50 / 79
7-(5)
しおりを挟む
病み上がりにも関わらず、ファンヌは出された食事を全て食べてしまった。食欲が戻ったということは、体調もよくなってきたということ。それでも今日は、大事をとって部屋でゆっくりと休むようにと、カーラから言われた。
ファンヌ自身も身体が重い感じはしていたので、自室のソファで足を投げ出すようにして座りながら、薬草事典をペラペラとめくって眺めていた。
ベロテニアに来てから、このように一人でのんびりと過ごすことはあまりなかった。常にエルランドが側にいたのだ。エルランドがいないときは、オスモやエリッサや彼に関係する人が一緒にいてくれた。
だから今、こうやって一人でいることが寂しいと思えてしまう。
むしろ、自分の気持ちを自覚したからこそ、エルランドのいない状況が寂しいのだ。不安ではない。ただ、寂しいだけ。
(そうか……。私、やっぱり先生のこと……)
パタンと薬草事典を閉じ、お茶を飲むためにソファから立ち上がったとき――。
「ファンヌ。これにサインを頼む」
ノックもせずにエルランドが勢いよく部屋に入ってきた。少し遅れてから、息を荒げたショーンもやってきた。間違いなく彼はエルランドを追いかけてきた。
「ぼぼぼぼぼ、坊ちゃん……。……、もう、少し……、段取りと、いうものが……」
肩で息を大きくつきながら、必死でエルランドの行動を止めようとしているショーンの頭髪も少々乱れている。
「順番。その順番のためにこれにファンヌのサインが必要なのだろう?」
何か間違えているのか、と言わんばかりに、エルランドはショーンを見ていた。だが、息があがっているショーンは、それ以上言葉を続けることができない。となれば、エルランドを止めるものは誰もいない。
「エルさん。それは何ですか?」
扉の前に立っているエルランドの方に、ファンヌはゆっくりと近づいた。
「婚約誓約書というもののようだ。父上に報告にいったら、いくら相手が『番』であっても、すぐに結婚は無理だと言われた。婚約期間を経てからの方がいいらしい。だから、ファンヌ。オレと婚約してくれ」
ここまで早口に喋っているエルランドは珍しい。長い前髪の下に隠れている碧眼も、らんらんと輝いている。
だが、少し眼鏡の位置が下がっているようにも見える。急いで走ってきたから、眼鏡がずれてしまったのだろう。
(ちょっと待って。婚約してくれって。これって、求婚?)
ショーンは何か言いたそうにエルランドを見ているが、太腿に両手をつき、腰を折り曲げながら息を整えている彼は、まだ何も言葉にすることができないようだ。
「エルさん。婚約、結婚となると、私も両親に伝える必要がありますので」
ファンヌがそう口にすると、ショーンは「よくぞ言ってくれました」と言わんばかりに顔を輝かせていた。
「その辺も心配する必要は無い。君の両親からも許可はもらっている」
「え?」
ファンヌが驚くと、ショーンも同じように驚いていた。
エルランドは右手の親指と中指で眼鏡を挟むようにして押し上げた。
「先ほど、転移魔法でヘンリッキさんたちに手紙を送った。そうしたら、すぐに返事がきた」
エルランドだけでなく、両親の行動の早さにもファンヌは目を白黒させてしまう。
「これだ」
エルランドが一通の封書を渡してきた。封が開けられているのは、エルランドが中身を確認したからだろう。ファンヌは恐る恐る封の中から、便箋を取り出した。
「何ですか? これ」
便箋に大きく書かれていたのは『レ』のみ。その下に両親の署名。ぱっと見たら、両親の名前しか書かれていない手紙にも見える。
「つまり、許可をするという意味だろう。君の両親も急いでいたのだろうな。すぐさま確認をして、署名をいれてくれた。まあ、オレが急ぎで返事が欲しいと書いたからだと思うが」
