、すぐさま頭を切り替える。エルランドを助けるために。
「王妃様。質問ですが、エルさんは獣化することは今までもたびたびあったのでしょうか? 私がエルさんを知って三年になりますが、その間、私は一度も獣化したエルさんを見たことがありません」
 だから知らなかったのだ。彼が獣化することを。先祖返りと呼ばれていたことを。
「ええ。エルランドが服用する『抑制剤』には二種類あってね。定期的に飲むものと獣化が始まったときに飲むものの二種類。今では定期的に『抑制剤』を飲んでいるし……。そうね、獣化したのはリヴァスに留学する前までね」
「となれば。先ほど獣化しそうになったということには、何かきっかけがあったわけですよね」
「気持ちが昂ったりすると、そうなるみたいだけど。だけど、『運命の番』であるあなたを見つけても獣化しなかったのだから、『抑制剤』が効いていると思うのよね」
 あの場にあったのは何なのか。普段と異なるもの。それは、国王が取り出した謎の『薬』だ。その『薬』を飲んだ者は、自我を忘れ暴れる。暴れたことさえ忘れる。
(もしかして、獣人にだけ効果を表す薬ってこと? いや、その血が濃いほど効果があるってことかしら……)
「王妃様。私、調べたいことがあるのです。エルさんと会わせてください」
 ファンヌは勢いよく立ち上がった。椅子がガタガタと音を立てる。
「ファンヌさん。あなたがあの状態のエルランドと会うのは危険なの。あなたがあの子の『番』だから。抑制の利かない状態のエルランドは、あなたを求めてしまう。だけど今、本人はそれを望んでいないから」
 王妃はファンヌの手首を掴んで、引き止めた。
 ファンヌもエルランドが望んでいないことは行いたくない。気持ちを落ち着けて、もう一度椅子に座った。
「王妃様。エルさんがおかしくなったのは、陛下が怪しげな『薬』の分析を私たちに依頼したのがきっかけです。包みを開け、その『薬』を確認していました。その『薬』を、持って来てもらうことはできますか?」
「ええ、わかったわ」
 王妃が人を呼び、言づける。
「王妃様。エルさんのことを、もっと教えてください」
 待つ間、ファンヌは王妃からエルランドの幼い頃の話を聞いていた。それが、彼の獣化を抑制する役に立つのではないかと思いながら。
 王妃の言葉は慈愛に満ち溢れている。息子を思う気持ちは、いつになっても変わらないのだろう。
「エルはファンヌさんと出会えて、本当に幸せ者ね」
 そう呟いた王妃の言葉が、ファンヌの心に突き刺さった。
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