一体彼がどのような内容の手紙を両親に送ったのか、内容が気になるところであったが、たった一筆の内容を返事として送ってきた両親の方が気になって仕方ない。
(これは、間違いなくお母様の仕業よ)
ファンヌにはこの返事を書いたのは、ヒルマであると確信していた。ヘンリッキであるなら、きちんと文章を綴ってくるはず。
「ところで、エルさん。なんでこれだけで私の両親が婚約を許可するとわかるのですか?」
ヒルマとエルランドが秘密の暗号でやり取りをしているような気もして、ファンヌの心の奥にはもやもやとしたどす黒い気持ちも生まれていた。
「この印は、テストで正解のときにつける印だろう? 間違っているときはバツ印だ」
「そう言われると、そうですが……」
「オレがファンヌと婚約させて欲しいというお願いをした。それの答えに正解の印で返事がきたのだから、問題ないということだ」
これはもう目を白黒させるどころの話ではない。口も重力に負けて、ポカンと開いてしまう。
「ファンヌはオレと婚約をするのが嫌なのか?」
「嫌ではありません……。ただ、あまりにも物事が急に進み過ぎてしまって。頭がついていかないのです」
そこに両親から届いた暗号のような手紙。さらにファンヌの頭を混乱させる。
「坊ちゃま。ファンヌ様のおっしゃる通りです。まずは、そちらにお座りください」
やっと息を整えたショーンが、助けに入ってくれた。
「そうですね。エルさんも王宮からお戻りになられたばかりですし、お疲れですよね。一緒にお茶でもいかがですか?」
ファンヌがショーンの言葉に続けてそう言えば、ショーンの顔にも「さすがです」と笑みが浮かんでいる。
ファンヌ自身も身体が重い感じはしていたので、自室のソファで足を投げ出すようにして座りながら、薬草事典をペラペラとめくって眺めていた。
ベロテニアに来てから、このように一人でのんびりと過ごすことはあまりなかった。常にエルランドが側にいたのだ。エルランドがいないときは、オスモやエリッサや彼に関係する人が一緒にいてくれた。
だから今、こうやって一人でいることが寂しいと思えてしまう。
むしろ、自分の気持ちを自覚したからこそ、エルランドのいない状況が寂しいのだ。不安ではない。ただ、寂しいだけ。
(そうか……。私、やっぱり先生のこと……)
パタンと薬草事典を閉じ、お茶を飲むためにソファから立ち上がったとき――。
「ファンヌ。これにサインを頼む」
ノックもせずにエルランドが勢いよく部屋に入ってきた。少し遅れてから、息を荒げたショーンもやってきた。間違いなく彼はエルランドを追いかけてきた。
「ぼぼぼぼぼ、坊ちゃん……。……、もう、少し……、段取りと、いうものが……」
肩で息を大きくつきながら、必死でエルランドの行動を止めようとしているショーンの頭髪も少々乱れている。
「順番。その順番のためにこれにファンヌのサインが必要なのだろう?」
何か間違えているのか、と言わんばかりに、エルランドはショーンを見ていた。だが、息があがっているショーンは、それ以上言葉を続けることができない。となれば、エルランドを止めるものは誰もいない。
「エルさん。それは何ですか?」
扉の前に立っているエルランドの方に、ファンヌはゆっくりと近づいた。
「婚約誓約書というもののようだ。父上に報告にいったら、いくら相手が『番』であっても、すぐに結婚は無理だと言われた。婚約期間を経てからの方がいいらしい。だから、ファンヌ。オレと婚約してくれ」
ここまで早口に喋っているエルランドは珍しい。長い前髪の下に隠れている碧眼も、らんらんと輝いている。
だが、少し眼鏡の位置が下がっているようにも見える。急いで走ってきたから、眼鏡がずれてしまったのだろう。
(ちょっと待って。婚約してくれって。これって、求婚?)
ショーンは何か言いたそうにエルランドを見ているが、太腿に両手をつき、腰を折り曲げながら息を整えている彼は、まだ何も言葉にすることができないようだ。
「エルさん。婚約、結婚となると、私も両親に伝える必要がありますので」
ファンヌがそう口にすると、ショーンは「よくぞ言ってくれました」と言わんばかりに顔を輝かせていた。
「その辺も心配する必要は無い。君の両親からも許可はもらっている」
「え?」
ファンヌが驚くと、ショーンも同じように驚いていた。
エルランドは右手の親指と中指で眼鏡を挟むようにして押し上げた。
「先ほど、転移魔法でヘンリッキさんたちに手紙を送った。そうしたら、すぐに返事がきた」
エルランドだけでなく、両親の行動の早さにもファンヌは目を白黒させてしまう。
「これだ」
エルランドが一通の封書を渡してきた。封が開けられているのは、エルランドが中身を確認したからだろう。ファンヌは恐る恐る封の中から、便箋を取り出した。
「何ですか? これ」
便箋に大きく書かれていたのは『レ』のみ。その下に両親の署名。ぱっと見たら、両親の名前しか書かれていない手紙にも見える。
「つまり、許可をするという意味だろう。君の両親も急いでいたのだろうな。すぐさま確認をして、署名をいれてくれた。まあ、オレが急ぎで返事が欲しいと書いたからだと思うが」
一体彼がどのような内容の手紙を両親に送ったのか、内容が気になるところであったが、たった一筆の内容を返事として送ってきた両親の方が気になって仕方ない。
(これは、間違いなくお母様の仕業よ)
ファンヌにはこの返事を書いたのは、ヒルマであると確信していた。ヘンリッキであるなら、きちんと文章を綴ってくるはず。
「ところで、エルさん。なんでこれだけで私の両親が婚約を許可するとわかるのですか?」
ヒルマとエルランドが秘密の暗号でやり取りをしているような気もして、ファンヌの心の奥にはもやもやとしたどす黒い気持ちも生まれていた。
「この印は、テストで正解のときにつける印だろう? 間違っているときはバツ印だ」
「そう言われると、そうですが……」
「オレがファンヌと婚約させて欲しいというお願いをした。それの答えに正解の印で返事がきたのだから、問題ないということだ」
これはもう目を白黒させるどころの話ではない。口も重力に負けて、ポカンと開いてしまう。
「ファンヌはオレと婚約をするのが嫌なのか?」
「嫌ではありません……。ただ、あまりにも物事が急に進み過ぎてしまって。頭がついていかないのです」
そこに両親から届いた暗号のような手紙。さらにファンヌの頭を混乱させる。
「坊ちゃま。ファンヌ様のおっしゃる通りです。まずは、そちらにお座りください」
やっと息を整えたショーンが、助けに入ってくれた。
「そうですね。エルさんも王宮からお戻りになられたばかりですし、お疲れですよね。一緒にお茶でもいかがですか?」
ファンヌがショーンの言葉に続けてそう言えば、ショーンの顔にも「さすがです」と笑みが浮かんでいる。
70
お気に入りに追加
3,503
あなたにおすすめの小説
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら
冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。
アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。
国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。
ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。
エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。
気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにしませんか
岡暁舟
恋愛
公爵令嬢ナターシャの婚約者は自由奔放な公爵ボリスだった。頭はいいけど人格は破綻。でも、両親が決めた婚約だから仕方がなかった。
「ナターシャ!!!お前はいつも不細工だな!!!」
ボリスはナターシャに会うと、いつもそう言っていた。そして、男前なボリスには他にも婚約者がいるとの噂が広まっていき……。
本編終了しました。続きは「気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにします」となります。
そういうとこだぞ
あとさん♪
恋愛
「そういえば、なぜオフィーリアが出迎えない? オフィーリアはどうした?」
ウィリアムが宮廷で宰相たちと激論を交わし、心身ともに疲れ果ててシャーウッド公爵家に帰ったとき。
いつもなら出迎えるはずの妻がいない。
「公爵閣下。奥さまはご不在です。ここ一週間ほど」
「――は?」
ウィリアムは元老院議員だ。彼が王宮で忙しく働いている間、公爵家を守るのは公爵夫人たるオフィーリアの役目である。主人のウィリアムに断りもなく出かけるとはいかがなものか。それも、息子を連れてなど……。
これは、どこにでもいる普通の貴族夫婦のお話。
彼らの選んだ未来。
※設定はゆるんゆるん。
※作者独自のなんちゃってご都合主義異世界だとご了承ください。
※この話は小説家になろうにも掲載しています。
ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて
木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。
前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。
この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。
そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。
ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。
なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。
※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる